第2話

「……は?」


 声がそろった。


 私たちはさっきまで、ビルの中にいたはずだ。

 それが何で、こんな異世界に居る?


「こんちゃ! ”地獄”へようこそ、二人とも!」


 私の右から、急に声がかかった。

 そこにいたのは二人の女声。

 1人は薄緑の髪色をしたタレ目の童顔。身長は低く、頭にかんざしを挿して髪をまとめている。

 もう一人は、私と同じくらい身長が高い淡い水色の髪。目は、ジト目と形容するのが一番適切だ。


「地獄?」


 なんとか平然を装って言葉を返せた。


「そう! 比喩じゃないよ!」


 地獄。その単語を聞いて私が連想するのは、地に炎が溢れ、悪人が叫び、悪魔や鬼が跋扈する世界。

 しかし今眼前にあるものは全く違う。

 太陽は強く輝いているし、滝も落ちていて、どちらかと言えば異世界だ。


「ふふ、疑問に思ったでしょー。何でここが地獄? 全然イメージと違うし、私悪い事なんてしてない! って!」


 緑髪は得意げに胸を張って説明を続ける。結構大きい。


「君たちも見たことあるよね? 突如現れた。もう頭からお尻まで謎だらけで、わかっているのはってだけだった……でもそんな彼らの出現元がここなんだよ!」


 彼女の言うように、悪魔の事はよく知っている。


 私の住んでいた場所には結局来なかったけど、人や家を襲う映像をニュースで何度も見た。

 だから覚えている。

 逆三角形の頭に、曲がりくねった体。黒い鱗が隙間なく並んでいて、腕と足、背びれと翼、そして長い尻尾が生えているその姿は。

 デルコマイだった。

 だから、悪魔に襲われた最初の被害者は私たちなんだろう。


 しかし彼女の言うように、それ以外がまったくわからない。

 デルコマイは何かを襲う奴ではなかった。

 私に食らいついてきた時だって、どう見ても正気じゃなかったし。

 魔物が徒党を組んで襲撃してきたのも意味が分からない。


 だから、それを解き明かすためにここへ来たのだ。

 悪魔だけじゃない。

 目を覚ました時にいた、銃を持った大人たちも謎。

 鉄を砕くほど強靭なデルコマイの首を、私が食われる寸前の一瞬で奪った存在も謎。

 そもそもデルコマイが孤児院に現れたのも謎だ。


 謎、謎、謎。

 すべてが謎。


 しかし十字軍の上層部に入るとその任務柄、国家機密にもある程度アクセスできるようになるというじゃないか。

 ならば入るしかない。

 入隊して、成り上がって、そして謎を解いて銃を持った大人を見つけて、願わくば――


 と思っていたのだが。


「……えっ、あぶない場所ってこと……?」


 そう。カイの言う通りだ。

 訓練も受けていない無力な状態で戦わされるのは、非常に困る。


「あっは、安心して! 悪魔も実はわかってきてるんだよ。例えば金属を嫌がる、とか」


 そう言って手を突き出したので、それに沿って視線を動かす。

 映ったのは、すべて金属で出来た建造物。

 独特の光沢を放ってあたりを照らし、角ばって形成されている建物は、まるでSF小説から出てきたようだ。


「……先に自己紹介しない? 名前も知らない相手だとやりにくいでしょ」

「あっ忘れてた」


 私も忘れていた。


「ごめん、こんちゃ! あたしの名前はチモ! 能力……は、後でね!」

「……クルア。あんたたちの世話係。能力は”ツクヨミ”」


 ツクヨミ? 有名な名前だ。まさかそれがこんな場所に転がっているとは。

 チモ先輩がぼかしたのも気になりはするが、やはりクルア先輩が気になるな……。


 ……。

 

 あっ。


「私の名前はウロ。テレパシーが使えます。よろしくです」

「えっ」

「マジ?」

「!」


 にっこり笑って挨拶したのにこの反応。当然だ。

 テレパシーとは他人のプライベートゾーンを盗み見る能力。どう頑張っても、伝えるだけで警戒されてしまう。

 なので。


「キミは?」


 さっさと話題をずらすべく、ヘイトを押し付けてしまう。これが一番簡単に忘れられる。


 ……

 ……


 ?


 テレパシー!


(テレパシー、うそ……?)


 使ってほしかったのか、この娘!


(何の用?)

(わっ……ずっと読んでるわけじゃない?)

(そうだね。疲れるから)

(ふーん……代わりに、自己紹介してほしい)


 何を言っているんだ……?

 

(何を言っているんだ……?)

(しゃべるの、めんどい)

(えっいや、いいけど……便利道具扱いされたのは、初めてだな)

(やった、じゃあよろしく)


 仕方がないので、カイの心をリアルタイムで言葉に変える。


「えっと、彼女の名前は流音カイです。能力は、神との交信? らしいです」


「へ、へぇ~……なんでウロちゃんが紹介したんだろ」

「テ、テレパシーで聞いたんじゃない?」

「あー! だから見つめ合ってたのか! ……よし、自己紹介も終わった事だし、あたしたちが学校を案内しよう!」


 私たちが出た場所は、円形の広場みたいになっていたようだ。

 先輩に連れられ、横から伸びて弧に沿う階段を降りる。


「金属でよってこない、というのはわかりましたけど、なんでわざわざこっちに校舎立てたんです?」

「土地代がかからないから、って説明」

「クルアよくそんなこと知ってるね!」

「初めの授業でやったけど……?」


 ポンコツのチモ先輩と突っ込みのクルア先輩か。覚えたぞ。

 なかなかいいコンビが世話役になってくれたのではないだろうか。


「でも、他にも理由はありそうだけどね~。向こうじゃ規制厳しいしさ」

「ああ、規制。最近強くなってきましたよね」

「テレパシーって使っても気づかれなさそう。ウロは全然使っちゃうの?」

「アハハ」

「いやらしー!」


 会話に参加してこないカイが気になって、そちらに目を移した。

 またこちらを見つめている……。


(どうしたの?)

(ずっとテレパシーしてほしい)

(……いいよ)


 どうやら私の事を、通訳か召使と思っているようだ。


 もう一度、カイを見る。

 

 丸い頭に丸い瞳。この娘は全体的に円で構成されている。

 太い、というわけではなく、丸っこい。


 私と彼女の身長差だと、彼女は上目遣いでこっちを見ている。

 丸い目で、すこしジトっとした目で、じっくりと。

 ふむ。

 可愛いしいいか。


(それで? なんか言いたい事あったんでしょ?)

(うん。その馴れ合いどうでもいいから早く説明してほしい)

(……言うなぁ)


 そういえば、そうだ。

 あの事件の後、私は何もない場所に行かされた。

 能力も、魔物も、悪魔もない住宅地。

 浮いてしまったら困るので、なんとか私は普通だと思い込ませた。それが彼女の言う馴れ合いだ。


 しかし今はどうだろう。

 周りには能力者3人。ここから出れば悪魔の巣窟。

 もう我慢する必要はないのでは?


 普通の生活を望む者はここに来ない。

 何かしたい事があって入学する。

 私は謎を解きたくて。カイも何かあるんだろう。


 そうだ。その意味では同類だ。

 何か1つの為に、他を捨てられる人間だ。


「よし。今から質問攻めしていいですか?」

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