第9話
現れたのは、地を這う悪魔。
翼だったであろう部分は、巨大な掌のようになっている。
それを振りかぶり、悪魔は地面に叩きつけた。
巨体のせいか、予備動作が大きい。振りかぶっている姿はしっかり見えた。
おかげで回避事態はできた。
しかし、爆発するような音がして、風圧と瓦礫のせいか耳が痛くなる。
「――逃げましょう!」
行先は決まっている。
ピラミッドの中だ。
入り口は蠅で確認した。少なくとも入ってすぐに罠が作動する、ということは無さそうだ。
しかし、振り返る事は許されない。
こいつは音が聞こえてすぐに来た。この図体に比べ、意外にスピードがある。
「チヒロ、カイ! 足止めお願い!」
「任せて!」
カイが頷いて、横長の水球を生成した。
それを見るや否や、悪魔は掌を振って破裂させる。
「こんな
「大丈夫! ボクの力は最強だから!」
次はチヒロが前に出る。
右手に持つのは手鏡。
彼は両手を伸ばて、悪魔に鏡を見せつけるような形をとる。
「
生成されるより前の一瞬。
悪魔はそれを知らないはずだ。何が起こるか知らないはずだ。
しかし、チヒロの怯えぬ居様に何かを感じたのだろう。悪魔は跳躍した。
「は――!?」
彼は思わず声を出す。
しかし飛んだところで、鏡を向けている事実は変わりない。
悪魔は本来なら、上からチヒロを押しつぶす所だった。
が、間に合わない。恐らくだが、彼が生成しモノは、鏡に映したモノと同じ質量を持つ。
だから、複数の事が同時に起こった。
チヒロは飛んだ悪魔を見るために、鏡を少し下に下げた。
そのせいで、地面の土、岩が生成される。
動くものには反動がある。地面を出した反動で、悪魔に驚き力の抜けたチヒロは後退。しかし鏡には生成物の重さが乗る。それで手を鏡から離してしまい、落ちて割れた。
と同時に悪魔が降ってくる。
空中で体の向きを変えたのか、背中を地面に向けて。手を突き出し、大きな殺意を以って降ってきた。
爆発音。風圧と瓦礫。
耳がキーンとなって使い物にならなくなる。
目も、風圧で開けられたものではない。
仕方なく、ピラミッドへ避難させておいた蠅を出す。
蠅より私の方が大切だし、情報がないと生き残れない。
それで見たのは、悪魔が起き上がろうとしている姿。
先程の跳躍は悪魔にとって、大きな隙になったようだ。
(悪魔は横転してます! 何か攻撃を!)
テレパシーで情報を共有。今私にできることはこれしかない。
「か、カイちゃん! 水球大量に!」
いつの間にか治っていた耳が、チヒロの叫び声をキャッチする。
しかし彼女は風圧のせいか、目を閉じているようだ。彼女の視界が見られない。
ならばテレパシーが役に立つ。
ひとまず、蠅の視界を見せる。
(!)
反応してくれた。
カイは無数の水球を生成する。横長の物、三角形の物、バラエティ豊かに。
「よし、まかせて!」
それぞれに映っている悪魔姿。
いびつな物、そのままの物。
すべて、現れる。
そしてそのまま、悪魔を貫いた。
「――ヴェェ――ァ!」
声と思えぬ呻き声。チヒロの力に押しつぶされているのだ。
「やったぁ! これはモテモテ確変だろ!」
チヒロは飛び上がって喜んでいるが、どうも様子がおかしい。
生成された物体でよく見えないが、何か震えているような――
と思ったのも束の間、生成物と水球ごと弾け飛ばして、また姿を現した。
悪魔は憤っている様子で、動けるようになってすぐに、勢いよく掌をこちらに伸ばす。
「”月読み”――臼!」
瞬間、クルア先輩が前に出た。
今回彼女が出したものは、臼?
白く発光する臼の形が、上から悪魔の掌を押しとどめている。
「月! 大量に生成して!」
「わ、わかった!」
カイがまた、大量の水球を生成した。
間もなく、月の光を反射する。
「FOR!」
水球から満月が出現した。
認識できないほどの数。それはまるで星空の様。
戦闘中だというのに悪魔も、私も、カイも、チヒロも、誰もが目を奪われた。
――ただ一人を除いて。
「”月読み”――」
彼女は読む。月の形を。自分の力を。
それは彼女の、数少ないエピソード。
人に繁栄を齎し、神に死を齎した罪の剣。
「天之尾羽張剣――!」
現れたのは、巨大な刀。刀身は燃えるように揺らめいている。
しかも、一本だけじゃない。
5本だ。
悪魔はもがく。
自分を抑えている臼から逃れようと。
だが、剣はそれを許さない。
悪魔の裁断が行われた。
光の集合体であるはずの剣は、確かに悪魔の鱗を切り裂いて、地面に落ちた。
悪魔を斬っても勢いは弱まらず、土煙と轟音に変換される。
「すっご!」
チヒロが思わず感嘆するのもわかる。
これはヤバい。ちょっと強すぎる。
土煙が晴れ、悪魔の体だったモノが露になった。
骨、肉、内臓すべてがぐちゃぐちゃになって、月明かりに照らされている。
「や、やったっ!」
普通の女子みたいに喜んでしまった。
クール系をイメージしているのにちょっと恥ずかしい。
「……しかし、凄い力ですねクルア先輩。絶対喰らいたくない」
「やらないけど!?」
「そんなことよりさ! これはボクとカイとクルア先輩の合体技だよね!? そう、がった――」
「”月読み”――槌」
因果応報。
「ま、私も伊達に2位やってないって事」
「2位? ってなんですか?」
「ああ。説明受ける暇もなかったしね……学校2位の実力なんだ、私。夜に限ってだけど」
「学校2位? 学年じゃなく? つよつよですね。つよつよウーマン」
「なにそれっ」
クルア先輩は、くすりと笑ってくれた。
彼女が笑っている所、初めて見たかもしれない。
レアショットだ。記憶しておこう。
結構騒がしくしたし、他の悪魔がよってくるかもしれない。
今のうちに移動した方がいいだろう。
周りの道を確認するため、蠅を空に飛ばしておいた。
振り返って、みんなの様子を見る。
カイはなんだか眠そうにしていて、チヒロは悪魔に興味があるのか近づいている。
「――っこいつ、動いてる!」
「は?」
チヒロの言葉で、全員の視線がまた悪魔に集中する。
見えていたはずの中身が、今はもう見えない。
断面はかろうじて残っているが、肉が動いて結合しつつある。
再生、している?
「に、逃げないと!」
「待ってチヒロ! ピラミッドに入った方がいい! 悪魔が来てる!」
蠅から見た景色。
樹林の中で、蠢く何か。それが、東西南北すべての方角から向かって来ていた。
「ピラミッドの中だと囲まれるじゃん! 入り口一個しかないし!」
「一個しかないのは有利だ!」
こちらには、申し分のない火力とリーチがある。
ならば一本道に集中させて、少しずつ処理していった方が確実だ。
「わっわかった!」
私たちはまた走る。
夜はやがて明けるモノ。
そうなってしまったら、もう無理だ。
「なんであんなのが再生能力持ってるんだよ! ずるいじゃん!」
「……本当だよ」
今回ばっかりはチヒロに同意だ。
再生能力なんて単体で強いものだ。
それを強者が持ってたら勝ちようがない。
「ウロ、どう? 悪魔来てる?」
「掌の悪魔はまだ再生中です。他の悪魔は、なぜか掌の方に寄ってます」
「……なんで?」
「さあ」
地獄に来て、蠅に感謝し続ける日々が続いている。
こいつが居なかったら私達は何回も死んでいた。
もう蠅に足を向けて寝られないな。
視界では、掌の悪魔が自分の体を持ち上げようとしていた。
何度も挑戦して、何度も自分の血で滑ってこけている。
「暫くは大丈夫、なんですかね? このピラミッドも何ともないようだし」
少しでも悪魔から身を隠すため、奥の方へ入ってしまった。
入り口からずっと廊下が続いている。
私達全員が横並びになって丁度位の幅。天井は結構高くて、3mはありそうだ。
「じゃ、これからどうする? 私は夜しか戦えないし、何をするにしても今すぐがいいな」
「月の光量で力変わるんでしたっけ……でも、そろそろ皆寝たいんじゃないかな」
「うん、ボクは疲れたかな……ここまで気張ったの初めてだし」
「わかった。カイは大丈夫?」
「大丈夫……」
頭をこっくりとさせながら、目を擦って答えてくれた。
「駄目そうだね。じゃあ、私とクルア先輩で見張りをしましょう」
「ごめんね、重荷背負わせちゃって」
「構いません。戦闘で何もできない分、ここで活躍しておかないと立場がありませんから」
「ああ、そういうね」
「そう言う事です」
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