Part8 神鳥墜つ

*ターマイト*


 指揮官機のイヴリースから先行偵察の指令を受けたターマイトが、レールガンの集中砲火でクレーターと化したポイントGに踏み込んだ。


 地下への通路だった場所を塞ぐ瓦礫を器用にすり抜け、容易に最奥部のシャッター前まで辿り着く。


 シャッターは反対側からの熱で溶けつつあった。


 ターマイトが本格的な調査に入ろうとした次の瞬間、シャッターを突き破って放たれたビームがターマイトを吹き飛ばした。


 そのカメラセンサーに映った最後の映像は、プラズマ化した金属粒子の奔流がカメラの視界を覆いつくす光景だった。






*ノゾミ*


 ポイントGから上空に向かって緑のビームが伸びた。

 先行偵察に向かったターマイト1機の反応がレーダーから消失する。


 ビームプロジェクターの使用に備え、前部レールガンの効果を確認している時のことであった。


 他の搭乗員が何が起きたのかと呆気にとられる中、ノゾミだけは口惜くやしさに奥歯を軋らせていた。


「やはり、間に合わなかったのね……」


 クレーターほぼ中央部、ビームが発射された地点の近辺に、半壊した人工構造物が露出していた。


 レールガンによる砲撃は成功した。


 だが地下施設の装甲は、"エキドナの子"がポイントGにある物を手に入れる時間を稼ぐことには成功したらしい。


 コンソールモニターの拡大映像に映る、舞い上がった砂埃の中にキグナス1を示すタグが付いた。

 ビームが地面に空けた横穴を一歩ずつ踏みしめるように通り抜け、崩れ落ちた無人工廠の中からウォーレッグが姿を現した。


 砂埃が晴れた時、クレーターの底に佇んでいたその全身には、新たな装備が追加されているのが分かった。


 両肩には砲戦用の兵装らしい機器が折り畳まれ、小さなクレーン車を担いでいるようなシルエットになっている。

 両手にはそれぞれ新たな携行武装が握られ、右手の銃器からは熱で陽炎が立ち昇っている。

 両脚は膝から下がアンバランスに太くなり、どことなくガウチョパンツを連想させる。


 胴体以外はほぼ別の機体と化していたが、識別システムは確かにキグナス1であると認識していた。


 "エキドナの子"が手に入れようとしていた物は、これだったのだ。


 ノゾミは自らの敗北を悟った。

 しかし何もせずただ勝利を譲るつもりもなかった。


 大口径対地ビームプロジェクターの再チャージは完了している。


 もう一度照射できる。

 泣いても笑っても、次が最後の攻撃となるだろう。

 単純だが、最も効果的な攻撃案がある。

 それは地上部隊に犠牲となることを強いるものでもあるが。


 ノゾミは静かに副操縦手に告げた。


「地上部隊に通信を繋いで。内容は私の口から伝える」


 副操縦手は何も言わず無線機を操作した。


「私は今から、貴方達に死ねと命じるわ」


 送話器に向かって淡々と言葉を吹き込む。


「『突撃せよ。ビームプロジェクター照射まで、全力を以てキグナス1を阻止すべし』。ビームプロジェクター、照射準備」


 地上との回線を開いたまま砲手に告げて、ノゾミは通信を終えた。







*ハイドラ*


 秘密工廠から地上に出た時、ハイドラはその周辺が大きく抉られていることを初めて知った。


 木々は完全に消し飛ばされ、地面がすり鉢状に抉られている。


 ハーキュリーズが居るのはそのすり鉢の中央部で、背後では地下化されている部分の3分の1ほどが露出し、レールガンによる攻撃の激しさを物語っていた。


 これ位ひらけてしまえば、レーダーもある程度は役に立つ。


 コンソールモニターとスクリーンモニターに、モーショントラッカーとの同時起動でレーダーを呼び出す。


 すぐに前方から5機のウォーレッグが斜面を滑り降りてくるのが映った。

 スクリーンモニターの映像でも確認する。


 サンダーバード級もこちらに迫っている。

 役者は揃った。

 決着を付けよう。


 ハイドラはタッチパネルの兵装セレクタから、まず両肩のブラスターランチャーを選択した。

 砲身を折り畳んだショートバレルモードのままだ。


 敵ウォーレッグ隊の足元を崩すように光弾を3連射。

 2機のイヴリースはスラスターを吹かし、3機のターマイトは脚部を張り詰めさせてその場を飛び退いた。


 だが3機のターマイトの中の1機が、ほんの僅かに遅れるのを見逃さなかった。

 4発目が容赦なく撃ち込まれ、新たなクレーターを残して蒸発させる。


 その間に残りの4機は地形の底へと降り立っていた。


 次はエクスブラスターライフルだ。

 銃後部でイロアダイユニットと接続されたアームの補助を受けつつ、迫る敵機に重々しく銃口が向けられる。


 クレーターに溝を刻みながら緑の野太いビームが走り、そばかすめた2機のターマイトが爆散した。


 だが最後に残った2機のイヴリースは、空中に飛び上がりハーキュリーズを近接攻撃の射程に捉えた。

 右から来るイヴリースはハイバイブダガーを手に、左から来るイヴリースはプラズマバヨネット付きのショットガンを腰だめに構えて。


 だがそれぞれを、ハーキュリーズは右膝と左腕で捕らえた。


 右補助スラスターに折り畳まれたチェーンソーブレードが展開、イヴリースのコックピットを貫き、背中から血まみれになって飛び出す。

 突き出された左腕のシザープレッシャーが、ペンチ状のシザー部分でイヴリースの胴体を掴み、アルミ缶のようにコックピットを挟み潰す。


 敵ウォーレッグ全機破壊までおよそ40秒。

 ハーキュリーズは全ての動作をその場から一歩も動かずやってみせた。


 後はサンダーバード級空中ステルス揚陸艦だけだ。

 スクリーンモニター正面に映ったサンダーバード級の腹部で、レンズシャッターが開いた。

 こちらと正対する航路を取っている。


 ビームプロジェクターを使う気らしい。

 ならば受けて立ってやる。


 両肩に折り畳まれた2門のブラスターランチャーの砲身が伸び、フルバレルモードとなる。


 この武装ならば、この距離でも反磁力パルスを容易に貫通できる。


 空を仰いだハーキュリーズの頭部バイザーが上がり、保護されていた双眼式のランプセンサーが目標との距離/目標の進行方向/目標の速度を探り始めた。

 それらは周囲の環境情報と総合され、機体の旋回角とランチャーの俯仰角としてハーキュリーズ本体に伝えられる。


 西部劇の決闘めいた張り詰めた空気の中、ハイドラの手動操作で最終調整が行われ、踵のリニアパイルで地面に機体が固定された。


 ツインブラスターランチャー、発射準備完了。






*向かい合う二機*


 腹部のビームランプを青白く光らせるジャターユス。

 余剰エネルギーで砲口から緑の光を漏らすハーキュリーズ。


 双方の機体のシステムが、必殺の武器が有効射程圏に入ったことを搭乗者に告げる。


 そして引き金は引かれた。


 引かれたのはほぼ同時。

 だが0.3秒の差で先に引かれたのは――ハーキュリーズだった。


 遥か上空へ向けて放たれた緑のビームが、ジャターユスを貫く。


 ビームプロジェクターに充填されていた重金属粒子が安定性を失い逆流。

 一瞬で機体内を駆け巡った末、背部から腹部へ開けられた穴から炎となって噴き出した。






*ノゾミ*


 強烈な縦揺れがブリッジのノゾミ達を襲った。

 同時にコンソールモニターの高度計がたちまち下がっていく。


「暗号通信で、戦闘詳報を火星に送信なさい……」

「了解……送信します……」


 レーダー手に最後の指示を出す。


 敵のビームは強力だった。


 地上部隊が狙われた時点で分かっていたことだが、その威力にジャターユスの反磁力パルスは耐えられず、どこにどう命中しても致命傷を避けられないという計算結果が出ていた。


 その上狙いも正確だった。

 ビームプロジェクターのランプ部分を撃ち抜き、発射寸前の金属粒子が暴発するという二次被害が発生した。


 攻撃の際開いた穴が爆風の抜け道となり、機体の四散こそ免れたものの、それが搭乗員達に拷問のような数十秒を与える結果となった。


 背後から聞こえてくるはずのエンジン音が聞こえなくなり、不気味に静まり返っている。

 ワイズマン・リアクターがオーバーロードを検知し、緊急ロックが掛かったのだ。

 この状態でのロック解除は、即ち自爆を意味する。


 なんとか機体を引き起こそうと操縦桿やレバー類を操作するが、反応しない。

 本来なら非常用発電装置が作動するはずなのだが、暴発の際に電路が破壊され、主翼に電気が届いていないのだろう。

 万事休すだ。


 ジャターユスは急角度で落下を続けていく。


 クレーターを通り過ぎ、ジャングルの中へ。


 木々の一本一本が、はっきりと見えてくる。


 自らの運命を悟った時、ノゾミが呟いた言葉は一つだった。


「マリィ……貴方の所へ……」


 それが実際に声として出たのかどうかは、ノゾミ自身にも分からない。

 だが結末がどうであれ、この戦いの先でマリアンネが待ってくれているという、根拠のない確信だけがあった。


 次の瞬間、ジャターユスは機首から地面に叩き付けられ、ブリッジの人間達を圧し潰した。

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