第32話

「ウロ!」

「クルア先輩。どうしたんですか?」


 平原を走ってきたのはクルア先輩。

 ここと拠点では結構距離があるはずだが。


「いや、さ。黒貌に監視しろって言われて」

「え、それ言っていいやつなんです?」

「駄目だと思う」


 彼女は笑いながら言いのけた。


「でもさ、私あの拠点嫌いなんだ。内輪ノリって言うか……自分たちで完結して、他を受け入れない感じ?」


 淡々と語るクルア先輩。

 嫌いなのはわかっているが、なんで嫌いかまではわかっていないんだろう。


「だからこの機会にバックレようと思って。ウロさえよければ同行していい? 邪魔しないからさ」


 考えてみる。

 クルア先輩が居る場合と、居ない場合。

 彼女は邪魔をしないと言っているが、居るだけで気を使ってしまうのが私だ。

 

 しかし、二人居る事の有用性は否定できない。

 特に”ツクヨミ”は強力な能力だし、安全はいつもより確保できるだろう。

 それに合わせるのなら動くのは夜になるが……それは問題ない。

 私は夜の景色の方が好きだから。

 また、視点が増える。

 テレパシーで読み取っても読み取らなくても有用だ。

 私の気づけない、何かクルア先輩だけの発見があるかもしれない。


 だが、食料は多く用意しなくてはいけない。

 休む時のスペースも、広くないとダメだ。


 ふむ、なるほど。


「行きましょうクルア先輩。ピラミッドが目的地です」

「! ピラミッド行くんだ。やっぱ中気になる?」

「気になります。もう我慢できないぐらい」


 冷静な私が、真っ先に地球へ向かえと囁いている。

 ゼブルくんの寿命がいつまで持つかわからないからだ。

 

 しかし、と。反論を何とか用意する。

 そもそも学校から逃げたのは悪魔の襲撃があった為だ。

 今向かっても無駄足になったり、ピンチに陥る可能性がある。

 なら、今できる事をした方がいいのでは?


 いや、ゼブルくんはまだ生きている。

 ならば遠方から彼の視界を見て監視すればいい。

 もしもまだ悪魔が居たのなら、去るまで待つのが安牌だ。

 5日以内に彼らがいなくなるのは確定しているから。


 ……。

 いや、私は何もしないのが嫌で抜け出したんだ。

 また何もしなくなるのは、失礼ではないか。


「なんなんだろうね、アレ……そういや、カイの神様が『中へ行くな』って言ってた気がする」

「確かに。余計気になります」

「逆効果だね」


 樹海に入り、歩く。

 ただでさえ暗い森の中、夜になってしまってほとんど何も見えない。

 普通なら休むべきだけど、クルア先輩が発光し始めた。


「ちょっとは見やすいかな?」

「おお、ありがとうございます」


 連れてきてよかった。

 流石に、昼間のように見えるとはいかないが、懐中電灯の役割は果たしてくれている。


 夜行性は少ないのか、動物を見かけない。

 たまにネズミのような奴が出てくるが、臆病なのかすぐに逃げてしまう。


「ネズミって食べられるんですかね」

「食べ……れないと思う。病気とかもってそうだし」

「地獄の生き物って全員なんらかの病気をもっていそうで、食うのに勇気入りますね」

「だねー……食べないと駄目なのはわかってるけどさ……」

「掌の悪魔、美味しかったのかな」

「……食べられてたけど!」

「いてっ」


 木で躓いて、会話が止まった。

 この足元の悪さ、どうにかできないだろうか。

 

「そういえば、大翼と対峙した時になった化物形態あるじゃないですか」

「あったね」

「あれ、運動能力高かったじゃないですか」

「高かったね」

「……切断した所から、あれになるんですよね」

「やめときなよ!」


 いや、流石に自分ではやらない。

 そもそも体を切断できるほどのパワーがないし。

 だからクルア先輩の”ツクヨミ”でやってくれないか頼もうとしたのだが……駄目そうだ。


 大人しく、木に苦戦しながら歩く。


「そういえば、遠征の事どれくらい聞いたんです?」

「あー、大体は聞いたよ。大顎が生きてて、戦ってたら悪魔の集団が現れた。だからさっさと殺して戻って来たと」

「迂闊でした。ゼブルくんの視界を見なければバレなかったのに」

「裏切り者見たいな言い方するじゃん」

「似たようなもんですよ。見ましたか、イササの醜態」

「見た見た! ウロがやったんでしょ? 凄いね」

「へへへ」


 へへへ。


「私の自慢の技……頭脳神拳ってやつです」

「頭脳神拳?」

「……すんません、何でもないです。ま、あれは不可避の一撃必殺。いわばチートですよ」

「チート……誰にでも通用するんだ?」

「テレパシーが通用するなら」

「へぇ~……」


 彼女は何かを考えている。


「あ、わかった。情報をオーバーフローさせてるんだ」

「! 鋭いですね、クルア先輩」

「洞察は得意なんだ」


 そういって笑うクルア先輩。こころなしか、拠点に居た時より明るい。


「周りの情報を全部自分に集約させて、それを相手に流してる……って認識であってる?」

「正解です。人には処理できるキャパシティがあって、それを越したら脳が一時的に壊れます。まぁ、再生できる程度に抑えていますが……」


 恐応先生とかわかりやすい。1個視界を増やすだけで、彼女は返答が怪しくなった。つまり、彼女のキャパシティは2個だ。

 イササはああ見えて賢そうだったので、5個流しておいた。

 まぁ、死んでいても私には関係ないけど。もう所属していないコミュニティだし。


「なるほどなぁ。でもそれ、ウロがそれに対応できるほどキャパないと駄目だよね? どんくらい行けるの?」

「確かに、どれくらいなんだろう」

「わからないものなんだ」

「いえ、幼少期から同時に見る癖があったので、それでちょっとずつ増えて行ったと思います。ただほぼ無意識でやってるので、数えたことがない……」

「そっか。この辺りに人間はいないし確かめられないね」

「残念です」


 本当に、どれくらいなんだろう?

 2桁は行けると思うけど、詳しくは分からない。

 そもそも、気になる対象が減っていたから、最近は同時処理してなかったんだよな。

 地球に帰ったら試してみよう。


 この話題もそろそろ変えよう。


「私がいっぱい話したんで、今度はクルア先輩の事を聞かせてくださいよ」

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