Part5 消えたハーキュリーズ

*ハイドラ*


 ハイドラは秘密工廠を目指し、進撃を続けていた。


 目標地点まで、残り8キロ。


 モーショントラッカーには、数分前ディスプレイの端にターマイトらしき光点が数秒映ったのを最後に、ウォーレッグの反応は映っていない。


 こちらの行き先に先回りしていると考えるのが妥当だろう。


 一方で上空では相変わらずサンダーバード級の触接を受け続けている。


 大口径対地ビームプロジェクターは、一度使用すると長時間の再チャージを必要とする。

 次はどの武装が来るか。

 レールガンか、機関砲か。


 だがハーキュリーズを襲ったのはどちらでもない武器だった。


 枝の間から、頭上を左から右へ横切ろうとするサンダーバード級が尾部のランプゲートを開けるのが見えた。


 スロープの投下レールに沿って、四角い物体が次々と落ちてくる。

 数は多くはない。


 敵の意図が何なのか理解した時、ハイドラは脚部スラスターを吹かしてその場を離脱した。


 ホバー走行は起伏の大きい場所では安定性が落ちるが、今は速度を優先すべき時だ。


 直後、コンマ数秒前までハーキュリーズが居た場所で、地面に叩きつけられた物体が爆裂した。


 泥が巻きあげられ、着弾地点の樹木が空高く吹き飛ぶ。


 間違いない。

 コンテナ爆弾だ。

 その名の通り、空の補給コンテナに余り物の爆発物や可燃物を詰め込んだだけの即席クラスター爆弾で、統合大戦中は補給を断たれた敵が、奥の手として繰り出してくることが多かった。


 油断ならない武装だが、同時に敵組織アーガスの懐事情の厳しさを窺うことができた。


 アーガスに、正面切って戦える力はあまりない。

 この戦いを乗り切れば、何の邪魔もされず宇宙へと飛び立てる。

 今更ながら、ハイドラはそう判断した。


 爆撃を凌いだハーキュリーズに、そのまま後部レールガンが向けられる。


 スーパーアロイ製の砲弾の初速は秒速12万キロ。

 おまけにサンダーバード級の火器管制システムは、偏差射撃の精度に定評がある。


 常人のパイロットなら、コンピュータ制御の攪乱機動に賭けるしかない状況だ。


 だがハイドラは運を天に任せたりはしない。


 自らの瞬間予知同然の反射神経と、ハーキュリーズの驚異的な操作レスポンスなら、攪乱機動に頼る必要はないと分かっているからだ。


 可能な限り速度を落とさずに移動できるルートを計算させ、スクリーンモニターにCGで表示する。


 レールガンの逆三角形の銃身が閃くのを見てから、回避機動に入った。


 サンダーバード級のレールガンが一度のチャージで撃てる弾数は、1門あたり3発。現在ハーキュリーズを射界に捉えているレールガンは2門。最大6発が来る計算だ。


 まず1発目と2発目を稲妻型を描くように回避。

 続いていびつな正方形を描くように3発目から5発目。

 最後に前方3メートルとない場所に着弾しようとした6発目を、急制動からの直角スライドでかわし切った。


 これでサンダーバード級には後部レールガンの電力を再チャージを待つか、他の武装を向けるために回頭するかしか選択肢は無くなった。


 その間に秘密工廠に辿り着こう。

 ハイドラには秘策があった。






*ノゾミ*


 ジャングルに空いた幾つものクレーターを前に、ノゾミは一息をいた。


 既に地上部隊から通信で展開完了の報告が入っている。


 キグナス1の撃破にこそ失敗したが、時間稼ぎには成功した。


 敵はポイントGまで4キロの距離にいる。


 カンジ漢字の"山"のような形の操縦桿を左に倒しつつ、新たな指示を出す。


「地上の各機へ通達。『前進せよ』。左舷機関砲、全門開け。準備でき次第、対地射撃始め!」


 ジャターユスは敵機と並行しながら飛行する形になる。


 無論、銃撃程度でキグナス1が落ちるとは思っていない。

 地上部隊がいる方向に誘い込むためだ。


 先程の強行突破でターマイトやイヴリースでは歯が立たないのは分かっている。

 だが一瞬だけでいい。足を止めてくれればそれでいい。

 全てはレールガンを撃ち込むために。


 左舷側5門の40ミリ機関砲が火を噴いた。


 砲口から地上に向かって5本の赤い破線が伸びる。

 その先で木々が薙ぎ倒され、泥埃が舞い上がり、密林地帯に爪痕のように着弾痕が刻まれる。


 一度目の斉射の直後、地上で突然一際大きな爆発が起こった。

 同時に簡易レーダーディスプレイから、キグナス1を示す反応が消えた。


「キグナス1の反応、消失……」


 レーダー手が何が起きたか分からないというように告げる。


 弾薬類の誘爆に巻き込まれたか、機銃弾が跳弾してスラスターからリアクター内に飛び込んだか。

 いずれにせよ呆気ない最期だった。


 だがノゾミが爆心地の拡大映像をコンソールモニターに呼び出した時、すぐに不自然さに気付いた。


 ウォーレッグらしい残骸が見当たらない。

 普通なら爆散しても破片がある程度残るはずなのに。


 キグナス1は撃破されたのではない。

 姿を消しただけだ。

 一体どうやって消えた。

 この一瞬の内に。


 ノゾミの顔に初めて、動揺の色が浮かんだ。

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