Part2 銀色の街、哀しき怨嗟

*ハイドラ*


 砂埃の向こうに、銀色の建造物群が現われた。


 アスクレウス山の麓およそ5キロ四方に渡り、遠目から見ると溶けて地面と同化するように広がっている。

 周囲をそう高くはない壁に囲まれ、中心部に塔型の建造物が聳えるその外観は、軍事基地というよりは小都市のような印象があり、壁の上に設置された対空砲が辛うじて軍事施設であることを教えてくれる。


 スクリーンモニターに表示された、目的地を告げるナビゲーションシステムのメッセージを、ハイドラは無感動に見つめていた。


 完全に心が止まっていた。

 ただ機械的にアーガスの本拠地を殲滅することしか、頭になかった。


 ハーキュリーズは既に、基地の迎撃兵器群の射程に入っている。

 事実、コックピット内にはロックオン警報が鳴り響いている。


 にも拘らず、敵基地から攻撃してくる気配がない。

 ウォーレッグの出迎えもない。


 何が狙いだ。


 ハイドラはこの沈黙に不気味なものを感じながら、壁の前まで辿たどり着いた。


 継ぎ目はなく、一枚の金属の板からできているようになめらかだ。

 出入口らしいものは見当たらない。


 飛んで越えることを考えた矢先、突如目の前の壁に縦に裂け目が入り、左右に広がるように円形の穴になった。


 明らかに何か電気的な作用によるものだった。

 粘菌のような遠景から予想は付いていたが、やはりナノマシンか。

 でなければたった16年の間にこんな巨大な建造物を作れない。


 ハイドラとハーキュリーズは開いた穴の先へと慎重に足を踏み入れた。


 そこに広がっていたのは、ウォーレッグよりも大きなビルが林立する街並みだった。


 道路に通行人や自動車の姿はなく、まるでゴーストタウンだ。

 ただし、標識や路面標示のたぐいはどこにも見当たらない。

 ここは住んでいる者達の地球への望郷の念が作り上げた、街のレプリカだった。


 背後で穴が閉じる。


 途端に設置された火器類が一斉にハーキュリーズの方を向いた


 レーダーに映る敵性反応が数を増す。


 レールガンや多連装ロケットランチャー、果ては無人ワークレッグ改造の豆戦車までいる。


 そのいずれも、まるで市街戦のようなひりつく空気を纏っていた。

 だが、火を噴く気配だけはなかった。


 エクスブラスターライフルを手にし、最大限の警戒を続けながら、都市の中央へと前進する。


 そこでハーキュリーズが通信を受け取った。


 強制介入できないのか、態々わざわざ通信回線を双方向で開くよう要求している。

 こちらには話すことなど何もないが、通信から何か分かるかもしれない。


 ハイドラが回線を開くと、無線の向こうから若い男がすすり泣く声が聞こえた。


ようやく来たか。"エキドナの子"』


 絞り出すように発されたのは、怨嗟の声だった。


 スクリーンモニターの通信ウィンドウには、"SOUND ONLY音声のみ"と表示されている。


『何故、こんなことをする!?』


 その問いは、ハイドラへの刺すような敵意に満ちていた。


 おまえ達がリーナを悲しませたからだ。


 返答の代わりに手近なビルに向けて操縦桿のトリガーを引いた。

 ビームに貫かれ、保持力を失ったビルが、沈むように融け落ちていく。


『私達から、これ以上何を奪うつもりだ!?』


 おまえ達の何もかもを。


 真っ直ぐ破壊の跡を残しながら、ハーキュリーズは街の中心へ向けて進む。


『私達が貴様にしたことは何だ? たかが街一つ焼いただけだろう。それ以外は、貴様の物を何一つ奪ってはいない!』


 おれを殺したいなら、おれだけを狙え。


 行く手に壁の外からも見えた、長大な塔が見えてきた。


『貴様は、街を焼いた者達だけで終わるべきだったのだ! 私達を攻める理由はもうないはずだ。なのに何故こんな所にまで来た!?』


 おれはおまえ達を二度と立ち直れなくするためにここに来た。


 街の中心部は塔を中心とした巨大なロータリーになっており、ハーキュリーズの視線と向き合う位置と高さに、巨大な窓があった。


 そこに佇んでいる人影がこの通信の主だと、ハイドラは本能的に理解した。


 尚も糾弾は続く。


『私達には、まだ理由がある。あの戦いで貴様が奪ってきたのは、私達の故郷だ! 家族だ! 友だ!』


 それを失くしたのは、おまえ達だけじゃないんだよ。


『そして、同じ志を持ってつどった私の新たな友さえも貴様は奪った!』


 お互いに、最後の一人という訳か。


『"エキドナの子"。最後は貴様だけだ。罪を償え。貴様の死で!』


 だから黙って殴られていろとでもいうのか。


 名も知らぬ彼の言葉が突き刺さり、ただでさえ氷点下まで冷え切っていた心が凍り付いていく。


 そうだ。

 おれは怪物だ。

 敵が何だろうと、破壊しつくすだけだ。


 窓の手前、ハーキュリーズとの間の地面に、四角い穴が空いた。


 下からリフトに乗って、何かが上がってくる。


 色はハーキュリーズと同じ純白。

 逆三角形の頭部には、Y字形のランプセンサー。


 細長い手足と極端な砂時計型の胴体は、機体色と相まって人骨を想起させる。

 胸部にはランプセンサーとは明らかに違う球状の発光体が埋め込まれている。

 そして背部には放射形に配置された8枚のフィン状のパーツ。


 手に武器らしい物は持っていない。


 全高はコンピューターの解析を信じるなら17.2メートル。


 ウォーレッグだ。

 だが、今まで戦ってきた奴らとは何かが違う。


 ハイドラの第六感が危険信号を発していた。

 それもバーサーカーの時とは似て非なる危険を感じる。


 この得体の知れないプレッシャーは何だ。


 バーサーカーが喉元にナイフを突き付けられているような恐怖だとすれば、このウォーレッグは底の見えない井戸を覗いているような不安に近い。


 纏わり付く不快感を振り払うようにエクスブラスターライフルを撃つ。

 狙ったのはウォーレッグではない。

 窓だ。


 だが放たれたビームは、窓辺の人影を焼き尽くす寸前で霧散した。


 そこに浮いていたのは、一瞬前まで地上に居たはずの白いウォーレッグだった。


 速すぎる。

 動きを知覚できなかった。


 それにエクスブラスターライフルを無力化する反磁力パルス。

 電力量も尋常ではない。


『どれだけ取り繕おうと、所詮は怪物。人倫など説くだけ無駄か』


 男の声に、明らかな侮蔑の色が混じった。


『行け、ガルガリン。全てを終わらせろ……!』


 それを最後に通信は嗚咽だけになった。


 2機のウォーレッグが再び動き出す。


 コックピットのハイドラと、ガルガリンと呼ばれたウォーレッグの視線が重なる。


 ハイドラは確信した。


 これが最後の戦いになる。

 全て終わらせよう。

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