Part9 刃

*フリッツ*


 キグナス1が自身の数倍もある金属塊を勝ち誇るように高々と掲げ、横へ乱暴に投げ捨てた。


「これは一本取られたな……」


 フリッツは思わず感じ入った。


 凄まじいパワーだ。


 無重力下とはいえ、いとも容易たやすくドゥームスフィアの右手首を引き千切ってしまった。


 先程まで互角だったはずなのに、敵ウォーレッグ内部からのエネルギー反応が突然増大した。


 その装甲表面に走る補助エネルギー流路らしいラインが、過負荷で淡い緑色にリレー発光している。

 機体全体がまばゆく発光しているように見えるのは、リアクターから漏出する余剰エネルギーの影響だろう。


 どんな手品を使ったのかは分からないが、間違いなく性能が向上していると見ていい。


 息をく暇もなく、キグナス1が大型ライフルを撃ってきた。


 ビームの行く先には右脇腹の損傷。

 不意打ちのつもりだったのだろうが、狙いが素直すぎる。


 破壊されたのが手首だけだったのも幸いした。


 フリッツが何も言わずとも、操縦手がドゥームスフィアを動かしてくれる。

 右前腕部の偏光クリスタル装甲がビームの進路に立ち塞がる。


 緑色をした金属粒子の奔流は、マゼンタの装甲に吸い込まれるように当たり――内部で乱反射して明後日の方向へと抜けていった。


「内部機構への損害……無し!」


 内務手からの報告に、他の搭乗員達が歓声を上げた。


 ドゥームスフィアの偏光クリスタル装甲が敵の光学兵器を受けたのは実はこれが初めてだったが、フリッツが懸けた期待に見事に応えてくれた。


 間髪を入れず、反撃の指示を出す。


 取られた勝負は取り返すまでだ。


「左プラズマバーナー、用意! ぶった切ってやれ!」






*ハイドラ*


 ドゥームスフィアが左手を大きく振り上げた。


 エクスブラスターライフルによる不意打ちは受け流されてしまった。


 次の手を講じる前に、奴の攻撃に対処する必要がある。


 揃えられた指先に、青白い金属粒子の光刃が灯る。

 刃はたちまち長く伸びていき、遥か頭上で星のように瞬くデブリを消失させる。


 誘導管らしいパーツは見当たらない。

 指先のビームランプから物理的な囲い込みの手段無しに放たれているのだ。


 ハイドラはそれを近接戦闘用光学兵器・プラズマバーナーだと確信した。


 指先に仕込まれていたか。


 通常の近接光学兵器は、カーボンピコファイバー製の誘導管の中に重金属粒子を封じ込めることで形を成す。


 しかしプラズマバーナーは誘導管に頼らず、純粋に高濃度の重金属粒子の噴射だけでを形成する最初期の近接光学兵器だ。

 エネルギーの消耗は激しいが、現在でも一線級の威力を持っている。


 だがこっちにだって、プラズマバーナーはある。


 シザープレッシャーをハーキュリーズ胸部の前で構える。

 先端のシザー部分が限界まで開かれ、間から緑の炎が生じた。


 噴射炎はすぐに腕部の長さを超え、機体の全長を上回る長槍と化す。


 それでもまだ、ドゥームスフィアのプラズマバーナーと比べれば、両手剣とダガーほどの差があるが、ハイドラは怯まない。


 共振稼働を発動している今なら、バーナーの出力も格段に上昇している。

 戦い方次第で対等、あるいはそれ以上に渡り合えると見ていた。


 準備完了。

 第2ラウンドだ。


 先に動いたのはドゥームスフィアだった。

 プラズマバーナーの刃が、向けて処刑人の斧のように振り下ろされる。


 ハーキュリーズも最大出力のプラズマバーナーで再び正面から受け止めた。


 鍔迫り合いで2度目の力比べが始まった。


 限りなく固体に近い密度の金属粒子からなる光剣がぶつかり合い、干渉爆発の閃光が宇宙の闇を照らす。


 プラズマバーナーは威力は高いが、そのエネルギー消費量の激しさ故、並のウォーレッグでは一度に3秒程度しか使用できない。


 この状況は、文字通り並外れたリアクター出力を持つハーキュリーズとドゥームスフィアだからこそ、実現しているといってもいい。


 だがハイドラは今回、いつまでもこの押し合いに付き合うつもりはなかった。


 気付かれないよう少しずつ、斬撃を受け流すように徐々に左へと寄っていく。


 敵が刃を滑らせた瞬間、スラスターを全開にした。


 視界の右に青白いエネルギーの壁が広がる。噴射炎のからの部分に入ったのだ。


 すぐに反磁力パルスが作動し、荷電金属粒子に曝されている右腕・右ウィング・右足を保護する。


 すれ違うのは一瞬だ。


 すぐに目の前にドゥームスフィアの右腕が現われる。


 その時コンソールモニターの電力計はイエローゾーンに入っていた。

 触れる範囲を最小限に留めたつもりだったが、電力の丁度半分を持っていかれた。

 機体全体で受けていれば、間違いなく予備電力を完全に喪失していただろう。


 半分なら激しく動き回っても十分再チャージが上回る。


 ハーキュリーズの行く先には、空振りの勢い余って伸びきった肘関節部が。


 スラスターを逆噴射。

 強引に足を止める。


 プラズマバーナーの炎刃を押し当て、アクチュエータを横一文字に切り裂いた。


 できるはずだ。

 この至近距離、そして共振稼働の出力なら、反磁力パルスがあっても。


 ドゥームスフィア指先の炎が消え、切り離された前腕部が宇宙空間を漂い出す。


 まだだ。

 再びスラスターを開く。


 上腕部を遡るように飛び上がり、次は左肩を目指す。


 可動部である以上、動かすための余裕が無くてはならない。

 狙う場所はそこだ。


 ハイドラはそれを肩と胴体を繋ぐ部分に見出した。


 隙間から駆動部が見えている。

 スライドする薄い装甲板がいくつも重なっているおかげで、僅か10センチだけだが。


 迷わずプラズマバーナーを振り下ろす。


 緑の炎は僅かな隙間を正確に通り抜け、肩モジュールを基部から切り落とした。


 数瞬おいて、上腕部が胴体を離れていく。


 それを直接確認しないまま、ハーキュリーズを高速巡航形態に変形、ドゥームスフィアの遥か頭上へ向かって離脱した。


 レーザーの使用から時間が経過している。張り付いたままでいれば、再び全方位レーザーを受ける可能性が高い。


 精密な回避運動が困難な今は、リスクを冒すよりも距離を置いて仕切り直すべきと判断したのだ。


 鍔迫り合いを下りてから、ここまでおよそ17秒半。


 次に何をするかは、敵の出方次第だ。

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