Part4 罠、未だ閉じず
*フリッツ*
ブリッジに響く接近警報に、フリッツは静かに顔を上げた。
「キグナス1、防衛ライン突破。このままでは取り付かれます……!」
「ウォーレッグ隊に追撃させろ。2個小隊もあればいいだろう。残りには遠距離射撃の射点に着くよう伝えろ。レールガン、レーザー、撃ち方始め!」
レーダー手の震え声にも動じず、搭乗員達に伝える。
今の所、計画は順調に進んでいる。
これまでの全ては、"エキドナの子"をドゥームスフィアに深入りさせるための布石。
そしてこの後の動きも完全に予測が付いている。
キグナス1はおそらく対空砲火とウォーレッグの追跡を振り切るため、表層モジュールとモジュールの間を走る
そこからトレンチ間の繋がりを辿り、カラミティ・ブリンガーから下へ子午線のように伸びる一際太いトレンチを目指すはずだ。
このトレンチに出てしまえば、真っ直ぐ行った先には粒子供給装置の露出部がある。
デリケートなパーツが使われているため、運動遮断コーティングも反磁力パルスも使えないにも拘わらず、電路との兼ね合いから生じたスフィア時代からの唯一の急所だ。
だがフリッツはキグナス1が装置を射程圏に捉えた瞬間を、トランス・フォーメーションの時に定めていた。
「操縦、レーダー、限界まで引き付けて変形だ。タイミングを任せる。敵機の動向監視を怠るな」
「操縦、了解っ!」
「第1副操縦、了解」
「第2副操縦了解」
「第1レーダー……了解」
「第2レーダー、了解!」
新たな指示に、最前列の5人が次々と答える。
直接は関係の無い他の搭乗員達も、それぞれの形で気を引き締めるのが分かった。
そうだ、これが私の部下達だ。
フリッツは彼らに軽く微笑を返した。
タッチパネル式の大型コンソールモニターに触れる。
モニターの端に仕込まれたホロプロジェクタが、ドゥームスフィアのワイヤーフレームモデルを表示する。
キグナス1を示す赤い光点と、味方ウォーレッグを示す6つの青い光点は、こちらに確実に迫っていた。
*ハイドラ*
防衛網を抜けると、再び対空砲火が始まった。
飛んでくるのはレーザーと機銃弾。
ミサイルは見当たらない。
だが距離が近くなっているためか、2種類の射撃にタイムラグは
おまけにウォーレッグ2個小隊6機の追跡を受けている。
ここはトレンチへの侵入を優先すべきだとハイドラは判断した。
両脚のペダルを大きく踏み込み、ハーキュリーズを加速させる。
2機のイヴリースが両腕と両足を後方に折り畳み、胴体だけで飛んでいるような異様な姿になって追いかけてくる。
高速移動に必要ない部分を固定し、浮いたエネルギーをスラスターに回す飛行形態だ。
当然速力は上昇する。
追い付かれる可能性は高くなるが、今は相手をしている場合ではない。
奴らは安全地帯でゆっくりと相手をしよう。
存在を意識の外に追いやり、今は回避に集中する。
ハイドラは、スフィアからの対空砲火を、装甲で受け止める攻撃と回避する攻撃に振り分けて考えていた。
回避すべきは全てのレーザー。
機銃弾の被弾は、運動遮断コーティングで十分防げることは分かっている。
だが反磁力パルスは電力を消耗する。
一発の威力は低くとも、本数は極めて多い。
全部受け止めていれば、
今、電力不足で立ち往生という事態だけは、絶対に避けなければならない。
必要最低限の動きで、レーザーとレーザーの間に機体をねじ込むように
安全地帯に入っても尚、隙間を埋めるようにレールガンの弾が飛んでくる。
いくら運動遮断コーティングがあるといっても、当たり方次第でハーキュリーズの足を鈍らせるのに十分な衝撃が起こる距離まで来ている。
可能な限り受け流せるよう、常に角度を細かく調整しながら飛行する。
更に安全地帯も数瞬後には重金属レーザーの通り道になるため、常に回避運動を強いられる状態だ。
それでもハイドラは、確実にスフィアへと接近していた。
気の遠くなるような数秒間を経て、やがて対空砲やランプセンサー、細かな
スクリーンモニターに呼び出した距離計を注視しつつ、高度を落とす。
ここまで来れば後はトレンチに下りるだけだ。
道のりはまだ長いが、少なくとも対空砲火からは逃れられる。
だが散々足を引っ張ってくれた相手に何もせず通り過ぎるというのも、癪に障る。
ハイドラは兵装セレクタから、ブラスターランチャーをショートバレルモードで選択した。
ほぼ垂直まで機首を下げ、ハーキュリーズを加速させる。
ランチャーの砲身が折り畳まれ、射撃準備完了。
林立する対空砲群へ向け、引き金を引いた。
矢継ぎ早に重金属粒子の弾が放たれ、着弾地点で火柱を上げる。
スフィアは運動遮断コーティングも反磁力パルスも持っているが、その強度は区画ごとに違う。
重要な区画とそうでない区画で電力に差を付けることで、全体で必要となる防御用電力を減らす、一種の集中防御方式だ。
ブラスターランチャーを撃ちながら機首を戻し、進行方向を纏めて薙ぎ払う。
エクスブラスターライフルに切り替え、一瞬だけ足を止め発射。
緑のビームが、前方を塞ぐ対空レーザー砲の残骸を周囲の装甲板ごと抉り取る。
瓦礫の列を下に見ながら、目的のトレンチを目指し最高速度で前進する。
ナビゲーションシステムの情報から分かっていたことだが、あっという間の距離だ。
ハーキュリーズはウォーレッグ形態に戻りながら、底部へと降り立った。
追いかけてきているはずの敵ウォーレッグに、
レーダー、モーショントラッカー共に反応は6つ。
残念ながら、スフィアの誤射で落ちた間抜けは居なかったらしい。
現在の位置は粒子供給装置のあるトレンチの中程。
敵は前後から小隊単位で挟み撃ちにするようなコースを辿っている。
前方から来る方が気持ち到達が早いだろう。
ハイドラは前にエクスブラスターライフルを向けた。
イヴリースが変形を解きながら、真正面に下りてくる。
2機のフラップジャックが脚を伸ばし、先端を表層に突き立て、トレンチの両側から迫る。
迷わず3度、引き金を引いた。
1発目、イヴリースの上半身を肩に担いだレーザーランチャーごと吹き飛ばす。
2発目、右から来るフラップジャックを焼いてスフィアの表層モジュールを貫く。
3発目、左から来るフラップジャックを掠めて人工筋肉製の脚を残して爆散させる。
3つの炎を
いよいよ粒子供給装置へ向けて走り出すのだ。
目的の粒子供給装置は、上にカラミティ・ブリンガーの防護ハッチが
そのため、トレンチの底を低空飛行して接近する必要がある。
ここに対空火器こそ設置されていないが、無数に存在する突起物で縦横共に決して平坦でなく、飛行には精密な操縦を要求される。
おまけに今は敵の追跡を受けている。
底に降り立って障害物をのんびり乗り越えながら行こうものなら、走破性で勝る敵ウォーレッグのいい的という寸法だ。
かつてハイドラのきょうだいは、同じ状況でこのトレンチを駆け抜け、自らの命と引き換えに粒子供給装置を破壊した。
だがおれは生き残る。
スフィアを倒し、必ず火星に向かう。
その思いを胸に、ハイドラはハーキュリーズを加速させた。
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