Part3 宇宙《そら》の炎にウォーレッグが踊る

*ハイドラ*


 スフィアの表層で、無数の光点が瞬いた。


 数呼吸置いて、対空砲火が上がってくる。


 ハーキュリーズのスクリーンモニターとレーダーが、一瞬で警告表示に埋め尽くされる。


 敵ウォーレッグの陣容を確認できるかできないかといった距離でのことだった。


 ある程度予想が付いていたことだが、統合大戦の時とは違い、周囲に味方は居ないのだ。


 当然自分に全ての攻撃が飛んでくることになる。


 搭載機を片付けてから、ゆっくりとスフィアの相手をするつもりだったが、ここはやはり大物から先に潰すべきだとハイドラは判断した。


 ならば狙うべき場所は"あれ"しかない。


 ハーキュリーズを高速巡航形態に変形。

 一先ひとまず第一波の回避に集中する。


 敵機の間を正確にすり抜けた弾幕が、すぐに視認できる距離に迫る。

 敵味方の識別は完璧らしい。


 機体を左右にロールさせ、まずは対空レーザーを回避。


 光学兵器に対する防御措置の反磁力パルスがあるにはあるが、電力を大きく消耗する。

 できれば最後の手段にしたい。


 最小限の動きで光線と光線の間にハーキュリーズをねじ込ませながら、強引に前進する。


 こちら一機を狙っている割には集弾率が低い。

 やはり護衛機を挟んでいるのがあだになっているのか。


 続いて急減速しながらフレアを放出、前後左右の4方向から接近するミサイルの相手を任せる。


 イロアダイユニットの尾翼から、両斜め前方に向かって大量の発光体が撃ち出される。

 仕込まれた酸化剤でペレットが燃焼を始めたのだ。


 ミサイルの多くはフレアの放つ赤外線に引き寄せられ、文字通りの飛んで火にいる夏の虫となって無駄に炸裂する。


 急加速で爆炎の中を突き抜け、囮に引っ掛からなかった数少ないミサイルを迎撃に掛かる。


 赤子の腕を捻るよりも簡単だ。


 腕部だけをウォーレッグ形態に戻し、バルカンで正面から来るミサイルを撃ち落とす。

 残りの部分を変形させながらエクスブラスターライフルを右手に取り、右側から来るミサイルを纏めて爆破。


 後方から来るミサイルは回れ右から、両肩のショートバレルモードのブラスターランチャーで、迅速かつ丁寧に処理する。

 最後に残った方向からのミサイルを、右手と頭部だけを向けてライフル3連射で全て撃墜。


 敵の方向に向き直り、前進を再開する。


 最後は機銃弾の相手だ。


 宇宙要塞スフィアに配備されていた対空レールガンは口径20ミリ。

 サンダーバード級空中ステルス揚陸艦の120ミリレールガンと比べれば威力・初速共に劣るが、連射力においては上回る。


 識別システムは、迫る機銃弾がいずれも20ミリの物であると告げている。

 スフィアは修復の際、それにまつわる改造を受けてはいないと見ていい。


 ここは運動遮断コーティングを信じよう。


 そのまま機体を弾幕の中へと突入させる。

 たちまち命中弾が装甲を叩く音で、コックピットが賑やかになる。


 回避運動を行うのはエクスブラスターライフルに当たりそうな時だけだ。


 大量のエネルギーが充填されているため、運動遮断コーティングがあっても衝撃が内側に届けば一瞬で暴発する恐れがある。


 イロアダイユニットを装備したハーキュリーズが、対空射撃を物ともせず進撃する姿は、相手に威圧感を与えるには十分のはずだ。


 事実、敵ウォーレッグ隊の詳しい構成が分かる距離まで接近しつつあるのに、攻撃してくる気配すらない。


 やがて唐突にスフィアからの対空砲火の光が消えた。


 何かトラブルがあったのか、わざと止めたのか。


 ハイドラに知る術はないが、これは大きなチャンスでもある。


 今度はこちらの番だ。


 直掩に就くウォーレッグの陣容を0.2秒で確認する。


 機数は丁度30機。

 人型が10機に非人間型が20機。

 単純に考えて10個小隊が居る計算だ。


 人型の方はもはや説明は不要。

 指揮官機のイヴリースだ。


 一方、非人間型の方は胴体が八角形の板状。

 ターマイトと同じ人工筋肉製の脚が片側4本の計8本、おもちゃの吹き戻しのように渦を巻いて丸められている。

 そして胴体中央には半球型のランプセンサーが埋まり、逆三角形を成す3つの光点が妖しく赤く光っている。


 それは敗戦が確定した状況で配備されて尚、終戦まで統合派に被害を与え続けた無人ウォーレッグ、"AIL-F801フラップジャック"。

 反統合派の傑作無人ウォーレッグ・ターマイトの後継機だ。


 だがどんな敵がどれだけの数だろうと、やることは変わらない。


 相手は対空砲火回避のために機体間の間隔を大きく開けた状態になっている。


 突破は容易たやすいぞ。


 再び高速巡航形態に変形。


 タッチパネルの兵装セレクタから、マイクロミサイルを選択。

 発射数を設定。

 ロックオン無しでトリガーを引いた。


 イロアダイユニットの背部に装備されたコンテナのハッチが次々と開き、350ミリリットル缶サイズのマイクロミサイルが撃ち出された。


 発射数は20発。

 目標の設定から調停まで、全てミサイル側のセンサーとコンピューター任せの弾側目標・弾側照準。


 精度は落ちるが、飽くまでも牽制が目的だ。


 ハーキュリーズを離れたマイクロミサイルが、様々な軌道を描きながら敵ウォーレッグに襲い掛かる。

 ミサイル発射に気付いた相手は慌てて回避行動を取り始めるが、生憎あいにく必中距離だ。


 素直に真っ直ぐ飛ぶミサイルが、追尾を振り切ろうと後退するフラップジャックに命中。

 爆散。

 目標の回避方向に回り込んだミサイルが、他のミサイルに追われるフラップジャックに命中。

 爆散。

 乱雑な攪乱軌道を取るミサイルが、2丁のサブマシンガンで必死に応戦するイヴリースに命中。

 爆散。


 装甲を炎に照らされながら、ハーキュリーズは呆気なく防衛線を突破した。


 置き土産に尾翼のディスペンサーからチャフを撒く。


 アルミニウム由来のナノマシンを定着させたグラスファイバーが、相手のランプセンサーの周波数に合わせて結合ないしは分離し、ウォーレッグのセンサーにノイズを起こす。


 敵、特にフラップジャックが面食らっているのを、スクリーンモニターの別ウィンドウに出した後部カメラの映像で確認しつつ、ハイドラはスフィアへと直行する。


 コンソールモニターに、スフィアの立体設計図を表示した。


 目的の場所へはナビゲーションシステムが導いてくれる。


 目指すのはスフィアの主砲カラミティ・ブリンガーの下部に位置している、粒子供給装置の露出部。


 スフィア唯一の弱点だ。

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