Part3 動と静
*ウェンミン*
"エキドナの子"の思惑を理解した時点で、ウェンミンはロケットアンカーを解除した。
ワイヤーを回収しながら、母機へと引き返す。
敵はラーテルを
そして当のラーテルは、未だ歩き出す気配がない。
レールキャノンを撃った直後にトラブルが発生したことは知っていたが、まだ解決していないらしい。
今、大佐を守れるのは自分しかいない。
キグナス1の着地まであと数メートル。
ラーテルの副兵装となるガトリング砲が、目標を正確に追尾している。
当たったところで倒せるという保証はないが、せめて時間を稼いでくれれば。
ウェンミンは過去にない速度で疾走していた。
間に合うか。
いや、間に合わせる。
ぼくなら、黒龍ならできる。
意を決し、再びロケットアンカーを射出した。
ウェンミンは、自分のウォーレッグを敵が"バーサーカー"と呼ぶことにしたのを知らない。
*ジェイムズ*
「クソッ、なんでよりによって奥の回路が焼けるんだよ!」
ジェイムズの足元で回路基板を必死に修理する砲手が悪態を
その
今、ラーテルは歩くに歩けない状態だった。
おまけにレールキャノンは次発装填が不可能な角度で固定されてしまっている。
コックピットの機能こそ維持されているが、被害検証の結果、歩行系を制御する回路とレールキャノンの俯仰を司る回路が焼けていることが判明した。
おそらく発射の際の漏電が原因だろう。
火は消し止めたが、使えなくなった基盤を交換しなければならない。
砲手の口振りからして、作業は難航しているらしい。
手を貸してやりたいが、機長は搭乗員の統括と共に索敵機器をも預かる立場だ。
迂闊に目を離すわけにはいかない。
待ち続ける以外にできることはない。
その時、上からの衝撃がコックピットのジェイムズ達を揺さぶった。
キャノピー正面を映しているカメラモニターの1枚に、白いウォーレッグが姿を現した。
遂にキグナス1に取り付かれた。
すぐに前部のガトリング砲3基がオートモードで狙いを定め、3枚のカメラモニターが3つの角度から敵ウォーレッグの姿を映し出す。
ガンカメラの映像だ。
すぐに予備回転が始まり、数瞬おいて射撃が始まった。
牛の鳴き声のようなどこか牧歌的な連射音と共に、撃ち出された弾丸の嵐が敵機の装甲を叩くが、明後日の方向に反れていくばかりで効いている様子がない。
運動遮断コーティングか。
やはり奴を倒すにはレールキャノンが必要になる。
相手はお構いなしに手持ちの武器を振り抜いた。
誘導管が伸び、緑に光り出す。
近接光学兵器・プラズマバトンだ。
ラーテルに光学兵器用の防御手段はない。
焼かれる。
「総員、衝撃に備え!」
ジェイムズは思わず叫んだ。備えたところでどうにかなるものでもないが。
キグナス1は暖炉の火でも掻くような粗雑さで、プラズマバトンを突き出した。
*ウェンミン*
文字通りロケット型のアンカー先端、円錐形のメインフックがラーテルの前部装甲を捉えた。
側面が傘状に展開し、サブフックとなって強固に固定される。
両肩後部のリールがワイヤーを巻き取る勢いに乗って、ウェンミンは飛び上がった。
ラーテル胴体の高さを超えたところで、アンカーを解除。
その先にはプラズマバトンを構えるキグナス1の姿。
ウェンミンも慣性に任せてラーテルの胴体に降り立つ。
撃破には至らずとも、コックピットへの攻撃を確実に阻止しなければならない。
機体を横滑りさせながら、プラズマバスターソードを構えた。
敵ウォーレッグの真横で正確に止まれるよう、計算はしてある。
その時、キグナス1は
足が止まると同時に、ウェンミンはバトンの行く手を阻むように、バスターソードを突き出した。
*ハイドラ*
プラズマバトンの一撃はしかし、唐突に横合いから割り込んできた刃に遮られた。
シャッターで覆われた半球型のキャノピーを狙った切っ先を反らされ、すぐ横の装甲表面を僅かに溶かす。
左を見ると、当然のように剣の主の姿があった。
まるでラーテルに手出しはさせないという、パイロットの気迫が滲み出てくるようだった。
認めよう。
こいつの機動力を見くびっていた。
ロケットアンカーという補助装備、そして地球の約3分の1となる火星の重力を差し引いても、間違いなくハーキュリーズを上回っている。
しかもスラスター無しで。
どこからどうやって攻撃しようが、敵は対応してくるだろう。
脅威度判定を更新。
日和見と言われようが、やはりバーサーカーから倒そう。
敵機がプラズマバスターソードを円を描くように振り上げた。
釣られてプラズマバトンを持った右手も浮き上がる。
そこから最小限の動きで、横薙ぎに繋いできた。
即座に左手のシールドで真上に向かって
オートで反磁力パルスが発生し、熱と重金属粒子を纏った斬撃からシールドを保護してくれるが、同時に予備電力が大きく消費された。
まともに受け止めていれば、数秒で電力不足に陥っていただろう。
敵が怯んだその隙に左大腿部からもプラズマバトンを振り抜く。
バトンをX字に交差させたその中央で、敵の刃は一瞬だけ止まった。
小規模な干渉爆発の火花が周囲に散る。
しかし、敵ウォーレッグが腕に力を込めると、徐々に押され始めた。
出力はプラズマバトンが2本あってもやや不利。
やはりハーキュリーズ単機では近接戦闘でも分が悪い。
方針は決まった。
自在に飛び回れるというアドバンテージを活かせる、空対地の構図に持ち込む。
タッチパネルのコントロールパッドから、イロアダイユニットに合流を指示する。
後はどうやって飛び上がるかだけだが、トカゲの尻尾切り戦法はもう使えない。
相手と切り結ぶその合間を縫って飛び出すしかないか。
そうとなったら、鍔迫り合いは終わりだ。
腕のカバーを展開。
これ見よがしに電磁バルカン砲の砲口を突き出す。
警戒して一歩下がったその一瞬の間に、プラズマバスターソードを押し返した。
両手のバトンを振り上げるように敵の刃を弾く。
再び戦いは動き出した。
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