Part2 仮称・バーサーカー

*ハイドラ*


 敵ウォーレッグは予想通り、谷底で待ち構えていた。


 マリネリス峡谷の西側、比較的浅い場所だ。


 推定の発射位置から一歩も動いていない。

 何かトラブルに見舞われたのかは不明だが、捕捉できたのは大きな幸運だ。


 高速巡航形態からウォーレッグ形態へ変形しながら着地。

 シームレスにホバー走行へと移行する。


 敵の姿をスクリーンモニター正面に捉え、一瞬の内に観察。

 敵は砲戦用大型ウォーレッグ"AIL-R441ラーテル"で間違いない。

 レーダーの反応及びロックオンカーソルに付随する識別タグもその名を表示している。


 全長161メートル/全高50メートル/全幅79メートル。

 箱型の胴体からへの字型の脚を4本生やした、ごく初期のウォーレッグをそのまま巨大化したような基本的なシルエットは、ハイドラの記憶と一致している。


 だが改造の確固たる裏付けとなる、相違点も存在した。


 レールキャノンの前後に1基ずつ装備されている近接防御用の6銃身ガトリング砲が、胴体上面の四隅にも増設されているのはまだいい。


 まず、機体の前部装甲が、船の舳先へさきのように突き出している。

 上下にスライド開閉できる構造になっているが、中に何があるのか。


 次いで機体上部右側――ややこしいがハーキュリーズから見て左側――に配置された410ミリ41センチレールキャノンは、明らかに口径が大きくなっている。


 おそらくほぼ2倍の800ミリ80センチ

 周回軌道まで砲弾を届かせられるわけだ。


 反対側には長大なマニピュレータ・アームが折り畳まれている。

 おそらく装填用だろう。


 そばに操作用らしきキャブが付いている。

 本来の装填機構は装填室ごと撤去されている可能性が高い。


 改造こそされているが、本来なら帯同すべき護衛のウォーレッグの姿は見当たらない。

 過度に恐れる必要はないとハイドラは判断した。


 エクスブラスターライフルを選択。

 外す距離ではない。

 腰だめに撃つ。


 次の瞬間、唐突にラーテル前方の突き出した装甲が開き、奥から飛び出してきた何かがビームの前に立ち塞がった。


 ラーテルの胴体を吹き飛ばすはずだった重金属粒子のビームは、その何かが風車のように振り回す物体に阻まれ、傘に弾かれる土砂降りのように周囲に飛散した。


 その一瞬、干渉爆発の閃光が見えた。

 反磁力パルスによる防御ではなく、光学兵器による迎撃だ。


 ハーキュリーズの攻撃を防いだ"何か"はそのまま地面へと降り立った。

 舞い上がった砂埃の中に一瞬、黒い金属塊の姿が見えた。


 今のは何だ。

 ハイドラは足を止めて様子を窺う。


 砂のカーテンの向こうで、人の形をした影が立ち上がった。


 画像解析によれば、全高は18.3メートル。

 ハーキュリーズより多少小さいくらいだ。


 右手に持った巨大な武器を、真横に向かって投げ出すように構えている。


 やがて晴れていく砂埃の中から、1機のウォーレッグが姿を現した。


 見たことのないウォーレッグだった。


 色はハーキュリーズと対照的な漆黒。

 火星の赤茶色の世界ではひどく目立つ。


 岩から削り出したようなマッシブな胴体は、ボディビルダーめいた逆三角形を描いている。


 頭部はフェイスガードに覆われていて、イヴリースのようなY字形のランプセンサーは見当たらない。


 胴体と比べてやや細い手足は、必要最低限しか装甲化されておらず、駆動系の人工筋肉が関節から露出している。

 本数はイヴリースの3倍はある。

 成程、右手の得物を軽々と振り回せるはずだ。


 その武器の正体は、間違いなく身長程はあるプラズマバスターソード。

 干渉爆発の性質を利用してビームを防いだのだ。

 出力は少なくともエクスブラスターライフルと同等と見ていい。


 機体のどこにもスラスターは装備されておらず、完全に地上戦に特化していることが察せられる。

 代わりにロケットアンカーが両肩後部の目立たない位置に付いていた。


 その姿は、適性や趣味嗜好に合わせて建造あるいは改造される個人所有のウォーレッグ、所謂いわゆるカスタムウォーレッグの性格が見られる。


 即興で名前を付けるとしたら、"バーサーカー凶戦士"といったところか。


 ウォーレッグが、コックピットからの視線が、ハーキュリーズを認識した。

 その背後でケーブルが次々と外れ、ラーテルの中へ引き込まれていく。


 あの部分は、大型ウォーレッグが護衛ウォーレッグの輸送及び簡易補給のために稀に装備する、パラサイトベイだったのか。


 敵機はバスターソードを持ち上げ、緩やかに、だが淀みない動作で機体の横で構えた。


 刃先に通る誘導管に青白い光が宿る。


 同時に、その体躯が倍に膨れ上がったようなプレッシャーがハイドラを襲った。

 その人間的な動きに、第六感が危険信号を発した。


 奴はこれまでの敵とは違う。

 この刺々しい威圧感は何だ。


 知らず、背中を冷や汗が伝う。


 初めての経験だった。


 だが敵を知りたいなら、戦うのが手っ取り早い。


 ハイドラは自らを奮い立たせ、先に動いた。


 弾かれるように突進。

 左手のシザープレッシャーを開き、プラズマバーナーを通常出力で起動。


 スラスターで軽く飛び上がり、相手の脳天目掛けて炎刃えんじんを振り下ろす。


 瞬く間にバーサーカーのバスターソードに受け止められた。


 映像のフレームが飛んだような速さだった。


 そのままバーナーから出る物質化寸前の炎は押し返され、ハーキュリーズごと上に向かって跳ね上げられた。


 しかしハイドラは、これを完全に読み切っていた。


 右足を前に突き出す。

 その先には敵ウォーレッグの胸部。

 踵から放たれたリニアパイルが、


 相手は咄嗟に上半身をのけ反らせ、電磁力で射出されたパイルを紙一重で避けたのだ。


 まだだ。


 右足を戻し、次は左補助スラスターのチェーンソーブレードを展開。

 狙いは腰部。


 これに対して敵はすかさず両足を上げ、刃が通っていない部分を、両爪先つまさきで器用に止めて見せた。


 そのまま逆立ちの要領で蹴り上げられ、ハーキュリーズは仰向けに転倒した。


 即座に敵機はプラズマバスターソードを逆手持ちし、胸のコックピットに正確に切っ先を合わせてくる。


 お手並み拝見のつもりだったが、凄まじい反応速度だ。


 ほぼ互角といっていい。

 そして互角では数が多い敵の方が有利だ。


 優先順位変更。

 ここはラーテルから先に片付けよう。


 飛び道具では奴に防がれる。

 同じ失敗は繰り返さない。懐に飛び込みコックピットを狙うつもりだった。


 スラスターを噴射。

 両足を引きずりながら後退。


 直後、足と足の間の地面に幅広の刃が深々と突き刺さった。


 背部スラスターの力を借りて立ち上がり、足の力をプラスして空中へ飛び立つ。


 急角度で方向転換。

 一気にラーテルへ向かう。


 だが敵機の頭上を過ぎた直後、ロックオン警報と接近警報が同時に鳴り響いた。


 軽く高度を調整してやると、ハーキュリーズ腰部辺りに何かが貼り付いた。

 丁度イロアダイユニットの主翼部分だ。


 後部カメラの映像を呼び出して確認。

 案の定敵ウォーレッグのロケットアンカーだ。引き戻す気らしい。


 完全に予想通りだ。


 右操縦桿側のタッチパネルにイロアダイユニットのコントロールパッドを呼び出し、ドッキング解除のコマンドを入力する。


 ただちに腰のロックボルトが抜かれ、補助スラスターユニットが開く。


 コネクタとウェポンクリップの強制排除の反動を利用し、ハーキュリーズは空中へと踊り出た。


 自走形態に戻るイロアダイユニットには、自動操縦での一時離脱を指示する。


 縮む機首を上に向け、上昇しようとするユニットからアンカーが外れ落ちる。


 狙いを察した敵がハーキュリーズに向かって走り出すが、こちらの降下の方が速い。


 ラーテルのコックピットを破壊する余裕は十分にある。


 ハーキュリーズの行く先には、キャノピーを覆う装甲シャッターがあった。

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