Chapter5:幻翼

Part1 天空より

*とある基地*


 完敗だった。


 破壊された基地の上空に突如現れた巨大な影を見上げながら、生き残った兵士達は悟った。


 全ては敵ウォーレッグが何の前触れもなく現れたことから始まった。


 迎撃に上がる前に攻撃が始まり、配備されていたなけなしのタスクは、離陸すらできずに地上撃破された。


 そして敵はウォーレッグを破壊するだけ破壊すると、それ以上欲を出さずさっさと引き上げていった


 これで終わりかと思ったら、駄目押しにあいつだ。


 この小基地にもう攻撃の手段は残っていない。

 負けを認めるしかない。


 日の光を遮るように飛ぶ航空機の腹部に、幻想的な青白い光が灯る。


 それは大戦中も幾度となく繰り広げられた流れだった。

 直後、兵士達の身体は痛みを感じる暇すらなく消滅した。






*ハイドラ*


 機体周囲の大気が、断熱圧縮で燃え上がる。

 ハーキュリーズの弾道飛行は、再突入のフェーズに入っていた。


 ハイドラの眼下には朝靄に包まれたジャングル地帯が見える。

 統合政府成立以前、アマゾン川と呼ばれた川の流域に広がる、熱帯雨林だ。


 問題が生じなければ、統合派の秘密工廠を示す座標から、3キロほど南の位置に着地できる計算になっている。

 そう、問題が生じなければ。


 高度およそ9000メートルの位置で、それは起こった。

 スクリーンモニターの立体レーダーに、何の前触れもなく敵機の反応が映った。


 同時にロックオン警報が鳴り響く。


 位置は斜め上後方。

 かなり近い。


 ハーキュリーズを高速巡航形態からウォーレッグ形態に戻し、逆噴射を掛けながら反応の方向へ向けた。


 そこには曲線的な体躯のウォーレッグ・イヴリースが2機。

 両足と両腕を後方に折り畳むだけの簡素な飛行形態を解き、肩に担いだレーザーランチャーでこちらを狙っている。


 一体どうやってこの距離まで接近できたのか。


 疑問を解明する暇もなく、イヴリースが撃ってきた。


 背面飛行のハーキュリーズをバンクさせ躱す。

 まず来た1発目を左に。

 もう一機が照準を修正して放った2発目を右に。

 2度とも青白いビームがハーキュリーズのそばかすめた。


 レーザーランチャーはウォーレッグの携行火器としては最強クラスの威力があるが、連射が効かず、その大きさと重さゆえに取り回しに難を抱える。


 反撃するなら今だ。


 ハイドラはイヴリースにブラスターライフルを向け、2度トリガーを引いた。


 緑色をした重金属粒子のビームが、空に向かって2本走る。


 1機目はコックピットを正確に撃ち抜かれ、胸部に大きな穴が開いた直後、爆散した。

 2機目はランチャーに直撃を受け、充填されたエネルギーが誘爆、右腕から順に吹き飛んだ。


 花火のような2つの爆炎を見届けながら、数瞬だけ考える。


 イヴリースは生産性を考慮して、元々高度なステルス機能は内蔵されておらず、先程の2機はどちらもステルス装備を後付けしてはいなかったように見えた。

 にも拘らず、レーダーの索敵範囲の内側に突然現れた。

 母機が何らかの方法でカメラとレーダーから姿を消し、密かにこちらの索敵圏内に踏み込んでイヴリースを放った、と考えるのが妥当だ。

 もしそうなら、母機はまだ近くに居るはずだ。


 ステルス技術に関しては反統合派が一日いちじつの長がある。このまま空に留まっていれば、確実に第2次攻撃を受けるだろう。


 一旦ジャングルに身を隠すべきだとハイドラは判断した。


 逆噴射を切り、ハーキュリーズを頭部から逆落としに急降下させる。高度計の数字が一気に減っていく。

 約100メートルの高さで姿勢を戻し、ウィングと脚部のスラスターを吹かす。

 木々を薙ぎ倒しながら着地を決め、すぐにジャングルの中に分け入っていく。


 着地点は座標から直線距離で南西20キロほどの位置。

 先程の回避運動で、かなりずれてしまった。

 ウォーレッグなら歩いてもそれほどかからない距離だ。


 だがこれだけ植物が生い茂っている場所では、横方向のレーダー波は遮られて使い物にならない。


 すぐに索敵機器をレーダーからモーショントラッカーに切り替えた。

 これは磁場の変化を基に動いている対象を探知するセンサーで、障害物の影響を受けにくい。

 だがレーダーと比べて索敵範囲は狭く、静止している相手はディスプレイに捉えられないという短所がある。


 起動した直後、コンソールモニターの平面ディスプレイに四方八方から接近する、多数の反応が現われた。

 スクリーンモニターの立体ディスプレイの識別は、ウォーレッグであることを示している。


 まさか、待ち伏せか。


 ハイドラは密林の中に身を隠したのではない。

 密林に誘い込まれたのだ。

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