Part11 最後の命令

*ハイドラ*


 気の遠くなるような照射時間を経て、ビームが収束していく。


 ハーキュリーズとドゥームスフィアは、添加剤の残滓を残して射撃を終了した。


 エネルギーの供給を絶たれた火球も一旦収縮していく。


 そして内に封じられた膨大なエネルギーを、超新星爆発と見まごうばかりの大爆発として解き放ちながら、火球は消滅した。


 四方に撒き散らされるエネルギー波が、2機のウォーレッグと中の人間を揺さぶる。


 先に立ち直ったのは、ハイドラの方だった。


 緊急排熱をキャンセルし、オーバーヒートを覚悟でスラスターを吹かす。


 ドゥームスフィアの頭部を上として、ハーキュリーズは下へと高度を落とす。

 爆炎の下をくぐり抜けるように逆アーチを描きながら、敵機の許を目指す。


 リアクターの共振稼働は継続。

 底をついた予備電力と推進力を補う。


 火の粉にかれながら突き進んだ先に、ドゥームスフィアは居た。

 偏光クリスタル装甲が飴のように溶けかけている。


 相手は放熱中でまだ動けない。

 今がチャンスだ。


 ドゥームスフィアの右足部分まで一気に飛び、その前でホバリングを掛けた。


 両手の武器を手放し、両腕部の30ミリ電磁バルカン砲に切り替える。

 この至近距離、そしてバルカンの初速なら、例え運動遮断コーティングがあっても十分突破できる。


 発射と同時に再びスラスターを開いた。

 螺旋を描くように旋回しながら右足を遡っていく。


 操縦に対するレスポンスが硬い。

 スラスターの制御が困難になるという、共振稼働の数少ない欠点だ。


 敵の偏光クリスタル装甲に弾痕が穿たれ、透明な破片が飛散する。


 ハーキュリーズが付け根までのぼり詰めた直後、ドゥームスフィアの右足は爪先から順に爆散した。


 見惚みとれる暇もなく、ハイドラは兵装セレクタからプラズマバトンを選択する。

 プラズマバーナーと比べれば威力は低いが、その分機体温度が上がりにくい。


 今から攻撃する場所には偏光クリスタル装甲はなく、運動遮断コーティングも反磁力パルスも動作していない。プラズマバトンで十分だ。


 そう、狙うのは脱出の際に穴を空けた右側腹部のモジュールだ。


 すれ違いざまに装甲部にバトンを突き立て、加速。

 最高速度で腹部から背部に向かって突き抜けた。


 勢い余って敵機を大きく通り過ぎ、足が止まったのは空白地帯の端だった。


 ハイドラはどうにか一息をいた。


 共振稼働を停止。

 今度こそ放熱ハッチを開放。

 冷却ガスを放出する。


 ハーキュリーズの背後で、ドゥームスフィアが脇腹から火柱を噴き出した。






*フリッツ*


 機体のホログラフは赤とグレーで埋め尽くされ、絶望的な状況を示していた。


「……損害程度、知らせ」


 フリッツは、シートベルトを外しながら命じた。


「中枢部をやられました。全区画で電力が上がりません。私達が吹き飛ばなかったのは、エネルギーが限界まで消費されていたからでしょう」

「だろうな」


 内容は曖昧だったが、それで十分だった。


 長く持たないことは、フリッツ自身がよく分かっていた。


 ドゥームスフィアは"エキドナの子"からの苛烈な攻撃で、右脚をも失っていた。


 当初は大技の後の放熱で動けないでいる間に仕切り直せるだろうと考えていたが、相手は大胆にもそれを先延ばしにし、間髪を入れず追い討ちを掛けてきた。

 一歩間違えれば機体がオーバーヒートで使い物にならなくなる戦い方だ。


 恐ろしい敵だ。


 だが同時に、フリッツは敵に対し奇妙な敬意を抱き始めてもいた。

 自らが駆る機体の何十倍もある相手に臆さず立ち向かう姿に、感銘を受けていたのかもしれない。


 そして戦いにおいて、敵への敬意を示す方法はただ一つ。

 最後まで全力で戦うことだけだ。


 現在、再チャージの真っ最中だ。


 だが飛び道具を使おうにも、必要なエネルギーを確保する前に"エキドナの子"は致命的な一撃を見舞ってくるだろう。

 その前にできる攻撃は一つしかない。


 すでに交戦データは火星に送った。

 これで心置きなく実行に移せる。


「副長、総員退避だ……といっても、今ブリッジに居る我々しかいないがな」


 フリッツは副長に指示した。


「当機はこれより、キグナス1及びそのパイロット"エキドナの子"に対し、生還を期さないを仕掛ける。退避後は各自の判断の下で、生存の道を模索せよ」


 だが、誰一人持ち場を離れようとしない。

 副長が咳払いをするのが聞こえた。


「どうした?」

「機長。お言葉ですが、まさかあれに一人で突っ込むおつもりで?」


 その言葉を皮切りに、搭乗員達が次々と声を上げた。


スペースランチ搭載艇すら真っ直ぐ飛ばせない奴が、何を言ってるんですか」


「180度逆の方位を指示して味方にぶつけそうになったこと、忘れてないでしょうね」


「貴方の測的はいつも左に2度ずれてるんです。任せられません」


「分かりましたから。いつも通り、安全な所から私とドローンに指示を出していてください」


「僕が居なくなったら、誰があなたが握り潰した無線機を直すと思ってるんですか」


「退避したら、機長の下手くそな手料理が食べられなくなるでしょう……」


「機長に貸した1万テール、返してもらうまで付きまとってやりますよ」


「生存の道を模索せよって、このだだっ広い宇宙でですかい?」

「投降すれば、あいつが我々を丁重に扱ってくれるとでも?」

「どうせ終戦の時に捨てるつもりだった命です。今更惜しくありませんよ」


 搭乗員達は、それぞれの言葉で口々に残存の意思を示した。


「お前達……すまんな……」


 フリッツは、部下達に謝ったのはこれが初めてのように思えた。


 彼らが最後までついて行くと言っているのだ。

 ならば、何を恐れることがあるだろう。

 一蓮托生。

 共に行こう。


「分かった。命令訂正。これが最後の命令だ……派手にぶちかませ!」






*ハイドラ*


 ハーキュリーズ後方を映した別ウィンドウの映像に、敵機が動き出すのが映った。


 残ったスラスターを吹かし、精彩を欠いた動きながらこちらに確実に迫って来ている。


 まだ動くだけの機能は残っていたのか。


 目的は明白だ。

 残されたなけなしのエネルギーと全質量を使った体当たりで、ハーキュリーズを轢き潰す気だ。


 ハイドラは自らの機体をドゥームスフィアに向き直らせた。


 彼の中には、敵への惜別のような感情が芽生え始めていた。


 これだけ痛めつけてもまだ戦う意思を捨てない姿に、どこか敬意を覚えていたのかもしれない。


 おまえとは、違う形で会いたかった。

 味方なら、どれだけ心強かったことか。


 ドゥームスフィアはあちこちから炎を上げ、長く煙を引きずっている。


 エクスブラスターライフルを右手で構え、左手で支えながら相手の頭部に正確に照準を合わせる。


 ハイドラには、そこにブリッジがあるという確信があった。


 搭乗員達をこれ以上苦しめずに殺すことこそが、最大の敬意だ。

 有効射程に入ると同時に、静かに引き金を引いた。






*フリッツ*


 キグナス1から放たれた光を、フリッツはどこか晴れやかな気持ちで見つめていた。


 そうか、ここまでか。

 自分は死力を尽くして戦った。

 悔いは無い。


 強いて思い残すことがあるとすれば、自分達は本当に正しいことをしてきたのかという問いに、答えが出せなかったことだけだ。


 いや、今更そんなことを考えていても仕方がない。

 前へ進むと決めただろう。

 "エキドナの子"はこうして自分達の敬意に応えてくれた。

 最後まで向き合わなければ失礼だ。


 今はただ、彼の勝利を称えよう。


 フリッツは眼前に迫る死を見つめ直した。


「我らが仇敵に……敬礼!」


 それが最後の言葉になった。


 スクリーンモニターの視界が真っ白に染まる。

 強烈な光に照らし出され、全ての輪郭が掻き消えていく。

 敬礼する搭乗員達の影も、一瞬浮かび上がってから次々と光の中に溶けていった。


 そしてフリッツの番が来た。

 全身が暖かな光に包まれる。

 慈悲という言葉が脳裏をぎる。


 直後、ブリッジを突き抜けたビームは、残酷なまでの優しさでフリッツの身体と意識を消し飛ばした。

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