Part7 心あるもの

*テオドリック*


 何だ。

 何が起きている。


 セントラルタワーから戦いの推移を見守っていたテオドリックは、状況の変化を呑み込めずにいた。


 つい先ほどまでガルガリンが優勢だったはずだ。

 相手の行動を見切り、完璧に対処してきた。

 だがあと一息という所で、突如反撃を受けた。


 手にした軍用ハンディ・ターミナルに送られてきている情報によれば、速力は交戦開始直前と比べむしろ落ちている。


 だが反応速度が大幅に上昇している。


 その一点がこの逆転劇を呼んだのだ。


 ガルガリンは今、されるがままで、攻勢に出られない状態にある。


 キグナス1に何か、私達がまだ知らないシステムがあるというのか。

 テオドリックの脳裏に一瞬、敗北の二文字がよぎった。






*ハイド*


 ハイドは飛ぶ。

 ハーキュリーズとなって飛ぶ。


 火星のひり付くような大気を装甲はだに感じながら飛ぶ。

 腕に抱え込んだガルガリンが何かしようとする度、ビルを突き抜ける。


 さっきのお返しだ。


 だがビルとビルの間が少し空いた隙を縫って、ガルガリンが苦し紛れにRADを放った。


 あらゆる方位をカバーするセンサー類に接続されたハイドの視覚野は、振り向かずして端末の存在を捉えた。


 全基がハーキュリーズの真後ろに展開している。

 狙いはスラスターか。


 ならばこうだ。


 ビームランプが閃光を発した瞬間、機体を入れ替える。


 スラスターノズルに飛び込むはずだったビームは、ガルガリン背中のチャージポートに命中。

 何の防御措置もないコネクタ部分から火を噴いた。


 これでRADへの再チャージはできまい。


 だが至近距離で爆発を受けたハーキュリーズも影響なしとは行かなかった。


 バランスを崩し、もつれ合いながら落下する。


 ガルガリンはハーキュリーズを引き剥がし、自らは難なく着地を果たす。

 一方ハイドは逆噴射で地面に立とうとして失敗し、そこで右足の感覚がないことに気付いた。


 途端にアドレナリンが途切れ、ハイドの脳は忘れかけていたその事象を痛みとして認識した。


「ぐああぁぁぁっ!?」


 思わず絶叫しながら、本来の身体の右足に触れる。


 まだある。

 無いのは僕の足じゃない。

 ハーキュリーズの足だ。


 頭をよぎった雑念を振り払う。


 やめろ。

 同一性の否定は同調においてノイズとなる。


 無いのは僕の足だ。

 ガルガリンに切り落とされたのだ。


 痛みを怒りの炎にくべ、立ち上がる。


 だが止まった一瞬の内に敵は距離を詰めていた。


 スラスターを吹かして離脱しようとするが、右腕を掴まれ、壁に押さえつけられる。

 空いたもう片方の手にプラズマバーナーの青白い炎が灯り、RADがガルガリンの肩越しに狙いを付ける。


 どちらでも止めを刺せる状況だが、まだ勝算はある。


 照準の微調整が行われた瞬間、上空から降り注いだビームが5基のRADを蒸発させた。


 空を仰いだその先に、ハイドはようやく対空砲火を抜けた戦友の姿を認めた。


 遅かったな、イロアダイユニット。


 自由な左手でプラズマバトンを抜く。

 強引に決めようと振るわれたバーナーを弾き、そのまま敵ウォーレッグの胸部を斬り付ける。


 ガルガリンは咄嗟に掴んでいた腕を手繰って、バトンの描く軌道の上に引きずり出した。

 人質を取ったつもりなのだろうが、そうは行かない。


 僕は痛みから目を背けたりしない。


 迷わず自らの右肘から先を切り落とす。

 斬られた部分が発する痛みを感じながら、飛び上がる。


 残ったRADが追撃するが、各基いずれも一発撃っただけでエネルギーを失い、その場に堕ちた。


 本数は少ないが、狙いは正確だ。


 繊細な挙動でビームをかわし、イロアダイユニットの許へ。


 接触寸前で反転し、瞬時にドッキングを完了させた。


 右補助スラスターを義足代わりに、大地に降り立つ。

 ハイドの視線の先には、ゆっくりとこちらを向くガルガリン。

 そろそろを付けよう。


 ホバー走行で相手のふところへ突進。


 ワイズマン・リアクターの共振稼働を起動。

 機体からだが羽毛のように軽くなる。


 横に差し出した左腕に、シザープレッシャーがガントレットのように装着される。

 シールド有りの時と比べて安定性で劣るが、火力は据え置きだ。


 先端のシザーが開き、緑の火が伸びる。

 同時に拳が熱を帯び始める。

 逆火を防いでくれるシールドが無くなったために、プラズマバーナーの熱を直接受けているのだ。


 だがマニピュレータが溶け落ちたって構うものか。


 ガルガリン眼前で急制動を掛け、身に込められた勢いを全て左腕に乗せて斬り付ける。


 当然のようにガルガリンの手に受け止められる。


 だが今度は敵が次の行動を起こす前にハイドが動いた。


 右スラスターユニットのチェーンソーブレードを展開。

 回し蹴りが遂にガルガリンの左足を捉えた。

 切り裂かれた人工筋肉が弾け飛び、機体が斜めにかしぐ。


 勢いで一回転しながらプラズマバーナーを引っ込め、支えを失くした相手が前につんのめるのに併せて、ハイドは健在の左足を突き出した。

 足裏で受け止めるように頭部を蹴り付け、反応すらさせずにリニアパイルで貫いた。

 顔面から後頭部に突き抜け、Y字形のランプセンサーが2、3度明滅して消灯する。


 潤滑油にまみれたパイルが引き抜かれると、敵の機体は力なくその場に崩れ落ちた。

 それでも尚、ガルガリンは両手のビームランプをハイドに向けようとしていた。


 ここまで追い詰められたのに、まだ抵抗するか。


 鏡でも見ているような気分だった。


 意を決し、シザープレッシャーを構え直す。


 後は一方的な蹂躙だった。


 必死に立ち上がろうとする右足を踏み潰す。

 プラズマバレットの構えに入った左手をバーナーで焼き切る。

 何とか掴もうと伸ばされた右手をシザープレッシャーで挟み潰す。


 最後にハイドは胸部の発光体目掛けて、シザーを突き刺した。


 すぐに手応えがあった。

 奥にあったものを挟み、腕を引いていく。


 まるでガルガリンの最後の足掻きのような抵抗感の後、装甲を破りながら球状の物体が引きずり出されてきた。


 AIユニットだ。

 間違いない。


 ハイドは自らをここまで追い詰めたウォーレッグの頭脳を一瞥すると、一思いにシザーを閉じた。


 十数本の配線に繋がったままのユニットが潰れると同時に、ガルガリンの残骸は脱力するように静かにその機能を停止した。


 終わりだ、ガルガリン。

 これが心あるものと無いものの差だ。


 シートが通常操縦モードに復帰していく。


 ハイドもその場に膝を衝くと、深く息をきながらLCSを解除した。

 震える手で、リーナの眼鏡を小物入れに戻す。


 それが一つの限界だった。

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