Part8 大崩落

*ジェイムズ*


 ラーテルのレーダーに映っては消える反応に、不意に規則性が現われた。


 その時、ジェイムズの脳裏に天啓が降りた。

 キグナス1を討ち滅ぼすなら、今がその時だ。


「リアクター出力最大。照準誤差、最終修正!」


 操縦手と砲手に次の命令を飛ばす。


 ウェンミン、お前の奮闘を無駄にはしない。


 敵機そのものを狙う必要はない。

 弾を地形に撃ち込めればそれでいい。


 近くに何もない宇宙空間に居る敵に直撃させるのに比べれば、容易いものだ。


 目標の動きのパターンを基に最も効果的な着弾地点が計算され、機体と砲身の角度に修正が掛かる。


 同時にレールキャノンに送る電力を作るために、ワイズマン・リアクターが最大出力で稼働を始め、高まっていく稼働音がコックピットまで届く。


 最後に各脚部爪先のスタビライザーが倒れて機体が地面に固定され、砲撃準備が完了した。


 唯一の懸念はウェンミンに通信が届かず、退却を指示できない状況にあることだけだ。

 こればかりはウェンミンが脱出できると信じる他ない。


 ジェイムズは決断した。


「撃て!」


 静かに、だが力強い機長の号令と同時に、砲手が発射ペダルを踏み込んだ。


 駐退機の作動で砲身が後ろに下がる姿を最後に、モニターの視界は真白く染まった。


 重量9.6トンの砲弾が莫大なローレンツ力によって撃ち出され、目標へ向けて飛翔を開始した。






*ハイドラ*


 足元に広がる赤い空を飛翔体が通り過ぎた直後、バーサーカーが不意にロケットアンカーを解除した。


 スラスターを切っていたハーキュリーズはパイロットの反応が僅かに遅れ、そのまま落下していく。


 今のは何だ。

 飛んできたのはラーテルが居るはずの方角からだった。


 ハイドラは不吉な予感のままに、イロアダイユニットに離脱の指示を出した。


 重力に引かれながら周囲を見回す。

 答えはすぐに判明した。


 そう遠くはない崖の一角に、火球が吸い込まれるように落下していく。


 それが巨大な砲弾であることを動体視力が理解した時、ハイドラの手足はスラスターの操作を入力していた。


 ハーキュリーズが離脱を開始した直後、砲弾は岩盤を貫き、ほんの一瞬の間を置いて落雷のような爆発音を轟かせた。

 遅発信管か。


 すぐにラーテルの方へと来た道を引き返し始める。


 後方の映像をスクリーンモニターに映すと、着弾地点の崖がゆっくりと崩れ落ち、砂煙が津波のように迫ってくるのが分かった。


 敵の目的はこの一帯で崖崩れを起こし、ハーキュリーズごとハイドラを生き埋めにすることか。

 何とか高度を上げようとするが、気流の乱れで思うように行かない。


 更に細かな石が降り注ぎ、装甲を叩き始めた。

 大きな岩になるのは時間の問題だろう。


 バーサーカーの行方も分からない。

 だが少なくとも退避を始めているはずだ。


 その時モーショントラッカーにウォーレッグらしい反応が映った。


 方位は右後方。

 立体ディスプレイによれば、ハーキュリーズより高い位置に居る。


 肉眼で確認すると、案の定そこにロケットアンカーで崖のきわを移動する黒いウォーレッグの姿があった。






*ウェンミン*


 ウェンミンは、地表に激突寸前の高さを飛行するキグナス1を睥睨へいげいした。


 黒龍は今、岩壁を普通の道を走るように移動している。

 右肩のロケットアンカーを補助に使っているのだ。


 背後では地面がめくれ上がり、爆風が追いかけてきているはずだ。


 砲弾は撃ち込まれた。

 後は奴を土砂の下に封じ込めるだけだ。


 敵を地面に叩き落とし、自分だけが離脱するのが理想だが、場合によっては道連れも覚悟している。


 大佐がリスクを承知でこのカタストロフを起こしてくれた。

 今度はぼくが命を懸ける番だ。


 間もなく降ってくる石が大きくなってきた。


 そして一際大きな岩が降ってくるのを確認すると同時に、ウェンミンは行動を開始した。


 左肩側のロケットアンカーを岩に向けて撃ち出す。

 足場にするのは一瞬だ。


 次から次へと新たな岩へと飛び移り、目標へと接近していく。


 空中にロケットアンカーや黒龍自身の足掛かりがあるこの状況だからこそできる、空中機動だ。


 どんなウォーレッグでもできるというわけではない。

 LCSによる超反応と、黒龍の運動性があるからこそできる芸当だ。


 対する白い敵ウォーレッグは、岩を左右にかわすのが精一杯で、上昇すらままならない。


 落ちてくる岩を障害物と見做みなしているからだ。

 キグナス1はスラスターで空中を自在に飛び回れるという利点があるが、ウェンミンから見ればそれに完全に甘えてしまっている状態だ。


 崩れてくる崖の下敷きになるのは確実だろう。

 だがその"確実"の後押しくらいはしてやりたい。


 ウェンミンは獲物に襲い掛かる猛禽類のように、急降下を開始した。


 二次元的な動きをする相手に狙いを付けるのは簡単だ。


 キグナス1を蹴り倒すように着地。


 岩の時よりも少しだけ長くとどまっただけだが、敵は呆気なく地面に腹部を擦らせて停止した。


 後は落石が始末してくれるだろう。

 ここまで来ればもう大佐のもとへ戻るだけだ。


 ロケットアンカーを撃ち出し、再び空中に飛び上がる。


 岩壁に沿っていくだけでいい。


 空中の岩を辿るように、崖へ向かっていく。


 余裕かと思われたその時――


 キグナス1が苦し紛れに放ったビームが、ウェンミンが次の足場に定めていた岩を粉砕した。


 飛んでいったアンカーが空を切る。


 たちまち岩に乗ったままの黒龍の高度が落ちていく。


 ロケットアンカーは一度撃ち出すと、ワイヤーを戻すのに少々時間がかかる。


 ウェンミンはそのままロケットモーターを操作し、強引に岩壁へと撃ち込んだ。


 機体を張り付かせたその矢先、背後からひびが走った。

 遂に崖の崩落に追いつかれたのだ。


 足掛かりが失われていく中、走り出すが足元が安定しない。


 下ではキグナス1が崖だった土砂の中に埋もれていくのが見える。

 このままでは、自分も生き埋めになってしまう。


 撃ち込んでいた場所からアンカーが外れ、ワイヤーがもつれる前に巻き取られていく。


 必死に撃ち直すが、刺さったそばから抜け落ちる。


 ウェンミンは足掻き続けたが、遂に運の尽きが訪れた。


 何度目かの挑戦に失敗した拍子に、足元の岩が剥がれ落ち黒龍を断崖から引き離した。

 ロケットアンカーを振るう暇もなく、積み上がった土砂の上に背中から叩きつけられる。


 機体両足にし掛かった岩を何とか押し退けようとするウェンミンの視界は、間もなく降り注ぐ岩と砂に閉ざされた。





 土砂崩れの終わりと共に、ノクティス大迷宮にはひと時の静寂が訪れた。

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