そうして、希亜は物語を編む

藤原くう

第1話

 本、本、本。


 見渡す限り本だらけ。


 外から見れば富士山のような形をした建物の壁面に沿って、本棚があった。棚は円を描くように配置されており、あいうえお順に並んでいる。本の一冊を抜き出してみると「海からきたチフス」だった。一階には小説が収めているらしい。見上げると、ずっと上の方まで本棚があった。今この建物が爆撃されたとしたら、わたしは本とがれきにつぶされて命はないだろう。


 視線を戻すと、中央には机があって、ミューズと呼ばれる女性が作業をしている。


 ムセイオンと呼ばれる大図書館に来たのは、これがはじめてだった。神の世界まで伸びるかのような絢爛な建物に、思わず息が漏れた。


「やあやあ」


 声をかけられて背後を振り返れば、少女がやってきていた。手を振りやってくる彼女は、最後に見たときとちっとも変わっていない。


 リングによってくくられた、床に届きそうなほどの髪を揺らし、少女がわたしの前までやってくる。


 そして、一冊の本を手渡してきた。


「これ、どうだい」


「『たったひとつの冴えたやり方』……ね」


「そ、希亜きあが来るだなんて、実に冴えたやり方じゃないか」


「……さあね」


「ふうん。ま、いいか。とにかく話をするんだろう? こっちへ来いよ」


 少女の手から本が消え、その手がわたしへと差し出される。ちょっとためらって、手を握る。


 あたたかくて柔らかい感触に、言い知れぬ嫌悪感がこみあげてくる。


 少女はわたしの手を引っ張るようにして――。


「その『少女』っていうの、やめてほしいな。私には希亜が名付けてくれた名前があるじゃないか」


「わたしの考えを読まないでくれる?」


「そりゃあ無理な話だよ。ここムセイオンは何て呼ばれてるか知ってるか。過去現在未来の本が集まる場所だぜ」


「未来って、あなたにはこれから先のことがわかっているって――」


「ヘイロー」


「……ヘイロー」


 満足そうに、ヘイローは頷いた。「そうそう。こんな調子だったよなあの時も」


「覚えてない。ヘイローと違って、わたしは記憶力がよくないから」


「嘘つけ。授業サボってた割には成績よかったろ」


 次の瞬間には、ヘイローの手に一枚の紙が握られている。わたしが消去したはずの期末テストの答案だった。


「赤点回避どころか八十点超えてんじゃん。授業に出てたやつらから僻まれるぜ、こりゃあ」


「…………」


「冗談だって。ほら、ここだ」


 案内された先にはテーブルと椅子があった。本来なら、ここで読書をするのだろうか。


 だけど、わたしは本を読みに来たわけではない。


 ヘイローに用があって、ここまで来たのだ。


「話があるの」


「ああ、私にもあるよ。話したい事、久しぶりに会ったからなあ。何年ぶりだ?」


「そんなこと今は――」


「そんなことっていうなよ。私にとって大切な思い出だが、希亜にとっては違うのか?」


「違わないけど……」


「じゃあ、決まり」


 パンとヘイローが手を叩けば、テーブルにコーヒーとクッキーが出現する。湯気をくゆらせるカップを手に取り啜ったヘイローがあちっと声を発する。


 その姿は、あの日の彼女と何も変わっていない。


 変わったのは、わたし。


 そして、月日。

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