Part9 火星へ

*ハイドラ*


 黒煙を後方にたなびかせながらサンダーバード級が墜落してくる。


 ハーキュリーズの頭上に差し掛かった時、地上に向かって8本のレーザーが放たれた。


 おそらく背部のレーザー機銃だろう。

 非常用電源を使っているのか、色は淡く発光は弱々しい。

 それらはハーキュリーズはおろか、クレーターにすら着弾せず、意味のない火柱を立てただけで終わった。


 そのまま彼の視界から消えて数呼吸後、背後で巨大な破砕音がするのを外部集音マイクが拾った。

 雷鳴のような音波が機体を揺さぶる。


 それから更に数分置いてから、ハーキュリーズは肩・脇腹・膝から突出した放熱板を収納し、放熱ハッチを閉じた。


 致命傷を負った時点で、暗号化された通信電波が放たれるのを傍受していた。

 やはり火星へ向けられたものだった。


 生存者がいる可能性がある。

 とどめを刺なければ。


 スラスターを吹かし、クレーターの縁まで飛び上がる。

 歩行でサンダーバード級に接近。

 ジャングルから空を舐める舌のように火災の炎を上げながら、尾部をまるで墓標のように屹立させている。


 エクスブラスターライフルを向けながら、頭部のセンサー群で慎重に機体を走査スキャンする。

 尾翼からカーゴベイへ。

 両主翼。

 機関部。

 そして原形を留めないほど破壊されたブリッジ。


 スクリーンモニターに"生命反応なし"のメッセージウィンドウが表示されるのを確認してから、ハイドラは重い足取りでその場を飛び立った。


 墜落の直前、あの空中ステルス揚陸艦に、搭乗員達が違う何かを見ているようなちぐはぐさを感じていた。

 彼らは一体何を見つめていたのだろう。

 一体どこへ行こうとしていたのだろう。

 今となっては知る手段はない。


 目指すのはクレーターから北へ1.5キロ程の地点。

 ハーキュリーズなら数秒の距離だ。


 工廠の近くなのにも関わらず、ここを発見されなかったのは不幸中の幸いだった。


 本来イロアダイユニットがあった秘密工廠と繋がっていた通路は、敵の砲撃の際に落盤し塞がれてしまっていた。


 だが地上へ直通の出入り口はある。


 ハーキュリーズをエレベーターが隠蔽された場所に着地させ、遠隔操作でその施設を起動した。

 途端に、地震のように周囲の地面が揺れ出した。


 木々を薙ぎ倒し、土を払い除けながら、東に向かって一直線に地面が割れる。

 隠されたシャッターが開いたのだ。


 下から複数のブロックに分かれたレールが上がってくる。

 それらは先端に向かって弓なりに反り上がりながら、連結機器で互いを接続し、地下4キロ地上12キロ、計16キロに及ぶ長大なレールとなった。


 衛星軌道上への資源打ち上げ用のマスドライバーだ。


 イロアダイユニットにもワイズマン・リアクターは内蔵されているが、ハーキュリーズのリアクターと併用して出力を極限まで高めても、宇宙へ上がるには推力が足りない。


 その"僅か"を補うため、ハイドラはマスドライバーによる射出を選んだのだ。


 目の前の一見何の変哲もない地面が持ち上がり、巨大なコンテナが姿を現す。

 正面のゲートが左右に開くと、その先は大きな貨物室になっていた。


 静かに足を踏み入れ、やはりコックピットからの遠隔操作でゲートを閉じる。


 安全を確認したエレベーターはリッゲンバッハ式のラックレールを通り、ハーキュリーズの進行方向から見て左下へと降り始めた。

 梯子状のレールに歯車ピニオンを咬み合わせて斜め上下に移動する、斜行エレベーターだ。


 100メートルほど下に行くと、間もなく一方が開けた細長い空間に出た。

 空間中央から開けた方に向かってレールが伸びている。

 こここそがマスドライバーの管制ステーションなのだ。


 壁際に沿って設置されたスロープをコンテナはさらに下っていく。


 エレベーターの終点に辿り着いたところで、乗り込んだ時とは反対側、ハーキュリーズ正面にあるもう一つのゲートが開いた。


 レールを見下ろす高さにある今は無人の管制室を前方に見据えながら、ハイドラは起点へと向かう。


 そこには舟形をした物資射出用のフラットカー台車が設置されていた。

 ハーキュリーズはその上で腹這いになるように高速巡航形態に変形する。


 併せて背中のイロアダイユニットも自走形態に戻る。

 ブラスターランチャーは両肩を離れ、ヒンジアームの収縮と共に腰部分に移動する。

 エクスブラスターライフルとシザープレッシャーをハーキュリーズが手離し、合体状態のままイロアダイユニット主翼部分に懸吊される。

 チェーンソーブレード付き補助スラスターだけは、両脚部に装備されたままだ。


 こうしてハーキュリーズは、航空機が航空機を背負っているような異様な姿になった。


 フラットカーの左右から爪状のロック機構が起き上がり、両肩・両腰・両脛でしっかりと機体を固定する。


 これで発進準備は完了だ。


 ハイドラは遠隔操作でマスドライバーの管制システムを呼び出した。

 背後からハーキュリーズよりも更に巨大な稼働音が聞こえてくる。

 レールに電力を供給するワイズマン・リアクターが稼働を開始したのだ。


 ハイドラもハーキュリーズとイロアダイユニットのリアクターを共振稼働状態にする。


 エネルギー生成タイミングを合わせることで、2つのリアクターの合計出力を更に2乗するシステムだ。

 コンソールモニターに表示された出力係数が一気に跳ね上がり、甲高い稼働音が女性の歌声めいた美しい音色に変わる。

 二つのリアクターの同調が、互いのエネルギーを極限まで高め合う。


 間もなく進路上に障害がないことが確認され、コンソールモニターに"進路クリア"のメッセージが届く。


 天井から下がるシグナルが赤から青になると同時に、ハイドラは両足のペダルを一気に踏み切った。


 同時にフラットカーがローレンツ力に押されてレールを走り出す。


 スラスターとマスドライバー、2つの推力が殺人的な加速となって襲い掛かる。

 常人なら一瞬で失神する加速度だ。


 このマスドライバーは資源打ち上げ用。

 人が乗る物を打ち出すことは想定していない。


 操縦席に押さえつけられながらもハイドラは前を確かに見つめていた。


 全ては火星に向かうために。


 ハーキュリーズは一瞬で地上へと飛び出し、湾曲を駆け上ってレールの終点へ。


 そして終点からフラットカーと共に空中へと踊り出た。


 寸分の狂いもなく3秒後にフラットカーはロック機構を離し、役目を終えて地上へと落下していく。


 ここからはスラスターの噴射と機体に与えられた加速だけが全てだ。


 すっかり青くなった空を、一筋の光が宇宙へ向けて飛び去っていった。

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