第33話
「私がいっぱい話したんで、今度はクルア先輩の事を聞かせてくださいよ」
木の根を踏み潰しながら、クルア先輩に話しかけた。
流石にそろそろ鬱陶しい。
折角会話を楽しんでいるんだから、邪魔をしないで欲しいものだ。
「私? といっても、特にないんだよね」
「特にない?」
能力者とは、大なり小なりエピソードを持っているものだと思い込んでいた。
カイも過去にあったみたいだし、イササもがっつりもってそうだ。
「んー……ちょっと良いとこの出で、何不自由ない生活を送ってきた。それで、自分が活躍出来そうだったからこの学校には行っただけ」
考えてみれば、彼女の使う力はすべて伝承に頼っている。
剣もツクヨミが持っていたらしいし、兎と槌と言えば月だ。
クルア先輩自身に関する物が、1つもない。
チヒロとか、聞いたこともない能力だ。
しかしそれは、彼のナルシスト性を現したかのようなもの。
「きっと、そういうのがないから2位なんだろうね」
「なら喜ぶといいですよ。今から作りますから」
地獄の冒険を経て、彼女は新生するんだろう。
ツクヨミの冥界下りとか、面白そうな話じゃないか。
「……いいこと言うね、ウロ」
「でしょう?」
「それさえなければなぁ」
クルア先輩と笑いながら、歩き続ける。
またさっきの乗りで木の根を踏み潰して、違和感に気がついた。
ぐにゃって言った。
恐る恐る足元を見ると、それは何かの尻尾だった。
視線をたどり、背中を発見する。翼と、背びれが生えた大きい背中。
そのまま顔を上げると、そこには悪魔の顔があった。
「――キェ――!」
「わっ」
驚いて後退してしまう。
「よし、ここは私が――」
「待ってください、一度戦ってみたかったんです」
結構気になっていた。
私はまだ、普通の悪魔と戦闘したことがない。
地球で培った能力がどこまで通用するのか、純粋に興味がある。
「……了解。邪魔はしないと言ったしね」
「ありがとうございます」
悪魔はようやく目が覚めたか、ゆっくりと立ち上がった。
どうも、脅威と見做されていないみたいだ。
その姿勢を見習って、私も舐めた姿勢で近づいた。
顎を上げ、胸を張った感じ。
ま、腕の一本や二本なんとかなる。
余裕を持って戦おう。
先に動いたのは悪魔だった。
右手でのひっかき。
咄嗟に体を回転させ、なんとか避ける。
こ、こわ。一歩ミスったら体に三本の裂傷が入っていた。
ゼブルくんの視界がまた役に立った。
それで思い出したが、私は傷を負ってはいけない。他の悪魔を呼び寄せてしまうから。
となるとまあ、急にサドンデスが始まてしまったな?
悪魔の振りかぶった右手は、伸び切っていた。
基本の構造は人と変わらない。
なので、肘にあたる部分の下に私の右膝を入れる。そして、体重を乗せて悪魔の手を叩いた。
「――ギャ――ギィ!」
相変わらず聞きなれない悲鳴だ。
彼はしきりに自分の右手を見ている。それは、折れていた。
「わぁ。意外とやるねウロ」
「意外、ですか?」
ショックだ。
出来る女を演じていたつもりなんだけど。
悪魔に目をやると、彼は腰を引いていた。
怯えている? いや、違う。跳躍だ。
大きく飛びあがった体は、わずかに差し込んでいた月光さえも隠した。
自然、何も見えなくなる。
狙ってやったのか、そうでもないのか。
どちらにせよ彼は正解を導きだした。
私はとりあえず、後方に退く。
しかしここはジャングル。後ろには硬い大木が生えていた。
もしかしてこの樹林、私の事が嫌いだな?
そう思ったのも束の間、それは私に降りかかる。
全体重を乗せた、必殺の攻撃。
当たれば
思わず、掌の悪魔を思い出す。
あの時は、どうやって乗り切ったんだっけ――
ほとんど走馬灯だった。
もはや、現状できる事は何もない、という諦め。
仕方がない。ノーダメを狙わず、悪魔の襲撃を受け入れよう。
化物状態ならなんとでもなる。
そう思って、私は脱力した。
が、私は死ななかった。
悪魔に、月の光の剣が差し込まれたのだ。
「ごめん、ピンチだと思って助けちゃった」
「――いや、ありがとうございます。調子乗ってた事を自覚しました」
武術一般を収めている自身がはある。
だから武器は何でも使えるし、素手だって戦える。
けど、結局あれは実戦じゃないのだ。
何もないフィールドで、限られた戦法だけで行うスポーツ。
それが近代の武術だ。
別に弱いわけじゃないが、TPOってものが武術にもあるとようやく理解した。
地獄で使うにはもっと練らなければならない。
「でも、能力なし且つ初めてにしては戦えてたね」
「いやー、戦闘力には自信があったんですけどね。飽くまで人間台の話でした」
幸いなことに、私には再生能力がある。
いざとなったら、死にゲーのつもりで練習しよう。
「さて、この悪魔の死体……食べてみますか?」
「え」
「いえいえ、これはクルア先輩が仕留めた物ですからお先にどうぞ?」
「待って。ウロも腕折ってたじゃん!」
「やっぱり、最大の功労者には最大の報酬が与えられるべきですよ。一番先に食べられるという」
「いい先輩ってのは後輩を立てる物だよ。さ、どうぞ」
「……」
「……」
「同時に食べましょう」
「賛成」
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