Part4 電子頭脳を持つ悪魔

*ハイドラ*


 スクリーンモニターに表示された、無機質なメッセージウィンドウが答えを教えてくれた。


 ハーキュリーズのメインコンピュータが、ウィルスプログラムに感染していた。

 ハッキングのため通信を繋いだ、あの一瞬のうちに送り込まれたのだ。


 こちらがハッキング能力を持っていることを、敵に知られている。

 いつだ。

 レヴィアタンとの戦いの後、非常通信ブイをハッキングした時としか思えない。


 ただちにワクチンソフトが起動する。


 操縦が重くなったことからして、駆動系への通信ルートに無意味なデータを流して回線をパンクさせる単純なタイプだが、その症状こそが問題だった。

 ハーキュリーズは今、反撃も回避もできない無防備な状態だった。

 反磁力パルスも動作が遅くなっていて、反応する前に喰らうだろう。


 RADが包囲するように配置に着く。

 ワクチンソフトはウィルスの駆除に手間取っているらしい。


 このままでは、端末から放たれるビームでハチの巣にされる。

 どうする。


 その時、背中のイロアダイユニットが突然ドッキングを解除した。


 ハイドラさえも予期していなかったことだった。


 ユニットは自走形態に戻り、あるじを見捨てるように飛び去っていく。


 ハーキュリーズに向けられた8門のビームランプが、一瞬反れる。

 その隙を突いて立ち直る。


 スクリーンモニターには、ウィルス駆除完了のメッセージが表示されていた。


 ハイドラはようやく理解した。

 イロアダイユニットは母機がウィルスに感染した時点で通信を切っていたのだ。

 そしてハーキュリーズから分離し、単独行動で除去までの時間を稼いでくれたのだ。


 あとは時間を有効に使うことだけだ。


 すぐさまその場を離脱する。


 RADが射程外に逃れたイロアダイユニットからハーキュリーズに照準を戻す。

 直後、RAD群による一斉射撃が始まった。

 青白いビームが豪雨のように襲い掛かる。


 回避成功かと思われたその矢先、足元からの不穏な振動がコックピットのハイドラを震わせた。


 コンソールモニターに稼働状況を呼び出すと、右膝から下が喪失を示すダークグレーで表示されていた。


 僅かな差でメスのように鋭いビームが命中し、切り落とされたのだ。

 まぐれ当たりなどではない。

 ハーキュリーズの過去位置とビームの通った場所を照合すると、関節部が正確に狙われていた。


 ただでさえ脆い部位な上に、ウィルスの後遺症で反磁力パルスが間に合わなかったのだ。

 この戦いで初めての損傷らしい損傷が、よりによってスラスターがある足とは。


 すぐに残っているスラスターの出力を調整し、速力の低下は最小限に留めたが、空中機動の不利は否めない。


 少し離れた区画で、明後日の方向に向かってレーザーや曳光弾が上がっていくのが見えた。

 イロアダイユニットは対空砲火に阻まれ、思うように近づけないようだ。


 仕切り直しだ。

 ここは低空飛行での退避を最優先とする。


 レーダーで敵機の位置を確認しつつ、可能な限りの速さで距離を取る。


 高速巡航形態にならないのは、散発的にだが対空迎撃がまだ続いており、回避に少しでも高い運動性が必要となる状況にあるからだ。


 後方カメラの映像では、RADが回れ右して引き返していく。

 エネルギーの再チャージのため、母機へ戻っていくのだ。


 入れ替わりに、再びガルガリンが姿を現す。


 その背中のチャージポートに、戻って来たRADが再接続される。


 白い敵ウォーレッグが足を止め、悠然と右手を掲げた。

 掌の上にプラズマバレットが形成される。


 青白い光球はたちまち風船のように膨らみ、ガルガリンの身長とほぼ同じ直径に達した。

 それは、どこか神々しささえ感じる光景だった。


 直後、ガルガリンの手から最大出力のプラズマバレットが放たれた。


 ハーキュリーズの身長に匹敵する巨大な光弾が、触れた物体を円柱状に抉り取りながら迫ってくる。


 緩やかにだが目標に向かって軌道が変わっていく。

 ホーミング弾だ。

 おそらく誘導用のナノマシンが仕込まれているのだろう。

 弾速は遅いが、込められた電力が続く限り執念深く追いかけてくることに定評がある。


 逃げきれないことを悟ったハイドラは、敵機に向き直った。


 迎撃でエネルギーを消耗させ、寸前まで引き付けて回避で行こう。


 足は止めず後退しながらブラスターライフルを向け、迎撃の構えを取る。


 モードは精密射撃モード。

 速射モードでは威力が足りないという判断からだった。


 イロアダイユニットのドッキング解除と共に拡張パーツも外れ、ライフルは通常状態に戻ってしまっている。


 これでどこまでやれるかは分からない。

 せめて時間を稼いでくれれば。


 できる限りの速さで連射を開始する。


 お互いに鈍重に動いているようにも思えるが、実際にはバレット発射からここまで、ほんの1.5秒間の攻防である。


 放たれたビームが次々と命中。

 干渉爆発を起こすが、バレットの進撃は止まらない。


 込められたエネルギーが大きすぎて、ブラスターライフルが押し負けているのだ。


 やはり、急な方向転換を苦手とすることに賭けるしかないか。


 決断するが否や、スクリーンモニター正面にプラズマバレットが大写しになった。

 迷わず左へ向かってスラスターを吹かす。


 プラズマバレットは一瞬前までハーキュリーズが居た場所に辿り着いた瞬間、炸裂した。

 飛散した金属粒子の残滓は、完全復帰した反磁力パルスが容易く無力化してくれる。


 バレットの回避には成功した。


 だが安堵する暇もなく、立体レーダーに敵機の反応が映った。


 場所はハーキュリーズの直上。

 そこにガルガリンがホバリングで待ち構えていた。

 頭上を取られた。


 ハイドラがプラズマバレットの相手をしている間に移動していたのだ。


 様子からして左方向に回避することから、その距離まで計算していたに違いない。


 ガルガリンは相手がこちらに気付くのを待っていたように、急降下を開始した。


 レッグクローを展開し、猛禽類のように掴みかかってくる。


 クローはハーキュリーズが頭部を庇うように構えたシールドを捕らえた。

 推力でも力負けし、機体が再び地面に叩きつけられる。


 何とか片膝立ちで持ちこたえるが、そこで更に鈍い音がして、シールドが挟み潰されたことを告げた。


 運動遮断コーティングが施されているはずなのに。

 これが奴の最大出力なのか。


 続いてガルガリンのてのひらから、青白い光の刃が伸びる。


 プラズマバレット用のビームランプは、プラズマバーナーの発振器としても使えるのか。


 脳天から串刺しにされる前に決める。

 ハイドラはブラスターライフルを突き付け、トリガーを引いた。


 だが放たれたビームをガルガリンは後方に身を反らして躱した。

 フェイントだ。


 そのまま尾を上げたサソリのような体勢になって、がら空きの胸部に向けてプラズマバーナーの炎刃を突き出してきた。


 咄嗟にシールドのロックを解除、敵の手元が狂った隙に後退する。


 ガルガリンも応じて半回転で姿勢を戻し、手近な空間にあった物体を斬り付けた。


 犠牲になったのはブラスターライフルだった。


 刃が通った部分が赤熱化している。

 ロングバレルのエネルギー流路を傷つけられた。

 このままでは誘爆する。

 それまでの一瞬の間に該当部をパージする。


 速射モードになったライフルを引っ込めた直後、ハーキュリーズと敵機の間でバレルは四散した。


 爆発を目くらましに、空いている左手でプラズマバトンを抜刀。


 間を空けずガルガリンに斬りかかる。

 左手からのプラズマバーナーに機械的に受け止められる。


 その片手間に、敵ウォーレッグは足元に落ちていたシールドを蹴り上げた。

 見せつけるように右手を振るう。

 宙に浮いた僅かな間に、電力の切れたシールドは切り刻まれた。


 金属片になって足元に積み上がる。

 敵としては完全にパフォーマンスのつもりだったのだろう。


 だがその油断が命取りだ。


 即座にもう片方のバーナーを弾き上げ、無防備になった胴体に銃口を押し当てる。

 どれだけ反磁力パルスが強力だろうと、この距離なら無力化はできまい。


 しかし、ビームがガルガリンを貫くことはなかった。

 ハイドラが気が付いた時には既に、ライフルの機構部に光刃が突き刺さっていた。


 プラズマバーナーの炎は、右手の方から伸びていた。

 また一本取られた。


 先程の挑発は、こちらの攻撃を誘うための行動だったのだ。


 漏れ出す火花を見て直ちにグリップを手放し、再び後退。


 すぐにガルガリンも反応し、ハーキュリーズに向かってブラスターライフルを無造作に投げ付けてきた。

 暴発する。


 ただちに手の甲で払い除けるが、爆発は程近い場所で起こった。

 こちらがコックピットブロックを庇った隙を狙って、敵は容赦なく突撃してきた。


 不意打ちに腕部バルカンを発射するが、ガルガリンはボクシングのピーカブースタイルのように両腕を機体の前で構えて防ぐ。


 無駄のない動作での、的確な対応だ。


 燻っていた疑念が確信に変わる。


 こちらの動きを完全に読まれている。

 そして最早人間技とは言えない挙動の数々。


 挙動にいささか人間臭いが、もう間違いない。


 奴は無人機だ。

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