Part5 追い詰められて

*テオドリック*


 テオドリック・ロットバルトは、セントラルタワーの運動遮断コーティングを施されたガラス窓から、ぶつかり合う2機のウォーレッグの姿を見下ろしていた。


 戦いは今の所、ガルガリンが優位に進めている。


 なるだろう。

 なるはずだ。


 "AIL-G201ガルガリン"――当然、型式番号は非公式のものだ――は、アーガスが建造した対"エキドナの子供達"完全特化型無人ウォーレッグだ。


 "エキドナの子"に対抗するのに、人というデッドウェイトは必要はない。


 それがテオドリックが出した結論だった。


 ガルガリンのAIは、これまでの"エキドナの子"との交戦データを基に、あらゆる攻撃に対抗できるよう調整されている。

 構成員達が命を懸けて集めてくれたデータだ。


――マリアンネ・ガブリロワ。

 シンドウ・ノゾミ。

 フリッツ・フロイツハイム。

 ジェイムズ・ブレイク。

 チェン・ウェンミン

 そして彼女ら、彼らに従った部下達――


 彼らは死んだ。

 もういない。

 だが散っていった者達の遺志は、ガルガリンと共にある。


 怪物を滅ぼすため造られた怪物の中に。


 必ず勝て、ガルガリン。

 全てが終わった時、未来への扉を開くのは私達だ。






*ハイドラ*


 プラズマバーナーに点火したガルガリンが迫ってくる。


 対空砲火の僅かな合間を縫って、ハイドラはただちにハーキュリーズを飛び立たせた。


 高速巡航形態に変形し、垂直に急上昇。


 直後、一瞬前までコックピットがあった場所で、炎刃が空を切った。


 すぐさま次の行動に移ろうとするガルガリンを尻目に、コントロールパッドでイロアダイユニットを呼び戻す。


 この接敵で右足どころかシールドとブラスターライフルをも失ったハーキュリーズは今、戦闘力が大幅に低下している。

 ハイドラはこれ以上の交戦を打ち切り、ユニットとの合流を選択した。


 片肺飛行だが、運動の不安定を完全に無視して可能な限り加速を続ける。

 その背後で、敵機から再びRADが分離するのをレーダーで確認した。


 ガルガリンがオールレンジ攻撃の構えを取っている。

 素直に行かせるつもりは無いらしい。


 だがこちらもただで済ます気は毛頭ない。


 ハーキュリーズをウォーレッグ形態に戻し、腕部バルカンを四方八方に撃つ。


 墜とせなくていい。

 射点に付かせなければそれでいい。

 照準がぶれれば、突破口は開ける。


 ハイドラは機体をバレリーナのようにローリングさせ、あらゆる方向から放たれるビームを躱す。


 足元からプラズマバレットも上がってくる。

 しびれを切らしたガルガリンが、RADとの連携攻撃を狙っているようだ。


 再び設置された対空火器からの攻撃も本格化し、スクリーンモニターの視界が弾幕で埋め尽くされる。

 シールドを失った今、回避か装甲に賭けるしかない。


 機銃弾は全て運動遮断コーティングで受け止め、光学兵器類と砲弾は時に手足の間を通す形でなしていく。


 だが照準修正により、次第に狙いが正確さを増していく。


 そして地上からのレーザーが、ハーキュリーズのウィングを掠めた。


 変形による急加速から、機体を間に捻じ込むように躱す。


 しかしその先で、敵ウォーレッグが待ち構えていた。

 飛び道具に気を取られている間に先回りしていたのだ。


 ガルガリンが右足を大きく上げる。


 再変形による制動で生じた、一瞬の隙を狙われた。

 避けられない。


 直後、ハイドラの頭上から爪先に向かって重い衝撃が貫いた。


 踵落としをまともに喰らい、ハーキュリーズが地面へ向けて一直線に落ちていく。

 高度計が見る間に下がっていき、地上が近づいていることを告げる。


 逆噴射は殆ど効果が出ていない。


 その先には、まるで瞬間移動のような速さで再び先回りしていたガルガリンの姿があった。


 激突の直前、次は回し蹴りを浴びた。


 無理矢理方向を変えられ、なだらかな放物線を描きながら吹き飛んでいく。


 今度こそ機体を地面に叩きつけられる。


 急激なベクトルの変化に対応できず、受け身を取り損ねた。

 水切りのように何度もバウンドし、最後は滑らかな路面に擦り跡を残しながら止まる。


 コックピットブロックが水に浮いているように不自然に揺れている。

 ショックアブゾーバーを損傷したらしい。


 どうにか立ち直るが、そこでガルガリンが動き出すのを確認した。


 遠くの点が長く尾を引いて接近して来たかと思うと、次の瞬間には脚部クローを展開したガルガリンとして像を結んだ。


 その背中にRADが戻っていくのもはっきり見える。

 エネルギー不足だけではない。

 使う必要はないと判断しているのだ。


 片膝立ちするバランスを保つのがやっとの今のハーキュリーズは、敵機にとっては格好の獲物だ。

 大した抵抗もできないままクローで胴体を掴まれ、空中へと攫われる。


 イロアダイユニットとの距離が一気に空いていく。


 どうにか拘束を逃れようと腕を伸ばすが、ガルガリンはその度にビルや地面に叩き付けてそれを許さない。

 方針をパイロットの殺害に変更したのは明白だった。


 ショックアブゾーバーの故障もダメージに拍車を掛ける。

 衝撃が緩和されずダイレクトに伝わり、シートの上でハイドラの身体が跳ね回る。

 機体が上下に激しく揺さぶられ、意識が次第に遠のいていく。


 そして何度目かの衝突で遂に、コンソールモニターに頭をしたたかに打った。

 ヘルメットのバイザーが割れ、顔の中央を生暖かいものが流れ落ちる。


 気力が完全に尽き朦朧とする中、仕上げとばかりに高らかに持ち上げられるのを感じた。


 もう指一本動かせない。


 そのまま手近なビルの側壁へ向けて投げ飛ばされる。


 両手足を大の字に広げた格好でめり込み、ハーキュリーズは完全に沈黙した。


 勝利を確信したように綽然しゃくぜんとガルガリンが迫ってくる。


 死を確信させる光景を最後に、ハイドラは意識を手放した。

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