Part10 厄災を齎《もたら》す者

*フリッツ*


「キグナス1、上方へ離脱していきます……」


 レーダー手の報告と同時に、フリッツ自身もスクリーンモニター天頂部に向かって飛び去っていく白いウォーレッグの姿を認めていた。


 稼働状況を示すホログラフのワイヤーフレームモデルは、右手首と左肩から先全てが喪失を示すダークグレーに暗転していた。


 勢いを余らせた一瞬の隙を突かれ、ドゥームスフィアは左腕を失った。


 気付いてすぐに全方位レーザーを撃とうとしたが、敵は欲を出さず身を引いた。


 それとなく感じていたことだが、やはり"エキドナの子"の状況判断能力は目を見張るものがある。


 だからといってフリッツは、引き下がるつもりなど全くなかった。

 ドゥームスフィアにはまだ、最大の武器が残っている。


「各員に告ぐ……カラミティ・ブリンガー、発射用意! スフィア宙域を生んだ厄災の力、見せてやるがいい!」


 意を決し、搭乗員達を鼓舞する。


 ただちにブリッジの面々は発射準備の操作に入った。

 極めて慎重な操作を要求される作業のため、機長の命令を各搭乗員が声出しで確認していく。


「目標、キグナス1。主砲、敵を追尾しろ」

「了解! 目標、キグナス1。主砲、敵を追尾!」


 操縦手がスクリーンモニターの情報を基に、胸部モジュールを目標に向けていく。


「通常エネルギー流路全閉鎖。カラミティ・ブリンガーへの直通流路開け」

「了解。通常エネルギー流路全閉鎖。カラミティ・ブリンガーへの直通流路、開きます」


 フリッツから見て2列目中央の第1砲手の操作に併せて、ブリッジの照明が落ちる。


 同時にドゥームスフィア胸部の、カラミティ・ブリンガー砲口部を覆う防護ハッチが観音開きを始めた。


「リアクター、全基出力最大」

「了解。リアクター全基、出力最大」


 2列目左側にいる第2砲手が動力レバーを前に向かって倒す。


 胸部ではメインリアクターと、それを中心に星型に配置された5つのサブリアクターが、操作に応えて出力を極限まで上げていく。


 ドゥームスフィアのワイズマン・リアクターに共振稼働はできない。使えばエネルギーを制御しきれず自壊の恐れがあるためと、使わずとも十分な出力を得られるためだ。


 低い雄叫びのような稼働音がブリッジに響き渡る。

 まるでドゥームスフィア自身が叫んでいるかのように。


 漏出する余剰エネルギーを浴びて、周囲の搭載ウォーレッグやドゥームスフィアの引き千切られたパーツが砕けていく。


 "雄叫び"が聞こえてからは、輪をかけて繊細な操作が必要な段階に入る。


「操縦手、コントロールを第1砲手へ」

「操縦了解! コントロールをユー・ハブ・委譲コントロール!」

「第1砲手了解。コントロール、アイ・ハブ・受け取りましたコントロール


 操縦手が手元のタッチパネルで操作を行った後、操縦桿から手を放して両手を上げ、操縦権委譲の意志を示す。


 続いて第1砲手が、目の前にせり上がってきた銃型のコントローラーを握る。


 操縦権の受け渡しが完了した。


「副長、最終セーフティ解除だ」

「了解。機長、カードキーを」


 パスワードと指紋認証を入力しながら、カードキーを取り出す。

 左後方で副長も懐から半透明のカードキーを取り出した。

 お互いにコンソールモニターの片隅にあるカードスロットにカードキーを浅く挿入した。


「機長、カウントどうぞ」

「3、2、1!」


 二人同時にカードキーが押し込まれ、スロット横の緑のランプが点灯した。

 カラミティ・ブリンガーのビームランプを覆う、その最終セーフティたるレンズシャッターがゆっくりと開き始めた。


「第3砲手、コイル通電。電磁バレル形成」

「了解。コイル通電します」


 2列目右側の第3砲手がコンソールモニターを操作する。

 開き切った防護ハッチからスパークが上がる。

 反磁力パルスと同じ原理でビームを封じ込め、弾道を安定させる不可視のバレルだ。


「レーダー、射撃管制レーダーの測的情報を第1砲手へ。第1砲手、誤差、最終修正」


「第1レーダー……了解」

「第2レーダー、了解!」

「「測的情報、送ります」」


「第1砲手、受け取りました。誤差修正、右へ2度、上へ0.5度」


 第1砲手が銃型コントローラーを右へスライド。

 続いて手前にもスライドする。

 それに合わせてドゥームスフィアの姿勢制御スラスターが吹かされ、僅かに向きを変える。


「チャンバー圧力50.8、発射可能域です」

「シャッター全開まで、残り10!」

「機長了解。総員、閃光・衝撃に備え」


 第2砲手、次いで副長の報告に、フリッツは最終段階となる命令で答えた。


 彼を含めた全ての搭乗員が、4点式のシートベルトで身体をシートに固定し、遮光ゴーグルを装着する。


 カラミティ・ブリンガー――発射準備完了だ。






*ハイドラ*


 突然激しい振動がハイドラとハーキュリーズを襲った。

 ドゥームスフィアの方角からだ。


 元が何だったのかは分からないパネルの陰から様子を窺うと、激しく発光する敵ウォーレッグの姿が見えた。


 先程機体を揺さぶったのは、奴から放たれるエネルギー波だったのだ。


 デブリが残っている場所まで後退してもこれなのだ。近くに居ればハーキュリーズでも完全に消滅していただろう。

 だが、これで終わりではないはずだ。


 スクリーンモニタのドゥームスフィアを拡大すると、胸部モジュールのハッチを開こうとしている姿がはっきり映った。


 間違いない。

 敵はビーム波動砲カラミティ・ブリンガーの発射態勢に入っている。


 エネルギー波はワイズマン・リアクターの出力上昇に伴う余剰エネルギーだったのだ。


 かつて統合派の宇宙艦隊を一網打尽にした武器を、敵はハイドラ1人を倒すためだけに使おうとしている。


 その挑戦、ならばこちらも応じよう。


 ハイドラは右側のタッチパネルを操作し、一つの兵装を選択した。


 表示されたテンキーでパスワードを入力。

 コンソールモニターに併設されたカメラに瞳を映し、網膜スキャンと虹彩認証を行う。

 続いて操縦桿内蔵のセンサーによる指紋と静脈の照合を抜け、発動が認可された。


 ハーキュリーズの頭部バイザーが上がり、射撃管制用の精密ランプセンサーが敵に攻撃を命中させるために必要な情報を集める。

 上がってくるデータを基に機体を方向転換。

 スクリーンモニター正面に固定表示された照準環を模したカーソルに目標を重ねる。


 ウィングを展開しスラスターのアイドリングで反動に備える。

 折り畳まれたブラスターランチャーの砲身が伸び、フルバレルモードになる。


 一旦エクスブラスターライフルを保持アームに任せて手放し、左側のサイドグリップに握り直す。

 アンダーグリップのソケットを空けなければならないのだ。

 右腰のアーマーが引き出され、ワイズマン・リアクターへの直通コネクタがせり出す。

 最後にアンダーグリップ部分でコネクタにライフルを接続し、準備が完了した。


 そうだ。

 これがエクスブラスターライフルとブラスターランチャーの最大出力のビームを束ねて放つ、今のハーキュリーズ最大の武器――トライブラスターキャノンだ。






*発射*


 ドゥームスフィアから放たれるエネルギー波を、新たなエネルギー波が押し返した。

 トライブラスターキャノンの発射用意に入ったハーキュリーズから溢れ出す、余剰エネルギーだ。


 その周囲のデブリが巻き込まれ、スフィア宙域に新たな空白地帯が形成されていく。


 発射前から戦いは始まっている。


 2機のウォーレッグは機体を輝かせながら、断続的に放たれる光波をぶつけ合い、暗い宇宙を照らす。

 その姿には、どこか神々の戦いを想起させる荘厳さがあった。


 エネルギー波に煽られながらも必死にスラスターを吹かし、砲口の先にドゥームスフィアを捉え続けるハーキュリーズ。

 エネルギー波を全身で受けながらも微動だにせず、傷を負った身でハーキュリーズに向き合い続けるドゥームスフィア。


 チャージ完了。

 撃てます。


 パイロットの、あるいは機長の号令と共に、トリガーが引かれたのはほぼ同時だった。


 一瞬、宇宙に静けさが戻り、次の瞬間、巨大なビームが放たれた。

 互いの相手へ向けて一直線に突き進み、2機を結ぶ線の上でぶつかり合う。


 出力は互角。

 どちらに転んでもおかしくはない状況だ。


 2本のビームは暫くの間押し合ったかと思うと、丁度中間地点で恒星のような火球と化した。

 異なるベクトルを与えられた、二つの重金属粒子の流れが接触した際に起きる干渉爆発だ。


 双方からビームに乗って継続的に送り込まれるエネルギーで、火球は限りなく膨らんでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る