Part5 立体機動

*ハイドラ*


 逆落としの格好でハーキュリーズが落下していく。


 操縦桿を出鱈目に動かすが、きつく巻き付いたワイヤーが緩む気配はない。

 プラズマバトンはバスターソードの相手でワイヤーを切るどころではない。


 火星の赤茶けた地面が近づいてくる。


 あと十数メートルの高さでバーサーカーがロケットアンカーを解いたが、この落下速度ではもう離脱する余裕はない。


 そのまま急降下爆撃のように放り出され、ハーキュリーズは背中から地面に叩き付けられた。

 場所はラーテルの斜め前方200メートルほどにある岩壁のそば


 黒いウォーレッグは自らの機体を引き起こし、難なくハーキュリーズを踏み付けにした。


 右足で腰部を、左足で右腕を踏み付けられ、コックピットには真っ直ぐプラズマバスターソードが突き付けられた。

 確実に止めを刺す気らしい。


 唯一左腕だけが自由だが、何の細工もしなければバルカンを撃つ前にバスターソードで貫かれるだけだ。


 LCSを使うべきか。

 不意打ちで刃を反らすのだ。

 できれば使いたくないが、

 この状況を打開できる方法は他にない。


 そう。

 バーサーカーと同じシステムは、ハーキュリーズにも搭載されている。


 そのためのシートのソケットだ。

 そのためのTYPEタイプ006ダブルオーシックススーツだ。


 今まで使わなかったのは、痛覚フィードバックのリスクを警戒していたからだった。


 ハイドラが必要な操作を行おうとしたその時、立体レーダーに上空から接近する物体が映った。


 どうやら使う必要はなさそうだ。


 表示されたタグはイロアダイユニットを示している。


 ようやくご到着だ。


 右タッチパネルの操縦パッドに攻撃の指示を入力した。


 当てずっぽうでいい。

 これならLCSを使わなくとも脱出できる。


 間髪を入れず、ユニットのブラスターランチャーが火を噴いた。


 ハーキュリーズが居る場所の左右に着弾する。

 特に左側はハーキュリーズから数メートルとない場所で爆炎を上げた。


 バーサーカーがイロアダイユニットの存在に気付いた。


 一瞬視線を反らした隙に、左腕電磁バルカン砲の照準を敵ウォーレッグに合わせた。

 今度は本気だ。


 トリガーを引く。

 すぐさま剣の腹で遮られる。


 しかし、ハイドラは踏み付ける足の力が僅かに緩んだ瞬間を逃さなかった。


 スラスターを全力で吹かし、ハーキュリーズは遂にバーサーカーの足元から逃れた。


 急上昇を掛け、一旦真っ直ぐイロアダイユニットへ向かうをする。


 残された敵はすぐにロケットアンカーの照準を追尾させ始めた。

 予想通りの動きだ。


 ある程度引き付けてから直角に方向転換。

 崖に張り付いてホバー走行で登っていく。


 直後、ハーキュリーズの両横をロケットアンカーが通り過ぎ、遥か上の岩盤に刺さった。


 ワイヤーに対応しようとする前に、重力に逆らっているとしか思えない姿勢と動きで、バーサーカーが崖を駆け上がってくる。


 機体そのものの速力に、ワイヤーの巻き取りを加えることで、驚異的な速度での崖登りを実現しているのだ。


 こちらも不意打ち気味に上半身だけを180度回転。

 即座にブラスターライフルを撃つ。


 対する相手は両足を揃えてワイヤーを伸ばしながら跳躍。

 空中でプラズマバスターソードを構え、再び巻き取りながらハーキュリーズへ向けて突進してきた。


 今だ。


 入れ替わるようにハーキュリーズを空中へと飛び立たせる。

 続いて機体があった場所の岩肌に、バスターソードが深々と突き刺さる。


 刺さった剣を抜こうと必死になっている敵を尻目に、ハイドラは空中で悠々とイロアダイユニットとの合体作業を完了させた。






*ジェイムズ*


 床下から作業を終えた砲手が這い出してくる。


 低い通電音がコックピットを包み込む。


 ラーテルが4本の脚に力を漲らせるのを、外部カメラが映し出す。


「交換完了しました。やれます!」

「ようし! レールキャノン、発射用意!」


 砲手の報告にジェイムズは新たな命令で応えた。


 一時は死を覚悟したが、ウェンミンは見事に機体を守り抜き、更に"エキドナの子"のウォーレッグを引き離してさえくれた。


 おかげでどうにか基盤を交換することができた。


 これは小さな勝利だ。


 次は俺の番だ。

 すべきことは一つ。

 レールキャノンを敵へ向けて撃ち込むことだ。


「目標、キグナス1。弾種、徹甲弾。装填急げ」

「砲手了解」

『装填了解』


 まず砲手の操作に併せて、レールキャノンがゆっくりと砲身を下げていく。


 黒龍とキグナス1は、ラーテルから見て丁度左斜め前方にある崖で戦っているところだった。






*ハイドラ*


 崖に張り付いたままのバーサーカーが、空中でホバリングするハーキュリーズを見返す。


 敵が想定より遥かに身軽だったがために手こずらされたが、イロアダイユニットとの再ドッキングを終え、漸く想定した位置関係を作ることに成功した。


 相手はまだプラズマバスターソードを引き抜くことができないでいる。


 奴のすばしこさにはうんざりしていたところだ。

 さっさと蹴りを付けてしまおう。


 ハイドラはエクスブラスターライフルを選択し、ぞんざいにトリガーを引いた。


 敵は迷わず自らの武器を手放し、ワイヤーを巻き取って真上にかわす。


 緑のビームはバスターソードに着弾。周囲の岩諸共呆気なく粉砕した。


 撃破こそできなかったが、唯一の武器を奪うことには成功した。

 このまま畳みかける。


 肩のブラスターランチャーをショートバレルモードで乱射。


 退路遮断からエクスブラスターライフルに繋ぐが、敵は難なく対応する。


 崖を足掛かりとせざるを得ないバーサーカーの空中移動は、自在に飛び回れるハーキュリーズから見れば平面的な移動だ。


 しかしフェイントを巧みに使い、本命のエクスブラスターライフルを確実に回避してくる。


 痺れを切らしてワイヤーを狙えば、命中前にフックを解除され、自由落下の最中に手近な岩盤に再び撃ち込まれる。


 ハイドラは完全に手玉に取られていた。


 プラズマバスターソードを失ったにも拘らず、敵は闘争心が衰える気配が全くない。

 まさか、隠し玉があるとでもいうのか。


 平面レーダーにはっきりと映るラーテルの影が、こちらに機体を向けようとしていることに気付いたのは、その時のことだった。

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