Chapter6:巨神
Part1 暗礁宙域
*フリッツ*
地球と火星、二つの公転軌道の間に、かつて反統合派の本拠地となった移動要塞の名を冠す"スフィア宙域"と呼ばれる宙域がある。
統合大戦最大の決戦が起こったその場所は今、統合派・反統合派双方の兵器群の墓場と化していた。
艦船、スペースプレーン、不発弾、そしてウォーレッグ――それらの残骸に取り囲まれるように、巨大な球体が浮かんでいた。
直径1.2キロ。
無数のモジュールからなるその姿を、かつて目にしたことがある者は、間違いなくこう発したであろう。
"スフィア"が蘇った、と。
だがその姿は真の姿を覆い隠すための巧妙な偽装。
反統合派残党組織アーガスの手によって改造を受け、スフィアは新たな兵器として生まれ変わっていた。
「レーダーグリッドに感あり。N11-W14方面より接近する機影、1」
「反応パターン照合……キグナス1です!」
"AIL/F-D2122ドゥームスフィア"――これは自称に過ぎない――ドーム型のブリッジ。
二人のレーダー手からの報告を聞いた機長フリッツ・フロイツハイムは、灰色の髪の下で片方しかない眼を開けた。
アームレストでの頬杖を解き、姿勢を正しながらスクリーンモニター正面を
彼の左腕は二の腕の中程から先が生体電流で稼働する筋電義手、左眼には失った視覚を補う眼帯型の
「必ず来ると思っていたよ、"エキドナの子"」
誰に言うのでもなく呟く。
待った甲斐があったと思う。
現在、地球と火星を結ぶ最短ルート上にスフィア宙域はある。
フリッツは、敵がこのルートを通って火星に向かうと読み、ドゥームスフィアを待機させていた。
宙域の隅々までレーダードローンと無人ウォーレッグによる索敵網を敷き、同時に互いの通信を中継し合うことで、デブリ帯特有の通信環境の悪さに対応する。
その結果、キグナス1にこちらの存在を気付かれる前に捕捉するという、小さな勝利を手にすることができた。
後はこの勝利を無駄にしないことだけだ。
「展開中のフラップジャックにキグナス1を尾行させろ。2機もあれば十分だろう。他のフラップジャック全機には後退、指揮官機との合流を命じろ。当機は目標へ向けて前進。予備機も全て出せ。全戦力を、ドゥームスフィアの周囲に集中。発動、今!」
一息で言い切った後、フリッツは深くため息を
アーガス結成以来、彼の胸の奥底には常に苦悩が渦巻いていた。
フリッツはアーガス創設メンバーの内の一人。
この16年間、新たな構成員となる人材をスカウトする、組織のいわば採用窓口として活動してきた。
だが彼の役割は彼自身に、先のある若者の未来を奪うという葛藤に向き合うことを強いてもきた。
その葛藤は今、フリッツの心に更に色濃く影を落としていた。
彼は火星の衛星フォボスを発った直後にマリアンネ・ガブリロワ隊の、スフィア宙域に到達して間もなくシンドウ・ノゾミ隊の、消滅・指揮官戦死の報を受け取っていた。
同時にアーガスに地球上での組織立った行動が不可能となったことを知った。
それはフリッツが組織に引き込み、地球へと送り込んだ若者達が散ったことを意味してもいた。
特にマリアンネとノゾミは、フリッツ自ら戦いの手ほどきをした構成員であった。
"エキドナの子"への復讐を果たし、明るい未来を生きることを願っていたが――結果はこの
私達は、本当に正しいことをしてきたのだろうか。
フリッツは心中で幾度となく繰り返された問いを、今この時も反芻していた。
だが何度問い掛けても、答えが出ることはなかった。
そして"エキドナの子"との戦いの引き金も引かれてしまった。
最早答えは永遠に出ないのかもしれない。
だが逃げることは許されない。
前へ進むしかない。
長い懊悩を心の奥に仕舞い込み、機長席から立ち上がった。
搭乗員達一人ひとりに視線を向ける。
ドゥームスフィアのブリッジには、機長席から見て3列に渡り、ほぼ扇状に操縦席が配置されている。
まず1列目は、右前方に内務手、左前方に通信手。
巨大な機体
続いて2列目に砲手が3人。
その名の通り火器管制を行う搭乗員だが、ドゥームスフィアに装備された膨大な量の火器類を運用するために、3人の砲手が必要となるのだ。
3列目は左右両端にレーダー手、その内側に副操縦手2人、中央やや前に出るように主操縦手。
やはり巨大な機体故、姿勢や出力の制御を行う副操縦手が居る。
副長席だけは機長席の左斜め後方にある。
副長は機長の補佐の他、搭載機の発着機を管制する言わば飛行長の役割も兼任している。
皆、統合大戦時代からフリッツに付き従う盟友であった。
中には"エキドナの子供達"との戦いで親しい者を失った搭乗員もいる。
フリッツもまた、統合大戦で自らの左腕と左眼、そして多くの同期達を失っていた。
かつて宇宙要塞スフィアと呼ばれたこの場所で。
"エキドナの子"に。
忘れもしない。
巡洋艦の艦長として戦ったスフィア攻防戦の折、護衛の艦艇やウォーレッグ群を一瞬で蹴散らし、誰よりも速くスフィア表層に取り付いた見慣れないウォーレッグの姿を。
フリッツは、圧倒的な火力で破壊活動を行うあのウォーレッグこそが、"エキドナの子"が駆るウォーレッグだと確信していた。
そして今、彼はこうしてここにいる。
多くの戦友達が散ったこの場所に。
スフィアの残骸が、アーガスによる改造にパズルのピースを嵌めるように適合し、ドゥームスフィアとして蘇れたのは、彼らの無念があったからなのかもしれない。
そうだ、私は一人ではない。
自分にはドゥームスフィアが、自分を信じて付いてきてくれた部下達が、スフィアで命を落とした兵士達の魂が共に居る。
今度は負けはしない。
フリッツはスクリーンモニターの正面、ドゥームスフィアの進行方向を睨み付けた。
先導のウォーレッグ隊が、幾つもの三角形を並べながら整然と飛んでいる。
この向こうから、キグナス1が、"エキドナの子"が来るはずだ。
機長席前のデスク型をした大型コンソールモニターにも軽く目を通すが、観測機器類にはまだ敵機の反応は出ていない。
フリッツはただ、会敵の時を待ち続けた。
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