Part7 フルバースト

*ハイドラ*


 ハイドラは偶然にも、そのウォーレッグの名を当てていた。






*フリッツ*


 そのドゥームスフィアのブリッジ。


「全区画ロック確認。脇腹がスースーしますが、やれます」


 フリッツは操縦手から、諧謔かいぎゃくに満ちたトランス・フォーメーション完了のメッセージを、満を持して受け取った。


「機長了解。内務手、損害程度知らせ」

「W357モジュールにリペアドローンが向かいました。穴は塞ぎましたが、電路の損傷が予想以上です。電力の復旧は困難と見ていいでしょう」


 内務手の報告に静かに頷く。


 変形に巻き込むことに成功したまでは良かったが、最終段階でキグナス1の脱出を許してしまった。


 その際、ドゥームスフィアは偏光クリスタル装甲が無い右側腹部のモジュールに損害を受け、運動遮断コーティングと反磁力パルスが使用不能になった。

 全体から見ればほんのわずかな部分だが、この部分を庇いつつ、どこまでやれるか。


 だが、ここまで来たからにはもう、正面から堂々渡り合うしかない。


「まずは砲戦で行く。目標、キグナス1。全方位レーザー、発射用意!」


 遂にフリッツは、キグナス1に直接手を下す命令を出した。






*ハイドラ*


 ドゥームスフィアの偏光クリスタル装甲が輝きを増した。


 その基となったドゥームズデイは実戦に投入されておらず、また戦後反統合軍から得られた情報も曖昧で、当然ハイドラも相手を攻略する上で有力な情報を持ち合わせてはいない。


 だがその光をハイドラの第六感は、攻撃の予兆と断定した。


 ハーキュリーズを高速巡航形態に変形させ、敵機から離脱する航路に乗せる。


 ハイドラは敵から逃げてもこの戦いから逃げるつもりなど毛頭ない。

 可能な限り距離を取り、敵の攻撃を見極めるのだ。


 ドゥームスフィアがゆっくりと両手を上げ、胸の前で構える。

 その装甲が一際強く輝いたかと思うと、次の瞬間全身から無数のレーザーが迸った。


 すぐにハーキュリーズが回避運動に入る。


 偏光クリスタル装甲を利用した、あらゆる方向の敵を撃ち抜く全方位レーザー攻撃か。


 その装甲材は統合派でも、光学兵器に対する電気を使わない防御技術として研究が行われていたため、ハイドラも存在を知ってはいた。


 しかし、光学兵器を屈折させて重要部位へのダメージを防ぐ技術を、こう応用してくるとは。


 青白い光に照らされ、宇宙が黒く見えない。


 機体のすぐそばで、放棄された宇宙空母をレーザーが粉砕した。


 だが装甲から撃ち出されてからの軌道は直線的だ。

 ドゥームスフィアもその場から全く動いていない。

 すなわち、次の着弾地点が比較的予想しやすい攻撃といえる。


 威力は強大だが、落ち着いて回避すれば十分対処は可能だとハイドラは判断した。


 反撃と行こう。


 一瞬ウォーレッグ形態に戻して強引に旋回。

 再び変形してドゥームスフィアへ向けて引き返す。


 棘を振りかざす棘皮動物のように、レーザーの発振源はドゥームスフィアの装甲面を常に動き回っている。


 太陽のような光球と化した超超大型ウォーレッグへ向けて、ひたすら突進、突進、突進。


 ハイドラは瞬間予知同然の反射神経でレバーとペダルを入力、ハーキュリーズは圧倒的な操作レスポンスでその操縦に応えるという、一人と一機の連携は最小限の回避運動として出力される。


 スクリーンモニターに映る目標が大きくなり、その光の中に人型の輪郭が浮かび上がる。


 レーザー攻撃は不意に終わり、唐突に宇宙に暗闇が戻った。


 青白い嵐が止んだ時、スフィア宙域には巨大な球状の空白地帯が出来上がっていた。

 攻撃がデブリ群を跡形もなく消滅させたのだ。


 意に介さず前進を続けるハーキュリーズの前に、大将の許へは行かせないとでも言うように、イヴリースとフラップジャックが立ち塞がった。


 残り21機の全機が健在。

 変形しても、敵味方識別能力は据え置きという訳か。


 連中とはここで決着を付けよう。


 ハイドラは自機をウォーレッグ形態に戻した。


 足を止め、ウィングを大きく開く。

 スラスターをアイドリング状態にし、反動でどこに流されても対応できるよう、備えているのだ。

 指先のタッチパネルに兵装セレクタを呼び出し、ハーキュリーズとイロアダイユニットの全ての射撃武装を選択していく。


 両前腕部の30ミリ電磁バルカン砲。

 右手のエクスブラスターライフル。

 両肩のブラスターランチャー・ショートバレルモード。

 背部から起き上がって前方に向けられた、マイクロミサイルコンテナ。


 全兵装、展開完了。


 ハーキュリーズのバイザーが上がり、射撃管制用のセンサー類で敵機を1機1機迅速かつ丁寧に走査していく。

 射撃諸元の計算が進むにつれ、スクリーンモニターはマルチロックオンカーソルで埋め尽くされていく。


 そして21機全ての目標にカーソルが付いた時、ハイドラは何の躊躇いもなく操縦桿のトリガーを引いた。


 刹那、ハーキュリーズの全火器が一斉に火を噴いた。


 ――機銃弾をまともに浴びて穴だらけになるイヴリース。野太いビームを浴びてまとめて蒸発するフラップジャック。ランチャーの光弾に機体の端から食われるように消失していくイヴリース。迫るミサイルを捌ききれず爆散するフラップジャック。機銃弾で動けなくなったところをビームに焼かれるウォーレッグ。目の前の光弾を躱している間にミサイルに背後から落とされるウォーレッグ。逆にミサイルを避けているうちにビームの柱に自ら飛び込むウォーレッグ――


 ハーキュリーズの前方一帯を爆炎が覆い尽くし、スクリーンモニターの視界が赤く染まる。


 射撃が完了するとハーキュリーズは機体各部の放熱ハッチを開き、真空間排熱用の冷却ガスを放出した。

 空になったマイクロミサイルコンテナがパージされ、宇宙空間を漂い出す。


 今、スフィア宙域に残っているウォーレッグは、ハーキュリーズとドゥームスフィアだけになった。


 2機は互いに向かい合った状態で動きを止めている。


 見ればドゥームスフィアも機体の至る所から、排熱ガスらしい白い気体を排出していた。


 やはり敵もあの武装の使用後は放熱が必要になるらしい。

 サイズがサイズなだけに、壮観な光景だ。


 小康状態は数分ほど続いた。


 ドゥームスフィアの大きさでは放熱に相応の時間がかかるはずだが、後から放熱を始めたのはハーキュリーズの方だ。

 機体温度が正常値まで下がるのは同じタイミングだろうと、ハイドラは読んでいた。


 そしてその予想通り、ほぼ同時にハーキュリーズは放熱ハッチを閉じ、ドゥームスフィアはガスの排出を止めて両手をゆっくりと下ろした。


 もう邪魔する者はどこにもいない。

 ここからは純粋な殴り合いになる。


 敵は巨大だ。

 ハイドラは小さな勝利を重ね、撃破に繋いでいくつもりだった。


 ドゥームスフィアは上半身を捻りながら右手を持ち上げ、ハーキュリーズは左腕のシザープレッシャーを構えて突撃する。


 そこに殺し合い特有のひりつくような反発感はなく、ただスポーツじみた一体感だけがあった。

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