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時々思うことがある。小学生の時、僕の社会に対する視界がもう少し広くて、「助けるべき人間」と「助けなくていい人間」の区別がついていたなら、母さんなんて助けなかったのに。と。
僕の母親という女は、あまり良い人間ではない。
中学を卒業して、高校に進学したはいいものの、悪い奴らとつるむようになり、散々授業を妨害して…、校則違反の制服や化粧をした。それはまだ可愛い方だ。二年になれば、同級生の気の弱い女の子を虐め、不登校にし、自殺未遂を起こさせ、学校から怒られても反省の色を見せなかった。停学処分を受けると、夜な夜な町を彷徨い、悪い奴らとつるみ、そして、交じり合い、妊娠した。そして生まれたのが僕…、ではない。一度は中絶した。だけど、懲りずに交わって、また妊娠した。高校を卒業して直ぐのことだった。今度は中絶せず、「母親になって立派に育てて見せるし!」なんて意気込んでいたようだ。ようやく、僕の誕生ってわけだ。
確かに、あの人は僕を育ててくれた。ご飯を食べさせてくれた。おむつを変えてくれた。言葉を教えてくれた。だけど、そんなこと、「親」ならば当たり前のことだ。「及第点」ってやつだ。本当に良い母親ならば、人間との付き合いとか、インスタント以外の料理の仕方とか、仕事に真摯に取り組む姿勢とかを子供に見せるべきだ。まあ、僕の思う「良い母親像」はこの際置いておいて…。
母親は…、本来、僕の「未来」には存在しない。僕が小学生の時、病気で死んでしまうからだ。だけど、僕は「未来」を売って、母親を助けた。僕が母さんが死ぬ運命を変えたのだ。
まともな人生を送っていない、屑な母親が生き永らえた。屑な母親がこれからも生き続けたら、どうなると思う? そう、「最悪」ってやつだ。
何もしなくなった。
死んだ祖母祖父から、一人じゃだだっ広い家を相続し、そこで怠惰な日々を送るようになったのだ。一応、病気の後遺症で動けないって理由(という名の建前)もあるけど、毎日適当に食って寝て、好きなゲームや漫画を読み、時々パチンコに駆り出すその様は、残った僕の金に胡坐をかいているようにしか見えなかった。まあ、借金をしないだけマシか。
実際、僕が高校を卒業して家を出ていっても、時々こうやってスマホに、「お金をちょっとだけ貸してください」とか、「たまには会いませんか?」ってメッセージが入ってきた。
本当ならば、「縁」ってやつを切ってやりたかった。「お前はもう母親じゃない!」って叫んで、したたかに殴りつけて、もう顔を見られないようにしてやりたかった。
それができないのはやはり、十年前のあの事だ。そう、母さんを助けるために、「未来」を売ってしまったことだった。消えてしまった「未来」がどれだけ価値あるものかわかっていなかったにせよ、僕は母親を助けるために「未来」を犠牲にした。もし、母親の縁を切ってしまったら、その時の僕の行動が無駄になってしまうような気がした。
未来も失って、母親にも失望して、これじゃ僕が損をしただけじゃないか。
それを認めないために、僕は母親との関係を断ち切れないでいた。
これはもう、「意地」ってやつだった。
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