Part12 想いは遠く
*ハイドラ*
頭部を失ったドゥームスフィアが衝突コースを外れ、ハーキュリーズの真横を通り過ぎていく。
各部に設置されたランプセンサーが魂を抜かれたように次々と消灯する。
やがてスラスターの噴射炎も止まり、宙域に漂う他のデブリのようにその場で
余計な足止めを喰らってしまった。
ハーキュリーズに航路を再計算させる間、コックピットからドゥームスフィアの
憎むべき敵の死を悼むなんて、らしくない。
だが戦いの中で自分は、間違いなく人に戻りかけていた。
ドゥームスフィアを駆る名も知らないアーガスの構成員達が、人であることをハイドラに思い出させてくれたのだ。
そうだ、人。
おれは、僕は、こんな殺戮兵器になってしまった僕のことを人だと言ってくれたひとのために戦っている。
そのひとの涙を拭うために。
そのひとと共に、明日へ向かうために。
ハイドラは、ハイドは、コンソールモニターの下にある小物入れから、黒い太縁の眼鏡を取り出した。
背もたれのソケットを軽く撫でながらパイロットシートを離れ、無重力のコックピット内に浮かぶ。
随分と地球から離れた所まで来てしまった。
スクリーンモニターに映るのは、無数の光が瞬く暗い宇宙。
スフィア宙域はデブリ帯であるがゆえ、スペースデブリの光も混ざっている。
だがあの光の中に、彼女が待ってくれている星がある。
ハイドが手にしている眼鏡は、その彼女から託された眼鏡だ。
彼女は今も、地球で僕のことを想い続けている。
その想いと共に、僕は戦っている。
名前はリーナ・アンダーウッド。
小柄で痩せっぽちの、眼鏡が似合う少女。
か弱げな見た目とは裏腹に、好きな人のために勇気ある一歩を踏み出せる強さを持った少女。
必ず帰ろう。
リーナの
コックピットに計算完了を告げる通知音が鳴り響き、スクリーンモニターに再加速へのカウントダウンが表示される。
さあ、センチメンタルな思案にふけるのは終わりだ。
ハイドラはコックピットで何をしていようと、10秒以内に操縦席に座れる。
シートに座り直し、眼鏡を小物入れに戻す。
敵機の残骸を一瞥し、ハイドは、ハイドラは、ハーキュリーズのスラスターを呼び起こした。
ドゥームスフィア、この墓場で安らかに眠れ。
僕には、おれには、倒すべき敵がまだ残っている。
行こう。
火星へ。
高速巡航形態に変形し、静謐を取り戻したスフィア宙域を離脱していく。
まだ遥か先の赤い惑星へと向けて、ハーキュリーズは前進を再開した。
*リーナ*
頭上には、満天の星空が広がっていた。
ここは岬にあるハイドの家の庭。
彼を想う時、リーナはいつも空を見上げる。
ディシェナから宇宙に飛び立ったという話は聞いた。
そう、この夜空の向こうにある星の世界で、わたしのために戦っている。
今、どの辺りに居るのだろうか。
そっと目を閉じ、瞼の裏にハイドの姿を想い描く。
眼鏡が無くても、それは暗闇の中にはっきりと像を結んだ。
ハイド。
彼は自分のことを怪物だと言ったけれど、わたしはそうは思わない。
少年のままの背中に、暗い過去を背負ったひと。
誰かのために怒り、戦う優しさを持ったひと。
わたしのすきなひと。
わたしにはあなたを想うことしかできない。
けれどもそれであなたが救われるなら、わたしはあなたを想い続ける。
できるならもう一度、あなたに会いたい。
必ず帰ってきて。
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