Part8 脱出と抵抗
*テオドリック*
手から軍用ハンディ・ターミナルが滑り落ちる。
テオドリックは、戦いの結末に呆然としていた。
満を持して送り出した無人ウォーレッグ・ガルガリンは、突如反応速度が向上したキグナス1の前に倒れた。
おそらくLCSだろうが、全てのウォーレッグを失い、新造する資源も時間もない今となっては、考察は意味をなさないだろう。
ただ、ここにアーガスの敗北が確定したという、動かしようのない事実があるだけだ。
だが、テオドリックにその"事実"をただ漫然と受け止めるつもりは無かった。
例え死が決まっていたとしても、"エキドナの子"を倒さず死ぬのだけは、死んでもごめんだった。
回れ右して、セントラルタワーの窓辺を後にする。
その先には、地下へ向かうエレベーターがドアを開けて待っていた。
*ハイド*
地響きに似た振動を感じ、ハイドは僅かな休息から目覚めた。
そうだ。
まだ終わりじゃない。
何か、良くないことが起ころうとしている。
ほとんど反射的にハーキュリーズを立ち上がらせた。
見ればナノマシン製のビル群が次々と、溶けるように地面に沈み込んでいく。
足元でも水が弾かれるように銀色の地面が引いていき、代わってその下からパイプラインやケーブルからなる構造が現われる。
この地下に、何かが埋まっているらしい。
液状のナノマシンはあちらこちらで半球形に寄り集まり、熟す果実のように膨らんでいく。
一体何をしようとしている。
考える前に、ハイドの第六感がハーキュリーズの程近くにできたナノマシンの集合体に意識を向けさせた。
今にも破裂しようとしている。
表面が波打ち、アケビのように割れた瞬間、ハイドはハーキュリーズを飛び立たせた。
直後、集合体は機体があった場所に向けて、無数の触手を吐き出した。
そのまま滑らかに方向転換して追いかけてくる。
これが最後の抵抗か。
点在する集合体が次々と割れ、触手が噴射炎の尾を引くミサイルのように伸びてくる。
ハイドはペダルを強く踏み込みながら、ハーキュリーズを高速巡航形態に変形させた。
火星という条件下なら、今のハーキュリーズに残された推力でも大気圏突破は十分可能だ。
脱出する。
迫る触手を機体を左右にスライドさせて
ある程度まで上昇したところで、触手達の先端が揺らいだかと思うと、急激に失速し引き返していった。
不審に思い、後方の映像をスクリーンモニターに呼び出す。
距離が空いていくにつれ、地上ではアーガスの本拠地となる要塞都市が、変貌しようとしていることが分かった。
ナノマシンの集合体が再び拡散し、染み込むように地中の構造物と同化していく。
構造物のパーツとパーツを繋ぎ合わせて骨格とし、大小2つのアーチが交差したような立体が姿を現す。
やがてそれは、火星の大地に立とうとする
*テオドリック*
セントラルタワーの地下深く。
要塞都市の最深部に存在する、機械の洞窟のような空間。
まさか、これを使うことになるとは。
テオドリックの目の前には、銀色の池が広がっていた。
都市を形成している液体ナノマシンを生成・制御する、マロー・チェンバーだ。
ナノマシンの柔軟性を利用した攻撃は、あくまでも足止め、時間稼ぎのつもりだった。
本命は要塞都市そのものを利用して敵機を捕らえ、ワイズマン・リアクターのオーバーロードで諸共自爆するという、テオドリックに残された唯一にして最大の攻撃だ。
既に変形の指令は出した。
先ほどから周囲が小刻みに揺れている。
要塞都市の基礎部として地中に埋設された宇宙艦艇群をナノマシンで繋ぎ合わせ、駆動形態と化そうとしているのだ。
変形が完了する前に、キグナス1は手の届かない所まで行ってしまうだろう。
だがそれならそれで、追いかけるまでだ。
あとはテオドリックにできるのは、チェンバーを介してナノマシンと一体になることだけだ。
池に足を踏み出し、身を沈めていく。
底部は凝集したナノマシンによってなだらかな傾斜が付いている。
腰まで浸かった辺りで、池の中から音もなく接続用ケーブルが現れ、テオドリックの背後で鎌首を
ナノマシンでLCSの接続機構を疑似的に再現しているのだ。
ケーブルは先端をX字型に開くと、テオドリックの背中に向けて、中央に伸びた太く鋭い針を勢いよく突き刺した。
「ぐは……っ」
銀色の
そのまま前のめりに倒れ、水中に突っ込んだ両腕を、密度が増したナノマシンに固定される。
少し息が苦しい。
接続の際、勢い余って気管を傷付けてしまったらしい。
飽くまでも疑似的に再現したものだ。
ただ機械と人間の神経を繋ぐだけのお粗末なシステム構築は、操縦者の負担などまるで考慮していない。
どうせ回線を開けば、過剰なノイズデータによって数分で脳神経が焼き切れる。
それまで思う存分暴れてやる。
やることは3つ。
追いかける。
捕まえる。
自爆する
テオドリックは、既に霧がかかり始めている頭ですべきことを反芻しながら、独特の浮遊感に身を任せた。
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