Part7 新たなる力

*ハイドラ*


 熱帯雨林の地下に広がる箱状の空間。


 今、その一角でハイパーべトン製の壁が不意に熱発光を起こした。


 続いて融解した部分から火花と共に、緑色に光るプラズマバトンの誘導管が突き出す。

 壁が大きく円形に切り取られ、外側からの力で空間の内部に蹴り込まれた。


 開いた穴をくぐり、こうしてハイドラとハーキュリーズは地中からの進入を果たした。


 辺りには整備用の機器類や放置された武器類が並んでいる。


 統合大戦中、統合派が建設した"スパルトイ計画"のための秘密工廠だ。

 リスク分散のため、同規模の施設が世界各地に存在する。


 内部はオレンジ色の非常灯で仄明るく、大戦終結から16年が経った今でも電源が稼働していることを示している。


 ハーキュリーズが一歩を踏み出すや否や、防衛システムが反応した。


 天井に設置されたガトリングタレットが一斉にレーザーサイトを向け、十数機の警備ドローンが出迎えるように飛んでくる。


 だがそれらは闖入者が敵でないことを認識するとすぐに矛を収めた。


 タレットはレーザー照射を止めて自らが警戒すべき方向に向き直り、警備ドローンは踵を返して去っていく。


 代わりにメイン照明が点灯する。


 光は中央のメンテナンスデッキに堂々と置かれた、航空機の姿を照らし出した。


 主翼は三角形の所謂いわゆるデルタ翼、尾翼はV字形。

 だが胴体は全幅に対して極端に短く、後部のスラスターユニットが無ければ全翼機に見えないこともない。


 全長はおよそ14.5メートル。

 機首のキャノピーに当たる部分にセンサーユニットがある、無人航空機だ。


 解析システムを呼び出した途端、大量のタグが現われ、その全身が武器の塊になっているのが分かった。


 胴体左右から前方に向かって、全長のほぼ半分を占めるブラスターランチャーが2門。

 背部に長方形の30発入りマイクロミサイルコンテナが2基で計60発。

 右主翼下側にエネルギーケーブルとアームで本体と繋がったブラスターライフル拡張用パーツ、通称エクスブラスターパーツ。

 左主翼下側に同じくエネルギーケーブルとアームで繋がったシザープレッシャー。

 機体後部にチェーンソーブレード付き補助スラスターが2基。

 尾翼付け根にミサイル及びレーダー攪乱用のチャフ/フレアディスペンサー。


 スクリーンモニターとレーダーの識別には、"AAXS-ARS05 イロアダイユニット"と表示されている。


 ハイドラはその名前を知っていた。


 統合大戦中、スパルトイ計画で建造されたウォーレッグの戦闘力を底上げすることを目的とする、自走型兵装拡張プラットフォームの一つだ。


 決定版として造られながら実戦投入の前に終戦を迎え、この工廠に放置されていたのだ。


 ディシェナが言っていた役に立つものとは、これだったらしい。

 心の中で彼女に感謝する。

 イロアダイユニットさえあれば、サンダーバード級やウォーレッグ隊を圧倒できる。


 早速装着作業に取り掛かろう。


 ハーキュリーズをユニットの載っているメンテナンスデッキに上がらせる。


 自走型兵装拡張プラットフォームは、スパルトイ計画機と合体ドッキングすることで運用される。


 その時、工廠全体が激しい揺れに見舞われた。

 照明が激しく明滅し、天井から砂埃が降ってくる。


 敵の攻撃が始まったらしい。

 サンダーバード級のレールガンだろう。


 今の所、地中と工廠内を隔てるハイパーべトンに塗られた、運動遮断コーティングが防いでくれているが、これは運動兵器にしか効果がない。

 またコーティング自体にも耐えられる運動エネルギーに限界がある。


 更に対光学兵器用の反磁力パルスを起こすためのコイルは、電力との兼ね合いで埋め込まれていない。

 ハーキュリーズが壁を破って工廠内に入れたのは、光学兵器のプラズマバトンを使ったからだ。


 敵も同じように光学兵器を出してくれば、一溜ひとたまりもない。

 地面を掘り返されたところにビームプロジェクターを照射されれば、工廠諸共クレーターと化してしまうだろう。


 そして工廠の位置を特定されたということは、"あれ"が発見されるのは時間の問題ということでもある。

 "あれ"はイロアダイユニットを装備して宇宙へ行くにはどうしても必要になる。


 急がなければ。


 コックピットの操縦桿、右手側のタッチパネルで、ドッキング作業の遠隔ファンクションを呼び出す。


 工廠の天井、それもメンテナンスデッキの真上に稲妻状のひびが入った。


 メンテナンスデッキの周囲に設置された8本のマニピュレータ・アームが、イロアダイユニットを掴んで、器用に持ち上げた。

 工廠のメインコンピュータに記録された動きに従い、ユニットを垂直に起こす。


 時折1、2本のマニピュレータが他のマニピュレータに任せて離れ、違う場所を掴み直しながら背中を向けるハーキュリーズの方へ。


 工廠の揺れは次第に大きくなっていくが、自動化されたシークエンスはひどくマイペースだ。


 ハーキュリーズは、腰後部の装甲が左右にスライドして開き、細長いソケットを露出させた。

 イロアダイユニット腹部から出てきたコネクタが接続、背部から貫くロックボルトがハーキュリーズ側に捻じ込まれ、ロックされる。

 装甲シャッターが繋がった機構部を保護するように閉じる。


 姿勢制御のジャイロホイールや排熱ファンといった機構の振動に、ユニットからの新たな振動が加わり、心地よいハーモニーがコックピットのハイドラを揺さぶった。


 イロアダイユニット側のワイズマン・リアクターが始動したのだ。


 リアクターが二つあればとあるシステムが使えるようになるが、今はまだ使わない。


 天井の罅が次第に大きくなっていく。


 マニピュレータ・アームが離れ、自走形態のユニットの各武装が、武装形態として定位置に移動していく。


 ブラスターランチャーの付いた胴体前半分が、隠されたヒンジアームで伸長し、バックパックに接続される。


 ランチャーは機構部共々左右にせり出し、ウィング上部を乗り越えて、ハーキュリーズ両肩後部のウェポンクリップに固定。

 一旦砲身が2つに折り畳まれ、ショートバレルモードになる。


 揺れは止んだが、頭上から砂が落ちてきた。

 天井が自重に耐えられなくなりつつある。

 間に合うか。


 続いてエクスブラスターパーツとシザープレッシャーが器用にウィングの下を通り、両手元に移動する。


 ブラスターパーツは前後2つに開き、ハーキュリーズ右手のブラスターライフルを挟み込むように閉じる。

 エクスブラスターライフルの完成だ。

 シザープレッシャーは、ハーキュリーズ左手のシールドに覆い被さるように装着。

 まるでタワーシールドのような風貌となった。


 最後に補助スラスターが展開、ハーキュリーズの両膝から下を包み込むように閉じて、装着作業は完了した。


 コンソールモニターの三面図には、厳つい姿となったハーキュリーズの画像があった。


 同時に限界を迎えた天井が落ち、工廠内に土砂が降り注いだ。


 寸での所でメンテナンスデッキを下り、ハイドラは白い機体を本来の出入り口へと突進させる。


 自己点検もそこそこにモーショントラッカーを呼び出すと、小さな反応が出入り口に近付いているのが分かった。

 おそらくターマイトだろう。


 ゲートを焼き切る気か。


 背後には土砂が津波のように迫っている。


 反撃の時は来た。

 ここは一つ、派手にやってやろう。


 ハイドラは出入り口を塞ぐシャッターにエクスブラスターライフルを向けた。

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