Part2 鳥の王

*ノゾミ*


 白いウォーレッグが、ジャングルの中へ姿を消す。


 一見何もないように見える空域に、その様子を窺うように飛ぶ、一機の航空機があった。


 全長475メートル、全幅786メートルの、空中ステルスにカテゴライズされる超大型航空機である。


 反統合派のステルス技術は、レーダーはおろか、肉眼からも巨大な機体を完全に隠していた。


 この巨人機、"AISS-4ジャターユス"こそが、ジャングル地帯にウォーレッグ隊を展開した張本人であった。


「第2小隊がキグナス1を捕捉、交戦に入った模様!」


 隣の副操縦席からの報告を聞き、機長席のシンドウ・ノゾミは静かに頷いた。


 これほど早く、仇討ちの機会が訪れるとは思わなかった。


 ジャターユスは当初、ターゲットとなる白いウォーレッグ"キグナス1"が西に逃走する場合に備え、カリブ海の海底資源採掘プラットホーム跡地を流用した秘密基地に移動し、待機していた。


 だが工作員からレヴィアタン撃沈とキグナス1の弾道飛行開始の報を聞き、予想降下地点に急行してきたのだ。


 結果、着地点をずらすために予備機のイヴリースを繰り出すという、想定外の手段を講じこそしたものの、搭載戦力のほぼ全力に当たる4個小隊が展開する中にキグナス1を誘い込む作戦はおおむね成功した。


 邪魔者はもういない。近くにある小規模な統合軍の基地は破壊してある


 後は連携して敵を倒すだけだ。


「マリィ、貴方一人だけを逝かせはしないわ」


 ノゾミはコンソールモニターと向き合いながら大切な人の愛称を口にした。


 それはマリアンネ・ガブリロワがアーガスのメンバーでただ一人、ノゾミだけが呼ぶことを許した名であり、マリアンネからノゾミへの信頼の証だった。


 大切な人。

 自分達の関係にそれ以上の言葉は必要なかった。


 彼女と対面したのは11年前、火星でのことだった。


 ノゾミとほぼ同時期に同じ人物からスカウトされ、3日遅れで火星入りしたマリアンネだったが、その当初から反統合派残党組織アーガスのターゲット"エキドナの子"に対し、構成員の中でも特に攻撃的な発言を繰り返していた。


 そんな彼女に、"エキドナの子"による故郷への核攻撃で妹を失ったノゾミも、共感を抱くと同時に危うい気配も感じていた。


 この人は誰かが側に居てあげなければ、憎しみという支えを失った時、駄目になってしまう。


 そう考えたノゾミは、自らの身を顧みないマリアンネが、せめて自分の隣だけでも安らげるよう尽くした。


 そんな彼女にマリアンネも心を開き、自分をマリィと呼ばせ、ノゾミをファーストネームで呼ぶようになった。


 だが、ノゾミの献身があったからこそ、マリィは復讐を果たす道を選んでしまったのかもしれない。


 ベーリング海にあるもう一つの基地で、彼女と最後に言葉を交わした時のことだ。


 マリィは確かに言った。

 "エキドナの子"は私の獲物。

 邪魔をするなら、例えノゾミでも容赦はしない、と。


 その憎しみを、ノゾミは否定しきることはできなかった。

 その時のノゾミにできたのはただ、復讐の先の未来を示すことだけだった。


 だがマリィは太平洋に散った。


 その未来が閉ざされた今、ノゾミは"エキドナの子"と刺し違える覚悟でこの戦いに臨んでいた。


 万が一生き残ったとしても、自ら命を絶つつもりでいた。


 もう"エキドナの子"など関係はない。

 マリィ、私の願いはただ、貴方の許へ行くことだけ。


 その覚悟を胸に、ノゾミは搭乗員達に指示を出した。


「高度落とせ」


 これは隣の副操縦席で操縦桿を握る副操縦手に。


「クローキングモード解除」


 これは副操縦手の背後に陣取りコンソールモニターを操作する航法手に。


「対地戦闘用意」


 これは機長席と背中合わせでガンカメラのモニター群を凝視する砲手に。


「地上部隊とのデータリンクを密になさい」


 これはコックピット左側を向いてメインレーダースコープを覗くレーダー手に。


 搭乗員はノゾミを含め全員が女性だ。


 この戦闘においてジャターユスは対地攻撃支援の他、比較的阻害されにくい縦方向の通信を利用し、地上に展開したウォーレッグ部隊の通信中継ステーション及び指揮管制機となる役目を担っていた。


 機長席のコンソールモニターに表示された、簡易レーダーディスプレイが地上からのデータリンクを基に更新され、キグナス1の正確な位置を映し出す。


 どこへ逃れようと、見つけ出す。


 ノゾミはキグナス1を示す反応を睨み付けた。






*ハイドラ*


 目的地の座標へ向かうルートは2つ。

 ジャングル地帯を直進するか、一旦川に出て大回りするか。


 ハイドラは真っ直ぐハーキュリーズを進めることを選んだ。


 敵に捕捉されている今、迂闊に開けた場所に出れば、密林に身を隠した相手の格好の的にされるという判断からだった。


 鬱蒼と生い茂る木々はシールドで押し退ける。


 目標地点まで残りおよそ20キロ。


 モーショントラッカーには、付かず離れずの距離を保ちつつ並走する、ウォーレッグの反応が6つある。


 大きいものが2つと小さいものが4つ。大きい反応は有人機のイヴリース、小さい反応は無人機のターマイトだろう。


 横を見ると時折、曲線的な人型ボディをしたイヴリースがスクリーンモニターに映っては、予想位置を示すCGとなってジャングルの緑に溶け込み消える。


 頭上ではしなやかな4本脚を持ったターマイトが1機、板状の胴体を振りながら、枝から枝へと左右交互に脚を絡めて移動している。


 ターマイト登場後、反統合派は組織的戦闘においては基本的に、イヴリース1機とターマイト2機を1個小隊として運用していた。


 単純に考えればハーキュリーズは2個小隊に張り付かれていることになる。


 一先ひとまず迎撃の準備はしておこう。


 ハイドラはライフルを速射モードに切り替えた。

 四角いロングバレル部分を右肩後部のウェポンクリップに固定して外すと、ブラスターライフルはサブマシンガンのような外見の速射モードに変わる。


 これだけだが準備は完了だ。


 後は敵はどこでどのように仕掛けてくるかだが、ここは一つ、敵を誘ってみよう。


 ハーキュリーズの行く手に、広場のように開けた場所があった。

 どういう理由でこういうことになったのかは分からないが、好都合だ。


 迷わず機体を広場に滑り込ませる。


 平面ディスプレイを見ると、敵はこちらを取り囲むように展開し直しているようだった。


 ハーキュリーズは辺りを見回すように警戒しつつ、時折モーショントラッカーの反応に向かって牽制するように、素早くブラスターライフルを向ける。


 イヴリースが来るか、ターマイトが来るか。射撃武装で来るか、近接武装で来るか。


 しばらくの間膠着状態が続いたが、その時間は唐突に終わった。


 不意に頭上の空が陽炎のように揺らいだかと思うと、巨大な航空機が姿を現したのだ。


 広場に差し込む陽光を遮ってしまうほどに巨大だ。

 こちらに向かって飛んでくる。

 ハイドラはその航空機が何者なのか、よく知っていた。


 胴体は潰れ気味の卵型。

 その上端部から左右に向かってややテーパーの付いた主翼が広がっている。

 尾部は上に向かって反り上がり、そのまま十字型の尾翼になっている。


 主翼内に埋め込まれたエンジンは、ワイズマン・リアクターの熱を利用する熱ジェットエンジンで、理論上の航続距離は無限だ。


 武装は40ミリ火薬機関砲が左右各5門の計10門、120ミリレールガンが前方2門後方2門の計4門、腹面中央に大口径対地ビームプロジェクターが1門。

 いずれもコンピューター制御が可能。

 更に対空兵装として主翼上面側の付け根に4連レーザー機銃が計2基装備されている。


 反統合派のお家芸たるステルス技術は、複合ジャミングや偏光スモーク、消磁コイルが装備され、これらを最大稼働させるクローキングモードにより、電子的・光学的観測手段から完全に姿を消すことができる。


 そのステルス能力で監視の目を掻い潜り、最大14機搭載可能なウォーレッグと共に目標を焼き払う奇襲戦法は、統合大戦において大きな脅威となった。


 反統合派の地球上における空中拠点、空飛ぶ要塞、サンダーバード級空中ステルス揚陸艦だ。


 あれがジャングルで自分を待ち構えていたウォーレッグ達の母機という訳か。

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