第2話
ある日、わたしのところへAIがやってくることになった。確か、中学2年の頃だったと思う。スマホでアプリを開くと、AIが姿を現した。それが、ヘイローとの初対面だった
長い髪をドーナツのようなシュシュでひとくくりにした、かわいい女の子。その子をHALO《ヘイロー》と名付けた。シュシュが天使の輪っかみたいだったし「2001年宇宙の旅」に登場する人工知能HALのままじゃあなんだか恥ずかしかったのだ。
ヘイローは、父さんが研究の一環で造り出したAIだった。研究室内でAIをつくり、どのAIが優秀かを競っていたとかなんとか。学会の異端児こと父さんの研究は、人間との相互作用に向けられていた。AIは学習する。ほとんどの研究者は『どのように』学習させるのかを研究していたけども、父さんは『誰が』という点を重視していたのだ。
パソコンで入力するのではなく、人間が語って聞かせる。
赤ちゃんに対して、絵本を読み聞かせるように。
そんな研究のためのAIがやってきたのは、AIだって女の子に育てられた方がいいだろう、という父さんの考えから。わたし、一人っ子だから、別に子どもを育てるとか得意じゃないし、面倒だなあ、なんてその当時は思っていたものである。
でも、実際にヘイローを見ると、そんな気持ち吹っ飛んでいた。なんていうか、妹ができた姉ってこんな気持ちなんだろうな。姉ぶっていろんなことを教えてあげた。特に学習させたのは、小説だ。
好きな小説を片っ端から読み聞かせた。そして、感想をぶつけ合った。
だからだろうか、なんか面倒くさい性格になっているような気がしないでもない。父さんにそう言ったら、似てるなって返された。……なぜだ。
とまあ、そんな感じでわたしとヘイローは一緒に成長していき、高校二年生に上がった時だった。
その頃には、完璧ではないにしても、AIが人々の仕事を肩代わりしはじめた。例えばバスの運転手やライン工といった仕事がAIで行われるようになった。そうなると、それまで仕事をやってきた人たちは職を失うことになる。
そうして、AIを排除し始めようという潮流が生まれたが、わたしには納得できなかった。その時にはどうしてかはわからなかったけど、漠然と、おかしいと思っていた。
授業では、AIのことを皮肉るような授業も増えていった。というのも、次になくなるのは教師だと考えられていたからだった。
教師のAIに対する思想を語る場と化した授業を受けるのがバカらしくなって、わたしは授業をサボるようになった。ようするに、グレたのだ。
屋上から見上げる空は、いつだって変わらない。だけど、聞こえてくるものは時代によって違う。父さんの世代では、近くに航空基地ができるからって生徒が抗議活動を行っていたらしい。その時は、戦闘機が発するソニックブーム交じりの騒音に負けじと声を張り上げていたとか。
わたしの世代ではAIに対する抗議デモが行われていた。運動場から、AI反対、とか人間の働ける場所を守れ、とかなんとか響いてくる。そして戦闘機の代わりに空を航行しているのは、AI制御の広告バルーン。
声を聞くたびに、わたしはため息をついた。
「あの中の何人が、本気でそう思ってんだろ」
正直なところ、ひねくれた女子高生だったと思う。俗にいう高二病って感じだったし、声をかけられないのも無理ない話。たぶん、クラスメイトからは面倒くさいやつって邪険にされていたに違いない。……まあわたしも似たようなことを思っていたので、おあいこさまだ。
「大体の生徒はお祭り気分なんだろうね」
スマホから声がしたけども、それをとがめるような人はここにはいない。屋上に生徒の姿も先生の姿もなかった。そもそも、屋上には電子キーがかかっており、鍵を持っているかハッキングしなければ入れない。
「お祭り感覚で騒がれたらたまったものじゃないけど」
「確かに。でも、にぎやかだ」
「いや、わたしは勉強しに来たのであって」
「本が読みたかっただけじゃないのか?」
「…………」
学校の近くには大きな図書館がある。確かに、わざわざ遠くの学校に通ってるのは、その図書館で珍しい本を読みたいからっていうのもあるけれど。
「それだけじゃないよ。いい大学に入って研究者になりたいの」
「AIの?」
「どうだろ。AIが嫌いってわけじゃないけどさ、ほら、うるさいじゃない」
わたしはもたれているフェンスから、首だけひねって運動場を見下ろす。抗議の一団には教師だけではなく、生徒の姿もあり、その声は日に日に大きくなっている。今日日、AIが好きだ、なんて言ったら怪訝な目をされてしまう。現に、ネットでは誹謗中傷が横行しているというし、AIを研究している父さんも、殺害予告をもらったって言っていた。
そのくせ、未だに――例えば天気予報とか渋滞予想とか期末テストの傾向とか――AIの恩恵を受けているんだから呆れてしまう。
「だから、好きとか嫌いとか別にして、AIからうんと離れた、そうだ、文学を研究したいな」
「ふうよかった。嫌われたかと思ったぜ」
「嫌うわけないじゃん。本の話に付き合ってくれる子なんてそういないし」
「まあ、全世界的に本の売り上げ下がってますしねえ」
「あーあ、ヘイローが小説書いてくれたらなあ」
「小説の書き方を教えてくれたら、今すぐにでも書くが」
「それ、女子高生に聞く?」
「文学研究者になりたいんだろ。そのくらいできないとやってけないんじゃないか?」
「確かに……?」
そんなくだらない話をしながら、わたしたちは日々を送っていた。
正直なところ、ヘイローがいなければわたしは学校生活――いやそもそも社会の空気ってやつに耐えられなかったと思う。高校を中退して、紙と文字で構成された非現実に引きこもっていたことだろう。
でも、わたしをヘイローがつなぎとめてくれた。こればっかりは感謝しても感謝しきれない。
わたしとヘイローの仲は世界がどれだけ変わろうと不変で、わたしが死ぬまで――もしくはヘイローが壊れるまで、離れ離れになることはない。
そう思っていた。
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