Part6 史上最大の変形
*フリッツ*
「さあ、驚きやがれ!」
主操縦手が威勢の良い掛け声と共にレバーを入れた。
足元から昇ってくる血を滾らせるような振動が、フリッツを揺さぶった。
ホログラフを利用した立体コンソールを呼び出すと、搭載機の内、撃破された2個小隊と現在表層で敵機を追撃中の1個小隊を除いた7個小隊が、既に遠距離精密射撃の射点に展開を完了していた。
全て計画通りだ。
ドゥームスフィアはトランス・フォーメーションの際、全火器類が使用不能になり、攻撃を受ければ致命的な損害に繋がる区画が複数、3分間に
敵はその3分の間に、何度こちらを沈められるのか。
ドゥームスフィアはこの問題を抱えたまま、"エキドナの子"との戦いに臨んでいた。
だがフリッツは、これをキグナス1を敢えて懐に飛び込ませることで解決した。
搭載ウォーレッグ隊にキグナス1の頭を押さえさせ、立体パズルとも形容される変形に巻き込むことで、攻撃どころでない状況に追い込むというのが、フリッツの計画だった。
トランス・フォーメーションが完了したその後は、ドゥームスフィアの全火力を以て敵を消し炭にするだけだ。
無論、変形を回避しきれずスクラップになるというのなら、"エキドナの子"もその程度ということになる。
逃げられるものなら逃げてみろ。
戦いはまだ、これからだ。
*ハイドラ*
振動を感じた時点で、ハイドラはすぐにハーキュリーズのスラスターを吹かした。
直後、先程まで立っていたトレンチ底部が、斜めに跳ね上がり始めた。
一気にスフィア表層へと飛び上がる。
対空砲火は来ない。
それもそのはず、変化は表層でも起き始めていた。
一面を覆う長方形のモジュールが次々とスライドしていく。
レーザー機銃群がひっくり返るように回転し、装甲化された反対側と入れ替わる。
レールガンはそのまま下に沈み込み、窪んだ部分を覆うようにシャッターが閉じる。
何が起きているのかは分からないが、もう攻撃どころではない。
一旦離脱し、体勢を立て直すに限る。
そこに今度こそはと言わんばかりに、あのイヴリースと2機のフラップジャックからなる1個小隊が再びやって来た。
エクスブラスターライフルを手放すと、銃後部のアームでイロアダイユニットのウィング部分に懸吊される。
右大腿部からプラズマバトンを引き抜き、すれ違いざまにイヴリースを斬り付ける。
背後で上下半身が泣き別れになった機体が爆散する。
2機のフラップジャックは指揮官機を失って尚も必死に追いすがる。
その様子をスクリーンモニターの別ウィンドウで確認しながら、ハイドラは一直線にスフィアを離れた。
直後、進行方向からハーキュリーズに向けて弾幕が降り注いだ。
こちらから見て前方に展開したウォーレッグ隊からの攻撃だった。
挟み撃ちだ。
スフィア撃破に
高度を落とそうと焦って、粒子供給装置があったのとは違うトレンチに入ったのが
直後、ハーキュリーズの上に、一際大きな表層モジュールが覆い被さってきた。
更に左右からトレンチの側壁が迫ってくる。
閉じ込められた。
無理に入り込もうとした1機のフラップジャックが、他のモジュールとの間に挟まれてスクラップと化す。
このままでは自分も圧し潰される。
咄嗟にロングバレルモードのブラスターランチャーで表層を撃つが、ビーム弾は反磁力パルスに阻まれて飛散する。
フラップジャックの二の舞になりたくなければ、今すぐ決断を下すしかない。
ハイドラは意を決して、複雑に入り組んだ内部へとハーキュリーズを向かわせた。
すぐにコンソールモニターに呼びだしたマップと見比べるが、そこはかつてハイドラが見た、統合大戦中のスフィア内部とは構造が明らかに変わっていた。
内部も無数のモジュールに分かれ、表層と同じように――否、それ以上に盛んにモジュールの移動が行われ、常に変化を続けている。
変わっていないのは外観だけだったという訳か。
戦後、反統合軍から接収された設計図を基にしているマップはもう役に立たない。
ここからは頼れるのは己の勘しかない。
ハイドラはナビゲーションシステムを閉じた。
まずは一旦奥へ向かって進む。
丁度よく周囲の内部モジュールが、いずれも道を開けるように移動してくれている。
小さなモジュールが、自ら切り離したケーブルを巻き取りながらレールの上を移動する。
円筒形のパーツがまた別のモジュール内に引き込まれ、上面で蓋をする。
あるモジュールではシャッターが開き、冷却ガスの排出管が突き出してくる。
どうやらここは排熱ルートらしい。
まさか、スフィアは変形しようとしているのか。
確かめるにはここを脱出する以外に方法はない。
ハイドラはモジュール移動の緩やかな場所を通って一気に脱出する方向で決定した。
隔壁を無理矢理破るのは、必要に差し迫られた時だけの最低限にしておきたい。
ナビゲーションシステムが役に立たない今、急所を突いてしまえば、脱出できずに爆発に巻き込まれる恐れがあるからだ。
機体のセンサーを総動員して周囲の状況把握に努める。
道を塞ぐように突き出してくる障害物を次々と回避し、モジュールとモジュールの隙間を
結局のところ、モジュール移動はある場所では突き出し、ある場所では引っ込むという動きでしかない。
その規模の差を慎重に見極めながら飛ぶ。
自機の位置は移動速度と方向、作戦時計を参照する一種の推測航法で割り出す。
場所は長い直進通路の中。
航跡図をコンソールモニターに呼びだすと、逆アーチを描いて表層付近へと戻りつつあることが分かった。
間もなくスクリーンモニターの視界で動いている物体は、右前方のレール上を現在のハーキュリーズとほぼ同じスピードで移動する、立方体型のモジュールしかなくなった。
そろそろ頃合いか。
モジュールの行く先で通路の一部がスライドし、内部機構が露出するのをハイドラは見逃さなかった。
すかさず急加速を掛け、立方体を追い抜く。
露出部の前に先回りしてエクスブラスターライフルを手放し、空いた右手で立方体型のモジュールを押し止める。
左腕のシザープレッシャーで開口部から見えるケーブルの束を突き刺した。
手応え。
シザーを閉じ、無造作にケーブルを引きずり出す。
モジュールは力任せにレールから引き剥がし、投げ捨てる。
そのまま右足でケーブルを踏みつけ、シザープレッシャーで一気に引き千切った。
ケーブルからスパークが飛び、周囲30メートルほどの範囲が一斉に暗くなった。
電源が落ちたのだ。
電気が届かなければ、運動遮断コーティングも反磁力パルスも使えない。
エクスブラスターライフルを持ち直し、側壁に銃口を押し付ける。
スクリーンモニターの視界が一瞬真っ白に輝き、次の瞬間にはハーキュリーズが余裕で通り抜けられる穴が空いていた。
その先にデブリが漂う宇宙空間が見える。
どこからともなくプロペラの代わりにフライホイールを付けたドローンが飛んでくる。
おそらくダメコン用のリペアドローンだろう。
穴を塞がれる前に脱出だ。
ハイドラは機体を軽やかに飛び立たせた。
一直線に空いた穴を一気に飛び抜ける。
表層の穴の縁から、フラップジャックが飛び掛かってきた。おそらく追手の最後の1機だろう。
シザープレッシャーの側面で機械的に殴り付ける。
まともに打ち据えられたフラップジャックは、そのままスフィア表層に叩きつけられ、部品をばらまきながら砕け散る。
スフィアの外へと脱出を遂げた途端、レーダーに接近する機影が映った。
ハイドラとハーキュリーズが変形に巻き込まれるきっかけを作った、残りのウォーレッグ隊だろう。
構わずにスフィアを離れていく。
やがて後部カメラからの映像に、両腕で下半身を背中に抱え込むように機体を折り畳んだ巨大な人型ウォーレッグが姿を現した。
丁度肩のあたりに翼竜の骨格を思わせる、太い保持アームの途中から三叉に分かれた細長いウィングが付いている。
スフィアが変形の最終段階に入ろうとしているらしい。
ミクロな視点で見ればひどく複雑に思えた変形も、マクロな視点から見ればただ表層を重ねるように折り畳んでウィングとし、中にある本体を展開するだけという粗雑なものだった。
まず両腕が後方に向かって伸ばされる。
道を開けられた下半身が本来あるべき機体の下部へと移動する。
続いて太い脛部分に収納されていた膝関節と大腿部が引き出され、両足首は前後に開く。
それを待っていたように前腕部が袖を
その両腕が機体の横に下げられ、最後に胴体からY字形のランプセンサーを持つ頭部が迫り上がって変形は完了した。
敵の身長はおよそ2.7キロメートル。これほどの大きさをした人型ウォーレッグは、この世界に1機しか存在しない。
そのコードネームは"ドゥームズデイ"。
胴体だけが未完成のまま終戦を迎え、統合派に接収される直前に専用ドックごと姿を消した、反統合派の最終兵器。
シルエットは機体の末端に行くにつれて太くなっていくのが特徴的だ。
輝く装甲は半透明のマゼンタ色。
偏光クリスタル装甲だ。
スフィアのビーム波動砲カラミティ・ブリンガーのモジュールはそのまま、ウォーレッグ形態の胸部を構成している。
それがかつての反統合派の抵抗の象徴、宇宙要塞スフィアと一つになることで新たなウォーレッグとして完成した姿だった。
あの兵器は最早ドゥームズデイでもなければ、スフィアでもない。
敢えて名を付けるなら、そう――"ドゥームスフィア"だ。
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