Part6 ふたりの戦い
*リーナ*
ある日の晩。
胸騒ぎがして、リーナは思わず外へ飛び出した。
その日も星は変わらず同じ夜空で瞬いていた。
だがリーナには何か悪い予感がしていた。
ただでさえ遠くにいるハイドが、二度と会えないほど遠くへと行ってしまうような不安感。
敵に追い詰められている姿が空想の中に鮮明に浮かぶ。
彼が帰ってくると信じる気持ちが揺らぐ。
だめ。
好きな人を信じられなくてどうするの。
最悪の想像を振り払うように首を横に振る。
それは挫けそうな自分の心との戦いでもあった。
できるものなら、今すぐ彼の所に飛んで行って抱きしめたい。
わたしがついていると言ってあげたい。
ハイドが危機に陥っているかもしれないのに、何もできない自分がもどかしい。
いや、一つだけできることがある。
それはハイドを想うこと。
想いは示さなければ伝わらない。
あの時、自分の不自由を承知で眼鏡を託したのもそうだった。
それでも、彼が隣に居ない今この時に、想うことが無駄だとは思わない。
きっと気付いてくれる。
ハイド、離れていても
勝って。
*ハイドラ*
闇に沈んだ意識の中でハイドラはリーナに謝っていた。
すまない、リーナ。
おれは帰れそうにない。
心が通じ合ったのに、お前の居るところから遠く離れた場所で死んでいく。
そうだ。
怪物の最期なんて、所詮こんなものだ。
お前はおれを人だと言ってくれたけれど、おれはとうとう滅びの運命に打ち克つことはできなかった。
冷気にも似た死の気配が身体を刺すのを感じる。
逝くのか、きょうだい達の所に。
定めに身を委ねようとしたその時、暗闇の片隅で何かが光った。
急速に意識が色を取り戻していく。
そしてハイドラの動体視力は、コックピット内に飛び出したリーナの眼鏡を確かに捉えた。
どういう訳かコンソールモニター下の小物入れから出てきてしまったらしい。
ハイドラの心に気力が戻ってくる。
ふざけるな。
あと一歩の所まで来れたんだ。
この戦いのすぐ先にリーナとの未来があるのだ。
こんな所で諦めてどうする。
スクリーンモニターを見れば、丁度ガルガリンが目の前に来たところだった。
気を失っていたのはコンマ数秒程のことだったらしい。
LCS――今こそ使おう。
危険は百も承知の上だ。
タッチパネルの上で指をスライドさせて隠しコマンドを入力。
普通に戦っているなら絶対にやらないような操作がコマンドになっている。
後はパスワードと網膜/虹彩/指紋/静脈の生体認証。
ハイドラはかつてない速さでそれらを突破していく。
ガルガリンが、ハーキュリーズがめり込んでいるビルに取り付いた。
穴の縁に両足を突っ張らせ、右手を後方に引く。
光学兵器の起点となるビームランプが、コックピットブロックに正確に向けられているのがはっきりと分かった。
その時、ハイドラの背中に針を刺されるような鋭い痛みが走った。
自分の中身が溶け出し、機体に広がっていくような感覚。
来た。
スーツ背部のコネクタを介して、脳神経がハーキュリーズに接続されたのだ。
そこで遂に、ガルガリンのプラズマバーナーが突き出された。
敵機の掌から
この戦いに勝つ。
そして――
「帰るんだあああああぁぁぁぁぁっ!!!」
――ハイドラは、ハイドは、無我夢中でリーナの眼鏡へ向けて左手を伸ばした。
プラズマバーナーの青白い炎刃が、ハーキュリーズの左側頭部を掠める。
狙いは外れ、先端は背後の瓦礫に突き刺さった。
バイザーの左端が吹き飛び、射撃管制用のランプセンサーが
両者が動きを止めた時、ハイドの左手には眼鏡が握られ、ハーキュリーズの左手は敵の手首を掴んでいた。
そしてクモの巣状に
ガルガリンの顔には、明らかに動揺の色が浮かんでいる。
無人機の癖に随分と人間的な。
ここまで出し惜しみした甲斐はあった。
ガルガリンを動かしているのが人であろうとAIであろうと、敵にとって想定外の事態を起こすことができた今がチャンスだ。
右手を出し、攻撃の機会を窺うガルガリンの左手をも封じる。
コックピットではパイロットシートがハイドの身体を包み込むような形に変形していく。
本来の身体の感覚を遮断し、機体との一体感を高める思考操縦モードだ。
ハイドはシートに背を預け、引き込まれるような感触に身を委ねた。
大丈夫、動かせる部位が少し増えるだけだ。
リーナの眼鏡を、胸に抱くように握りしめる。
反撃だ。
両腕の超伝導モーターを焼け付かんばかりに回し、出力の限り押し戻す。
ビルに空けた穴から身を乗り出したところで掴んでいた両腕をかち上げ、無防備になったガルガリンの胴体に組み付く。
そのまま有無を言わさず、ハイドは全力でスラスターを吹かした。
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