Part9 カタストロフのアトで

*ジェイムズ*


 電力が復旧し、ラーテルのコックピットに光が戻っていく。


 耳にこびり付いた発射音が引いていく中で、ジェイムズは違和感に気付いた。


 機体が後方にかしいだまま、元に戻らない。

 おそらく脚部に何らかのトラブルが生じたのだろう。


「各員、被害程度知らせ……」


 譫言うわごとのように搭乗員達に伝える。


 すぐに操縦手から返答が来た。


「後脚が2本共、第2関節から折れています。応急修理で直せる範囲を超えています。歩行不能です!」


 次は砲手からの報告だった。


「当機のワイズマン・リアクターの内部圧力が上昇。緊急減圧弁が作動しています。これ以上の出力を出すのは危険です」


 どちらも良い知らせとは言い難い内容だった。


 さらにカメラモニターのスコープをサーモスコープに切り替えた時、前方にそびえる土砂の山の中から、キグナス1らしい熱源反応が出た。


 "エキドナの子"はまだ生きているのだ。恐ろしい敵だ。


 だがその強敵をここまで追い詰めることができた。

 倒すまであと一息といったところだろう。


 装填手に有線通信を繋ぐ。


「装填手、レールキャノンへの装填は可能か?」

『後ろの脚が逝って、閉鎖機が地面を向いてるんです。見た限りでは半々ですが、やれるだけやってみましょう』

「頼む」


 間もなくカメラモニターから装填用マニピュレータが動き出すのを確認した。


 ラーテルの損傷具合からして、次が最後の一発になることは明白だったが、ジェイムズに退くという選択肢は無かった。


 残るはウェンミンだけだ。


「ウェンミン、聞こえるか? 返事をしろ! ウェンミン!」


 ジェイムズは無線通信で呼び掛け始めた。

 未だ戻らない黒いウォーレッグが、自分の通信を受信してくれることを信じて。






*ウェンミン*


 ウェンミンが最初に認識したのは、暗いコックピットで仰向けに固定される自分本来の身体だった。


 土砂崩れに巻き込まれた時、LCSが解除されたらしい。


 ロケットアンカー以外の操作は完全にLCSのみで行う黒龍のコックピットには、モニター類はおろか、計器類すら存在しない。


 操縦者が機外の様子を知るには、接続するしかないのだ。


 そうと決まればこんな光景に用はない。

 ウェンミンは意識を黒龍へと同化させた。


 スーパーアロイと人工筋肉のボディに、再び生命が宿る。


 途端に巨大な足に踏み付けられるような苦痛が全身を走る。

 痛むはずだ。

 土砂がそのまま機体に圧し掛かっているのだ。


 損傷はかなり酷いようだ。

 コックピットから酸素が漏れていないのは奇跡と言ってもいい。


 気を失いかけながらも、ウェンミンは


 映ったのは、岩の僅かな隙間から差し込む光だった。

 ツイている。


 埋もれているのはそう深くはない場所だ。

 ショック死を免れたのもこのおかげらしい。


 だが同時に、厚切りのベーコンをたっぷりの油で焼くような音が、下の方からかすかに聞こえてきた。


 平時ならば食欲をそそられるような音だが、今のウェンミンにはそれが、身の毛がよだつ戦慄をもたらす音に聞こえた。


 キグナス1はまだ健在だ。

 まるでゴキブリのような生命力だ。


 黒龍が埋もれている場所よりも下のようだが、威力を調整した光学兵器で岩を焼き、外へと出ようとしている。


 知るよしもなかったが、ウェンミンはジェイムズよりも子細な情報を得ることに成功していた。


 このことを早く大佐に伝えなくては。


 全身に力を漲らせ、ゆっくりと起き上がる。

 覆い被さっていた土砂が雪崩を打って落ちていく。


 まず右上半身が地上に出た。


 左側は腕が何かにつかえて出てこない。

 見れば左腕が3つの岩の間に挟まっていた。


 一先ひとまず後回しにして、両足に乗っている平たい岩の隙間に右手を入れ、力の限り持ち上げる。

 どうにかできた隙間から足を抜き取り、左腕を残して地上へと這い出す。


 そこでようやく一息いたが、それ以上休んでいる暇は無かった。


 叩き起こすような唐突さで、通信電波を受信したのだ。


 逆探知すると、そう遠くはない場所からだった。


 大佐からの通信と見ていい。

 回線を開く。

 頭の中に、旧時代的な電話機の受話器を手に取るイメージを描くのだ。


『ウェンミン、聞こえるか? 返事をしてくれ!』

「こちらウェンミン。通信を再開します。どうぞオーバー


 通信の向こうから安堵のため息が聞こえた。


 見ればウェンミンがいる場所からはっきり見える所に、擱座したラーテルの姿があった。

 脚部を損傷しているのか、機体が奇妙に傾いている。


 崩落から逃げ惑っている間に、大分距離を稼げたらしい。


 続けて新たな指示が来る。


『ウェンミン、すぐにそこを離脱しろ。"エキドナの子"はまだ生きている。砲撃で止めを刺す』

「了解」


 敵パイロットがまだ生きていることは知っていたが、砲撃が行われるという情報は初耳だった。


 はっきり言って、黒龍にこれ以上の戦闘は困難だ。

 後はラーテルに任せるしかない。


 ウェンミンは素直に離脱を決定した。


 左腕は最悪、切り離せばいい。

 まずは立ち上がることだ。


 両足を踏ん張るが、滑るばかりで力が入らない。

 おそらく岩で駆動系の人工筋肉を損傷したのだ。

 こんな時に軽量化の弊害か。


 ロケットアンカーは生き埋めになった時に基部を潰され、両方とも使い物にならなくなっている。


 この状態で安全圏に逃れるのは難しいだろうが、やれるだけやってみよう。


 だがその時、黒龍の高性能集音マイクが、地表に近付くベーコンのフライ音をウェンミンの聴覚野に送った。


 "エキドナの子"が地上に出ようとしている。


 一方のラーテルは、マニピュレータ・アームが閉鎖機のそばでまごついていた。

 装填に手間取っているようだ。

 このままでは撃つ前にキグナス1に致命傷を負わされるだろう。


 離脱という選択が頭の中から薄れ消えていく。


 代わってウェンミンは新たな決断を下した。


 まずはラーテルに通信を繋ぐ。

 今度はダイヤルを回すイメージだ。


「大佐、聞こえますか? 大佐……」

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