人まであなたは怪物に変えた


「あなた、直はどうしたの?」

「ああ、そこに死体があるぞ」

言葉が口をついて出ない。そんな表現が、現実に存在すると、今初めて知った。代わりに、唇が震えている。賢治はこの後に及んで、「やはり人間が一人じゃ足りないか」などと呟いている。


 志村さん、という直の元同級生が亡くなって数週間後、私たちは車に乗っていた。賢治に合コンの迎えにきてほしい、と頼まれたのだ。賢治は実験についてとうとう、滔滔とうとうと語り始めた。ただし、蕩々とうとうとはしていなく,早口であった。

「今、人間のキメラを作る実験をしているんだ。そうしたら、面白くなってな」

段々と、ハンドルを握る手に力が籠っていく。いっそ、このまま事故でも起こしてしまおう。とも考えたほどだ。しかし、実も乗っているので、そうも都合よく行かない。

「ああ、AとBがいるとすると、どちらも、AとBを足して二で割ったような姿になったんだ。幼体と成体がいて、成体の方は体がシムラより、精神はナオよりに、幼体はその逆になったが」

ナオ、と言う言葉に本能が反応する。思わず右足に力が籠る。しかしそれはブレーキで,しかも今は赤信号であったから、助かった。

「あなた,直をまた使ったの?」

ふつふつと湧き立つ感情をブレーキを踏むように抑えて、言った。急に響いた、クラクションで青信号であることに気がつく。青は進め、とでも言うように、青信号で動き出す車よろしく、涙が頰を走り始めた。賢治は隣で,成体には自分が死神と洗脳するのもいいかもしれないな、と呟いている。


電話が鳴る。ぼおっとしていたのでハッとし、画面を見る。上司からの連絡でないことにホッとしたが、警察から来ていることに気が付き、サッと血の気が引いた。実が何かしただろうか。

「田中 博子ひろこさんですね?」

間違いなく私の名前だったので、はい、と相槌を打つ。声から察するに、女性だと言うことはわかった。

「これから話すことを聞いても、どうか落ち着いてくださいね」

少しの間を置いて、警察は言う。

「あなたの家が、爆発しました。息子の実くんは軽傷ですが、おそらく主人はもう」

目が開いていく気持ちになる。ここまで心が躍るのは何年ぶりだろうか。

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