Part5 閃光。そして…
*マリアンネ*
「刺し違えてでも!」
マリアンネはジョイスティックを右へへし折らんばかりに倒していた。
自身の感覚と異常傾斜の警告音で、自らの無茶苦茶な操縦にレヴィアタンが応えてくれているのを理解する。
かろうじてブリッジへの被害は免れたものの、排水が完全に追いついていない。
浮上は完全に不可能だろう。現にコンソールモニターの深度計は、数字が増え続けている。
だが攻撃が背部側に集中したのは朗報だった。
まだ一つだけ、腹部に武器が残っている。
あとはどうやってキグナス1に最大威力でぶつけるかだが、上を取るという選択肢は選べない。
ならばこちらが腹部を向けるまでだ。
マリアンネは沈没が加速するのを承知で、背面航行に出たのだ。
この姿勢、持って数十秒といったところだろう。
だが、電極がキグナス1の目の前に来た。チャンスだ。
「エレクトロサンダー、最大出力!
シートに身体を固定されたまま、マリアンネは指示を出す。
砲雷手が無機質にキーボードを入力すると、海中で稲光が瞬いた。
レヴィアタンの対機動目標用水中放電機構――それがエレクトロサンダーだ。
「海の底で兄さんに詫び続けろおおおおおおおおおおっ!!!」
スクリーンモニターの端に辛うじて見切れるキグナス1に向かって吠える。
私は死ぬ。
だが、一人では死ぬものか。
"エキドナの子"、お前も道連れだ。
*ハイドラ*
「がああああああああああっ!」
コックピットを貫いた電流に、ハイドラは思わず絶叫した。
レヴィアタンの電極から青白い火花が飛び、周囲の海水が沸き立って泡を吹く。
相手がローリングを始めた時点で目論見に気付き、離脱を開始したのだが、あと一歩で高圧電流に捕まった。
反磁力パルスがなければ、間違いなく死んでいた。
これは本来は自身を対象にして放たれた荷電粒子に対し、装甲やシールドのコイルに通電して同じ極性の電磁力を発生させ、クーロン
当然のことだが、機体の電力を消耗する。
現に、コンソールモニターに表示した電力計のゲージが見る間に減っていく。
電力の消費に発電が追い付いていないのだ。
万が一、コンデンサの電力を使い切ってしまえば、再充電まで行動不能になる。
こんな状況では敵との心中以外の何物でもない。
だがレヴィアタンも大きな損害を負った状態での使用だ。
電路が焼け付いてもおかしくない。
そして電極部分はエレクトロサンダー制御のための精密回路と直結している。
付け入る隙はそこにある。
ハーキュリーズが動けなくなる前に一撃を加える。
ハイドラはショートシールドを選択した。
電力の過半が反磁力パルスに回されているせいで、ひどくレスポンスが重い。
ここまで食い下がるとは、敵もすさまじい執念だ。
だがどんな事情で復讐に走ったのであれ、リーナを悲しませたお前達を許すわけにはいかない。
どうにか先端のハープーンランチャーを電極に向け、トリガーを引いた。
圧縮空気でワイヤー付きの
間髪を入れず高圧電流を流す。
シールドに内蔵された専用コンデンサには、回路をショートさせるには十分な電力があった。
ワイヤーと刃を伝って到達した電流は、エレクトロサンダーの制御回路を破壊。
暴走した電流はレヴィアタンの胴体を駆け巡り、駆動系の回路を完全にショートさせた。
*マリアンネ*
激しい縦揺れがブリッジの搭乗員達を揺さぶる。
傾斜とスクリーンモニターの映像から、レヴィアタンが機体をV字に折り曲げながら沈んでいくのが分かった。
「深度、間もなく耐圧限界です」
航法手の言葉にマリアンネは力なく頷いた。
次が最後の命令になるだろう。
「非常通信ブイ射出……超指向性通信モード……
それだけ言って、マリアンネは機長席の背もたれに身を預け、他の搭乗員達の存在を頭から締め出した。
このウォーレッグに緊急脱出機能はない。
もう座して死を待つ以外にない。
私は、兄の敵を討つことすらできないのか。
心が沈んでいく。深い深い海の底へ。
何気なく顔を上げると、ノイズだらけのスクリーンモニターに、こちらを見下ろすキグナス1の姿があった。
怒っている、とマリアンネは思った。
私は、怒らせてしまったのだ。"エキドナの子"を。
復讐。これが私への報いか。
悟ると同時に、2種類のモニターがダウンし、代わってブリッジに非常灯が灯る。
赤い暗闇の中、機体が歪む低い音とスクリーンにヒビが入る細かな音が、死がそこまで来ていることを告げる。
「兄さん……ノゾミ……」
マリアンネは最後に、少女のようなか細い声を紡ぐ。
そして破局が訪れた。
スクリーンモニターを突き破り、文字通り怒涛の勢いでブリッジに流れ込んだ海水が、マリアンネの身体を飲み込んだ。
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