Chapter8:血戦
Part1 ひとり
*娯楽室*
また、一人になってしまった。
ただでさえ広くない居住区の、申し訳程度の娯楽室で、彼はゆっくりと顔を覆っていた手を除けた。
テーブルの上に突っ伏しかけていた上半身と、虚しくぶら下がる部屋飾りの
続いて椅子の背
そう、この基地に彼以外に生きている人間はいない。
アーガスは、ほぼ全戦力を使い果たしていた。
地球に残っているはずの、数えるほどしかいない自覚的な工作員達にも、投降するよう厳命している。
無自覚な工作員は、そもそも命令を受けなければ行動自体起こさない。
マリネリス峡谷で地形が変わる巨大爆発が観測されてから、数時間が経過していた。
敵の動向はレーダーが追跡してくれている。
既に迎撃準備は出した。
あとは操作一つで基地内全ての迎撃システムが一斉に動き出す。
攻撃の最終決定権を、手にした軍用ハンディ・ターミナルに厳しく紐付けたのは、敵がこの場所を視認するまで火器類に攻撃を控えさせるためだった。
戦いの前に、奴にこの場所を一目見せ、言ってやらねば気が済まない。
なぜこんなことをするのだ、と。
統合大戦勃発前、彼は他の多くの者達と同じような、だが自分達なりの平和な日々を過ごしていた。
家族、友人、恋人――
親しい者達と同じ感情を分かち合うことが、彼の幸せの形だった。
大戦が始まり、その幸せを守るため反統合軍として戦うようになってからも、要衝から外れていた故郷が戦場になることはなく、幸せな日々は続くと思っていた。
だがある日、彼の住んでいた街はたった1機のウォーレッグに焼き払われた。
終戦の半年前のことだった。
目の前で死んでいく大切な人達を救えず、乗っていた機体を破壊され、彼は焼け落ちていく街から逃げることしかできなかった。
そして逃げ延びた先で守ると決めた平和な日々も、呆気なく失われた。
また1機のウォーレッグの仕業だった。
その時、彼は"エキドナの子供達"と呼ばれる兵士の都市伝説が真実であることを知った。
最早、彼には復讐以外に何も残ってはいなかった。
終戦後、反統合派の残党として戦い続ける道を選んだ彼は、同じく"エキドナの子供達"によって親しい者を奪われた者達による組織を設立した。
『反統合軍"エキドナの子供達"殲滅任務部隊アーガス』である。
彼について行くことを選んだ者達に、彼が与えることができたのは憎しみだけだった。
それでも火星での日々は、厳しくもどこか暖かだった。
アーガスの面々に芽生えていた、まるで家族のような絆。
それは彼の内から出たものではなく、アーガスの構成員らがゼロから作り上げてきたものだった。
そして皆、"エキドナの子供達"の最後の一人に戦いを挑み、散っていった。
彼はまた、一人になってしまったのだ。
娯楽室に敵の接近を告げる警報音が鳴り響く。
そろそろ行こう。
自分達は"エキドナの子供達"にとっては、手に掛けてきた大勢の中の一人にすぎないのかもしれない。
そうではないと主張するため、戦うのだ。
座っていた椅子からゆっくりと立ち上がる。
その背もたれには、"テオドリック・ロットバルト"の名が刻まれていた。
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