Part4 LCS

*ハイドラ*


 ハーキュリーズがプラズマバトンを振り下ろす。

 敵は更に後退してやり過ごす。


 応じてこちらも、右手のバトンを目くらましに投げ付けながら距離を開ける。


 右肩のウェポンクリップから速射モードのブラスターライフルを引き抜き、4連射。

 敵はどう対応するか。


 まず動力の切れた近接武器を剣の平打ちで払い除け、ビームを機体の前で刃を∞の字に振り回して全て防いでみせた。


 続いてこちらの番だと言わんばかりに、ハーキュリーズの懐に一瞬で踏み込んでくる。


 対するハイドラは、振るわれるプラズマバスターソードを、左手のバトンで軌道を誘導するように受け流し――これなら電力の消費を最小限に抑えられる――無防備になった胸部に右手のライフルを突きつけた。


 迷わず引き金を引く。


 瞬間、バーサーカーが咄嗟にハーキュリーズの手首を掴み、上に向かって反らした。


 そのコックピットを貫くはずだったビームは、虚空を走って赤い空の彼方に消えた。


 ハイドラも負けじと狙いを定め直すが、敵は巧みに銃口を反らし無駄弾ばかりを撃たせる。


 そしてブラスターライフルが機体の外側を向いた隙を突き、敵はプラズマバスターソードの柄頭つかがしらを突き出してきた。


 すかさず左腕のシールドで受け止める。物理兵器相手ならば、反磁力パルスで電力を消費することはない。


 ハーキュリーズとバーサーカーの動きは、まるで左右の腕が独立しているような様相を呈していった。


 ライフルと手の攻防。

 バスターソードとバトンの攻防。

 バスターソードとシールドの攻防。


 それは互いの武器でコックピットを狙い合い、また相手の攻撃をなし合う戦いでもあった。


 2機の一進一退の攻防はしかし、唐突な横槍によって中断させられた。


 レールキャノンに併設された、装填用のマニピュレータ・アームが動き出したのだ。


 折り畳まれたアームが伸び、幅広の二指型マニピュレータが獲物を求めるように開いて迫る。

 予想はついていたが、まさか本当に攻撃に転用してくるとは。


 バーサーカーはハーキュリーズを大型マニピュレータに向けて蹴り出し、自身は飛び退いて離脱する。


 ハーキュリーズもスラスター噴射で踏み止まり、急上昇で離脱する。


 その右手にはプラズマバトン。

 止まった一瞬で、ブラスターライフルをクリップに戻し、落ちていたものを拾い上げたのだ。


 直後、ハーキュリーズが居た場所でラーテルの装填用マニピュレータが閉じた。


 空中から見下ろすと、こちらの距離を測るように見上げるバーサーカーと目が合った。


 すぐに腕部バルカン砲で牽制する。


 敵は前転/後転/側転といったアクロバティックな動きで、弾幕をかわす。

 その姿を見てハイドラは、一つの結論に至った。


 ラーテルの脚元で交戦した時点で薄々感付いてはいたが、この滑らかな動き、まさか――LCSか。





 人が乗る物である以上当然ではあるが、


 ウォーレッグは操縦において大まかに


・ウォーレッグがセンサー類で情報を『収集』

・収集した情報をパイロットに分かる形に『変換』

・変換された情報をパイロットが『認識』

・認識した情報を基に脳内でどう動くかを『思考』

・思考を基に手足で操縦機器を操作して『入力』

・入力を基にウォーレッグがその動きを『出力』


 という処理が行われる。


 そしてこれもまた当然ではあるが、どれだけパイロットが訓練を積もうが、どれだけレスポンスの速いウォーレッグに搭乗していようが、『収集』から『出力』までの間には必ずラグが生じる。

 強化人間のハイドラもそれは限りなくゼロに近いが、例外ではない。


 LCS――Logic Control Systemは、そのラグを無くすために考案された操縦システムの一種である。


 その実体は、パイロットの脳神経を乗機の索敵系及び操縦系に直結し、あたかも自分の身体のように動かす、ブレイン・マシン・インターフェースだ。


 パイロットは情報をウォーレッグから直接脳に受け取り、脳から動きを直接ウォーレッグに出力することで、『収集』から『認識』・『思考』から『出力』までのラグを完全なゼロとすることができる。


 にも拘らず、現行の殆どのウォーレッグに実装されていないのは、損傷がパイロットの脳に痛覚としてフィードバックされるため、機体の大破はパイロットのショック死を意味しているからである。





*ウェンミン*


 ウェンミンはまさに敵の予想通り、LCSを使って黒龍を操縦していた。


 今、彼は黒龍であり、黒龍は彼であった。


 センサーが捉えた情報を自らの感覚のように感じ取り、自らの身体のように機体に働きかけ、操縦する。


 今、機銃掃射を浴びている。

 空中に浮かび上がったキグナス1からだ。


 前後左右に回避しながら考える。


 これはおそらく自分への牽制。

 敵は次にどう出るか。

 そして自分は次に何をすべきか。


 特にレールキャノンへの唯一の装填手段となる、マニピュレータ・アームへの攻撃だけは絶対に阻止しなければならない。

 破壊されれば例えレールキャノンに傷一つなくても、使用が不可能になる。


 ここはこちらから打って出よう。


 自分に注意を惹き付け、ラーテルへの攻撃どころではなくしてしまうのだ。


 距離を開けられてしまったが、黒龍の機動力なら十分埋められるレベルだ。


 銃撃が止んだその一瞬、機体から力を抜きながら、姿勢を低く構える。


 0から+プラスよりも、-マイナスから+プラスの方が、より大きな力を得られる。


 見せてやる。

 黒龍ぼくの跳躍力を。


 彼が動きを止めたのはほんの僅かな間だった。


 次の瞬間、ウェンミンはキグナス1に向かって全身を一気に伸ばしながらび上がった。

 爆発的な速度で距離を詰める。


 その先には下に向けてライフルを構える白いウォーレッグの姿。

 やはり狙いは装填用マニピュレータ・アームか。


 黒龍の突撃に気付いた敵が、ライフルを肩にマウントしてプラズマバトンに持ち替える。


 織り込み済みだ。


 ウェンミンは構わず右脇に構えたプラズマバスターソードを振るった。


 キグナス1がプラズマバトン二刀流で受け止めた。

 バスターソードが押し返される。


 スラスターがない黒龍では、空中での踏ん張りが効かないのは百も承知だ。

 だがこれはあくまでも陽動だ。


 ウェンミン本来の指が、両操縦桿の発射ボタンを押した。


 両肩から左右斜め前方に向かって、ロケットアンカーが射出される。


 先端のロケットモーターでコントロールされるワイヤーがキグナス1の背後で交差し、黒龍共々何重にも巻き付いていく。


 こちらが本命だ。


 もうスラスターの噴射の向きは変えられまい。


 ウェンミンは後方に体重を掛けた。

 いとも容易く上下が逆さになり、2機のウォーレッグは地上へ向けて落下を開始する。


 幾ら"エキドナの子"でも、動けなければどうということはない。


 ブッ潰れろ。

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