Part10 この命に代えても!

*ジェイムズ*


「こちらジェイムズ。どうしたウェンミン?」

『"エキドナの子"が地表に近付いています。発射準備を急いでください』


 その報告は、ラーテルのコックピットを凍り付かせるには十分な内容だった。


 キグナス1が健在であることまでは把握していたが、既に移動を開始していたとは。

 "エキドナの子"はおそらく、砲撃の前に決着を付ける気だ。


 対するラーテルは未だに装填が完了していない。

 おそらく間に合わないだろう。


「万事休すか……」


 だが機長席で項垂れるジェイムズに構わず、ウェンミンは続けた。


『ぼくに考えがあります……』


 次にウェンミンが平然と言い放った言葉に、ジェイムズは思わず息を呑んだ。


『キグナス1が出てきた瞬間、奇襲で動きを封じます。装填ができ次第、ぼくごと撃ってください』

「な……っ!?」


 単純だが、それはウェンミンを犠牲にすることを前提とした作戦だった。


 脱出の可能性があったからこそ撃った2発目とは訳が違う。

 この提案に同意することは、死ねと命じるに等しいことなのかもしれない。


 だが他に方法がないこともまた事実だった。

 どうやら覚悟を決める時が来たようだ。


「分かった……その手で行こう」

『大佐……』


 そこで装填手からの有線通信が割って入ってきた。


『機長、弾が入りました!』

「よくやった! 砲手、リアクター出力最大だ。ラーテルを吹き飛ばすつもりで回してくれ!」

「了解!」


 この一撃に全てを賭ける。

 機体が不規則に揺れる。

 再び高まり始めた稼働音には、不協和音が混じっている。


 乱れる前方カメラモニターの映像に、砂煙が噴き上がるのが映った。


 まるでラーテルの断末魔のような状況の中で、ジェイムズとウェンミンは互いに向けて別れの言葉を紡いでいく。


「ウェンミン、俺はとうとう、お前の父親にはなれなかったようだな」

『いいえ、あなたと共に過ごした日々は、全てが輝いていました』

「そうか。義理とはいえ、我ながら良い息子を持ったものだ……」

『大佐、もし生まれ変わるということがあるのなら、今度は、あなたの本当の息子に生まれたいと願います』


 それが二人の最後の通信になった。


 次の瞬間、砂埃が舞い上がり、地中から白いウォーレッグが飛び出してきた。






*ハイドラ*


 赤い砂煙を抜けたハーキュリーズの前に、ラーテルの巨体が立ち塞がった。

 砲撃の反動なのか両後脚部が折れ、歩行不能であることは一目瞭然だった。

 レールキャノンは砲身が僅かにスパークしており、まだチャージ中のようだ。


 どうにか間に合ったらしい。


 後はとどめを刺すだけだ。


 脱出のために使ったプラズマバトンをそのままに、突進を続ける。


 その時、モーショントラッカーの平面ディスプレイに、不意に反応が現われた。


 方位は左後方。

 近すぎる。

 避けきれない。


 またしても静止している物は映らないという、モーショントラッカーの弱点を突いた奇襲だった。


 土砂の下敷きになるという、イレギュラーな事態からの脱出にかまけるあまり、レーダーの再起動が完全に蚊帳の外になっていた結果がこの有り様だ。


 別ウィンドウに後部映像を呼び出すと、目を覆いたくなるような姿になり果てたバーサーカーの姿が映った。


 斜面を半ば滑り落ちるように迫ってくる。


 装甲は凄絶なリンチの後のように陥没し、一部は剥がれ落ちてさえいる。

 全身に張り巡らされた人工筋肉はあちこちで断裂し、別な生き物のように蠢いている。

 フェイスガードは右半分が割れ、その下から配線と共にY字形のセンサーランプが覗いている。


 そして左腕は肩から先が丸ごと失われていた。

 LCSで繋がっている以上、パイロットは文字通り自分の腕を引き千切るような激痛を感じているはずだ。


 バーサーカーは、悪夢から這い出してきた何かと化していた。


『うぉぉぉぉぉおおおおおっ!』


 同時にハーキュリーズの通信は、低く熱い叫び声を傍受した。


 それが偶然か、パイロットの意図したものなのかは分からない。

 ただ、それが最後の力を振り絞る叫びだということだけは理解できた。


 ハイドラが反応するよりも早く、バーサーカーが力の限り斜面を蹴った。


 一瞬の出来事だった。


 機体にしがみ付かれ、地面へと抑え込まれる。


 どうにか振りほどこうとするハイドラの視線の先で、ラーテルが青白い炎を噴き出した。


 そして視界が爆裂した。






*爆発の中*


「撃てええええええええええっ!」


 ジェイムズの号令が9.6トンの金属塊を撃ち出した瞬間、ラーテルは限界を迎えた。


 機体の中心部で膨張しきったワイズマン・リアクターの容器が、強度維持用のフレームを弾き飛ばし、封じられていた内圧を爆発として解き放つ。


 その最初の犠牲になったのは、当然自らの搭乗員だった。


 4人の脆弱な肉体を跡形もなく消し去っていく。


 爆風はラーテルの装甲を突き破り、砂嵐となってハーキュリーズと黒龍に襲い掛かる。


 シールドとリニアパイルを地面に突き立て、必死に抵抗するハーキュリーズ。

 相手を飛び立たせまいと手足の締め付けを強める黒龍。


 2機の静かな攻防は続いたのは、ほんの数秒間だった。


 決着は存外呆気なく付いた。


 不意に黒龍が機体をぐらつかせ、大きくけ反る。

 何とか姿勢を戻そうとしたその時、青紫の火花が散って各所の人工筋肉がぜた。


 ハーキュリーズの首元に右腕だけを残し、ちり紙のように空中に吹き上げられる。

 そのまま大した抵抗もできないまま、黒龍はパイロット諸共ばらけていった。


 地上では拘束から解き放たれたハーキュリーズがどうにか顔を上げた。


 2機の明暗を分けたのは、防御力の差だった。

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