Part11 生き残って

*ハイドラ*


 ハイドラには、バーサーカーの最期を見届ける暇はほとんど残されていなかった。


 すぐに自由を取り戻したハーキュリーズを立ち膝の状態にする。


 幾ら運動遮断コーティングがあっても、この爆風の中に長く居るのは危険だ。

 どうやってこの砂嵐の中から脱出したものか。


 0.5秒の思考の後、ハイドラの視覚はふらつきながら接近する三角形の航空機を認めた。


 イロアダイユニットだ。

 母機の危機を察知し、救援に舞い戻ってきたのだ。


 即座に飛び上がり、ユニットにしがみ付く。


 ドッキングしている暇はない。

 ユニットの上に腹這いになってスラスターを吹かす。


 ウィングの角度を調整して吹き付ける爆風を捕らえると、速度が目に見えて上昇した。

 上手く風に乗ることに成功したのだ。


 巻き上がった小石や敵機の破片が飛び交う中を一気に突き抜けていく。


 数秒後、不意に視界が晴れ、眼下に赤茶色の荒野が広がった。

 砂嵐を抜けたのだ。


 纏わり付く砂埃が尾を引くように吹き飛んでいく。


 間もなく後部カメラの映像に、巨大な積乱雲が現われた。

 あちこちで稲妻が光っているのが見える。

 おそらく舞い上がった塵が雲のように見えているのだろう。


 ここまで来ればもう大丈夫だ。


 息をいた矢先、直上からの接近警報が鳴り響いた。


 見ればハーキュリーズの身長の2倍はある細長い金属片だった。

 おそらく砲塔の一部だ。


 回避する暇もなく打ち据えられ、コックピットを強烈な縦揺れが襲った。


 機銃弾程度なら、運動遮断コーティングが弾いても何ら問題はないが、今回は相手が大きすぎた。


 盛大にバランスを崩し、ハーキュリーズが墜落を始める。


 ハイドラはペダルとレバーで必死に体勢を立て直すが、元々大した高度が取れていなかった。


 すぐにスクリーンモニターに赤茶けた地面が大写しになり、一瞬の間を置いてイロアダイユニットとハーキュリーズは腹面を擦って停止した。


 どうにか胴体着陸に成功したことを知る。


 それを最後に、ハイドラは背もたれに身を預けるように意識を手放した。


 今はとにかく、休息が欲しかった。





 それから暫くして、ハイドラは気怠げに目を覚ました。


 どれ位の間気を失っていたのだろうか。

 地球時間準拠の作戦時計を呼び出すと、1時間程しか経過していなかった。


 砂を被ったハーキュリーズを立ち上がらせ、深く息を吐く。


 現在地はタルシス山地。

 ノクティス大迷宮から北西部に飛んだ地点だ。


 比較的平坦な場所にハーキュリーズは居た。


 アーガスの本拠地を示す座標から、そう遠くはない場所だ。

 マリネリス峡谷から脱することはできたらしい。


 だがハイドラの心が晴れることはなかった。


 負けた。

 2対1というハンディキャップマッチ、そしてLCSという力技ありとはいえ、強化人間相手にあそこまで食い下がるとは。

 思えば奴らにはとうとう一度も有効打を与えられず、逆にハイドラの方が危うい状況もあった。


 LCSを使っていれば、逆にショック死していたであろう場面もある。


 敵が受けた傷は、バーサーカーの背中に浴びせた一太刀以外はいずれも、フレンドリーファイアか、攻撃の反動によるものだった。


 最後も相手の自滅が無ければ、確実に命を落としていただろう。


 この戦いは、ただ生き延びることができただけで、自分の完全な敗北だったとハイドラは結論付けた。


 だがそれでも、生きている以上は前に進まなければならない。


 レーダーで周囲を精密走査スキャンするが、敵機らしい反応は無かった。


 行こう。

 全ての決着を付けるために


 震える足で、ペダルを踏み込む。

 覚束ない足取りで、ハーキュリーズが歩き出す。


 その背部に、イロアダイユニットがドッキングする。


 ハイドラは、ナビゲーションシステムが示す方角へ前進を再開した。


 アーガスとの戦いに終止符を打つ。

 ただ、そのためだけに。

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