Part3 加速!加速!加速!

*ハイドラ*


 僅差で先手を取ったのは、ハーキュリーズだった。


 プラズマバーナーを通常出力で起動。

 左腕のシザープレッシャー先端に緑の炎刃が形成される。


 前方に突き出して突進。

 狙いは再び窓。

 相手が避けないなら、諸共田楽刺しにするまでだ。


 ガルガリンはどう来るか。


 炎がその胸部を貫こうとした瞬間、何の前触れもなく敵機の両手がバーナーを受け止めた。

 五指型のハンドマニピュレータが青白く発光している。


 超短距離ビームでプラズマバーナーをいるのだ。


 どれだけ押そうがびくともしない。

 今回は高密度の重金属粒子を刃にするプラズマバーナーの使用が仇になった。


 ハイドラはガルガリンの両掌部分に、レンズ状のビームランプがあるのを見た。


 手そのものをビームの発振端末にしているのか。

 感心する暇もなく、敵ウォーレッグが炎を掴んだまま曲芸のように飛び上がった。


 釣られてハーキュリーズの上半身が反り返る。


 構わず窓の男に狙いを定め直すが、『無視するな』とでも言うようにガルガリンは瞬時に加速。

 見る間にタワーの頂点よりも高い高度にのぼり詰めた。


 停止も急減速だ。

 まるで最初からそこに居たかのように空中で瞬時に静止した。


 直立不動の姿勢で、手から次々と光弾を撃ち出す。


 飛んでくる弾が真球型をしているのを、ハイドラの動体視力は見逃さなかった。


 こんな所でお目に掛かれるとは。


 磁気フィールドで球状に成形された重金属粒子の弾丸、プラズマバレットだ。


 磁力の強さと粒子量を調整することで、性質を自在に変更できるのが特徴だ。

 だがただ電荷を与えて撃ち出すだけの他の光学兵器と比べ、磁力と粒子量の制御にコンピュータにもパイロットにも緻密な操作を要求するため、使用例は多くない。


 即座にバーナーを停止。

 ホバー走行で後退。

 直後ハーキュリーズが居た場所に、雨のように光弾が降り注ぐ。


 すぐに着弾地点に小さなクレーターができる。

 凄まじい集弾率だ。

 これは確かに無視はできない。


 ハイドラはガルガリン攻略に集中する事を決定した。


 ハーキュリーズも見下ろすように浮かぶ敵ウォーレッグにロックオンカーソルを合わせ、一瞬のチャージから機体を飛び立たせた。


 鋭利な撹乱軌道でガルガリンに迫る。


 そこで追跡を認めたガルガリンがハーキュリーズに視線を向けた。


 そのまま手からプラズマバレットを放つ。


 自機をスライドさせて回避するが――ウィングを掠めた1発が突如炸裂してコックピットを揺さぶった。

 近接起爆だ。


 対するハイドラは左腕側の電磁バルカン砲を選択。

 回避と爆風でぶれた照準を合わせ直す。


 奴を落とすにはまず、反磁力パルスを解除させる必要がある。


 基本に忠実に行こう。


 ロックオンカーソルが赤になった瞬間、トリガーを引いた。

 お返しだと言わんばかりに、重レアメタル弾の嵐が襲い掛かる。


 ガルガリンはすぐさま攻撃を中止。

 胸の発光体を庇うように両腕を交差させた。


 白い装甲を叩いた弾丸は、へそを曲げたような動きで反れていく。

 奴も運動遮断コーティングを持っているのか。


 だがこれはあくまでも牽制だ。

 装甲で受け止めるならそれまでだ。


 動かない相手に当てるのは容易いぞ。


 続けざまに3発、エクスブラスターライフルを放つ。


 3発共に命中。

 ガルガリンは反磁力パルスで無力化。

 周囲に拡散した添加剤の煙が立ち込める。


 考え無しに撃った訳ではない。


 ワイズマン・リアクターが半永久機関だとは言っても、時間当たりのエネルギー生成量には限度がある。


 予備電力が尽き、反磁力パルスが使えなくなる時が必ず来る。

 その瞬間、必殺の一撃を浴びせる魂胆だった。


 事実、緑の霧が晴れると、その脚部スラスターの噴射炎が、目に見えて小さくなっていた。


 高度が次第に落ちていく。


 相手の電力量をじかに知る手段はない。

 状態から推測するしかない。


 ハイドラはこれをチャンスと判断した。


 プラズマバーナーで斬りかかる。

 直後、ガルガリンのランプセンサーが不敵に明滅した。


 ハーキュリーズの斬撃を急上昇でかわす。


 一瞬、ハイドラには何が起きたのか分からなかった。


 敵が電力切れを装い、こちらの油断を誘っていたことを理解するまで、0.3秒。

 その0.3秒が大きな隙になった。


 ガルガリンの足首が3つに展開し、格闘用のクローに変形する。


 肩を掴まれたかと思うと、後方宙返りの要領で受け流すように軽々と放り投げられた。


 必死に逆噴射を掛けるが、突進の勢いが乗っていてハーキュリーズは制御不能な速度に達していた。


 結局5棟のビルを次々とぶち抜き、地面に激しくめり込んで止まった。


 反応速度だけではない。

 凄まじいパワーだ。

 ハイドラは身体しんたい以上に精神に強い衝撃を受けていた。


 どうにか体勢を立て直した所で、接近警報が鳴り響いた。


 咄嗟にシザープレッシャーと一体となっているシールドを構える。


 飛んできた何かは、命中と共に炸裂した。

 ロケット弾だ。


 まだロックオン警報が鳴っている。


 見れば周囲を銃口・砲口に取り囲まれていた。


 そうだ、こいつらが居た。

 ハイドラが一つ溜息をくと同時に、迎撃が始まった。


 設置された火器類が、展開した無人戦車が一斉に火を噴く。


 当たってもどうということはない攻撃だけを各種防御機構で無力化しつつ、ホバー走行でハーキュリーズを離脱させる。


 まだ高度は上げない。


 ガルガリンよりこの迎撃兵器群の相手をする方が幾分か楽だ。


 機体を180度転回させ、エクスブラスターライフルを1発撃つ。

 急造品の対空レーザー戦車を狙って放たれた野太いビームが、射線上の物体諸共目標を消滅させる。


 前方から来る弾幕が薄くなる。


 迎撃網に空いた穴を通り抜け、ハーキュリーズは危険地帯から脱出した。


 あらゆる場所に設置された対空砲火はまだ上がってくるが、落下地点と比べれば遥かに少ない。


 だが胸を撫で下ろす暇もなく、スクリーンモニターの立体レーダーに、上後方から高速で接近する反応が映った。


 ガルガリンだ。


 こちらが動き出したのを察知し、追撃に出たのだ。


 対するハーキュリーズは高度を維持したまま、ホバー走行から低空飛行に移る。


 路面の抵抗から解き放たれ、一気に最高速度に到達する。


 ハイドラはビル群の中に紛れ込み、見失った隙を突いて奇襲を仕掛けるつもりだった。


 だがガルガリンは遅れずに付き纏ってくる。

 先程より明らかに速い。

 これが奴の本来のスピードだというのか。


 常人ならとっくに加速度Gで失神している速度だ。

 振り切れない。


 そして遂に、後部カメラがガルガリンの姿を捉えた。

 それは同時に、ハーキュリーズが光学的手段で敵に捕捉されたことを意味してもいた。


 極めて高い精度の攻撃が来ると見ていい。


 奴の武器がプラズマバレットとレッグクローだけとは思えない。

 次は何が来る。


 ガルガリンの背中からフィン状のパーツが分離し、暫く母機の周囲を飛び回った後、その両横で並走を開始した。

 全部で8基。


 やはりまだ兵装があったか。


 あの動きは、RADラッド(Remote Attack Device=遠隔攻撃端末)だ。


 敵ウォーレッグが号令のように静かに右手を差し出すと、8つの端末が8つの方向に散った。


 ビルの間隙を縫って飛ぶハーキュリーズに、3方向から迫る。

 前方から3基、後方から同じく3基、そして上方から2基。


 障害物で回避が制限されるビルの隙間から燻り出す気なのだろうが、却って好都合だ。


 ハイドラにとってRADの存在はチャンスでしかない。


 ハッキングで奪えれば、相手の戦闘力の低下と自身の戦闘力の強化を同時に行える。


 改めてになるが、今までウォーレッグに対してハッキングを行わなかったのは、構造が複雑でRADと比べてコントロールを奪うのに手間がかかる上、奪えても動きを細かく設定して指示する必要があるため、破壊する方が手っ取り早かったからだ。


 シートの下からキーボードを取り出し、コンソールモニターの手前にセットする。


 だが通信網に侵入した瞬間、ハーキュリーズのレスポンスが急激に重くなった。


 可動部を固定されたように操縦が効かなくなり、左側のビルにウィングを擦ってバランスを崩す。


 補助スラスターで何とか不時着に持ち込もうとするが、背中のイロアダイユニットからの応答がない。


 ローリングしながら墜落し、うつ伏せの格好であっさり再び地面に叩きつけられた。


 何だこれは。

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