Part4 一進一退

*ハイドラ*


 レヴィアタンの機首底面が口のように下へスライドし6門の発射管が突き出す。

 舷側では両舷合わせて30門の発射管が四角い口を開ける。


 そして再び魚雷の航跡が伸びた。


 機体の周囲を白く泡立てながら様々な軌道を描き、ハーキュリーズに迫って来る。


 間違いなく全門斉射だ。


 敵は継戦を度外視し、一気に勝負を決めに来た。

 この局面を乗り切れば勝機は見えてくる。


 ハイドラは覚悟を決めた。


 一発たりとも当たるわけにはいかない。

 ここは魚雷を惜しまず使って乗り切るべきだ。


 ソナーとスクリーンモニターの情報から、敵の魚雷群は大きく分けて4つの航路を取ってハーキュリーズに向かっていることが分かった。


 正面から真っ直ぐ向かおうとする航路。

 両側から挟み撃ちにしようとする航路ふたつ。

 後方に回り込み背中から刺そうとする航路。


 いずれの魚雷群が相手でもやることは変わらない。

 こちらの魚雷で迎撃して突破口を開き、その間をすり抜けるのだ。


 問題はどの魚雷群から相手にするかだが、それはソナーの立体ディスプレイを一目見ただけで決まった。


 正面から向かってくる魚雷群が最も本数が多い。

 ここから掛かるのがベストならずともベターだろう。


 ハイドラはハーキュリーズを前進させた。

 すぐに立体ディスプレイに無数の赤い反応が現われる。


 まずはこちらに正面から真っ直ぐ向かってくる魚雷だ。

 全部で16本。


 ハーキュリーズ両肩の9連装短魚雷発射管をハイドラは選択した。

 スクリーンモニターが16個のマルチロックオンカーソルで埋め尽くされる。

 だが狙うのはこのままでは命中する航路を通っている魚雷だけだ。


 こちらの現在の航路と照らし合わせ、再計算で当たりそうな魚雷だけに絞り込むと、カーソルは半分の8個まで減った。


 迷わず操縦桿のトリガーを左右同時に引く。


 肩の魚雷管から片側4発ずつ計8発の短魚雷が、目標に向けて走り出した。


 その数秒後。

 命中。

 炸裂。


 短魚雷は自身と敵の爆圧に近くの魚雷を巻き込み、誘爆させた。

 強烈な水中爆発を潜り抜けた時、敵の魚雷は3本までその数を減らしていた。


 間も完全にがら空きだ。

 ハーキュリーズは残った魚雷の隙間を難なくすり抜ける。


 直後、後方で起きた爆発音をハイドロフォンが拾う。


 魚雷の制御コンピュータが、残された推進力での目標の追跡はこれ以上不可能と判断し、自爆したのだ。


 次は横合いからの魚雷。

 片側5本ずつの計10本。


 足を止め、トルピードランチャーに切り替える。

 装填されている魚雷は全てデコイモード。

 ウォーレッグの稼働音に似た音で、音響誘導の兵器を引きつけるのだ。


 回避不能距離のほんの数メートルに、敵魚雷が来たところで急上昇。

 そこで造泡剤を撒きながら、ハーキュリーズが居た場所に向かってランチャーの魚雷残り全てを発射した。


 計算通り、敵魚雷は音波に惹かれてデコイに向かっていき

 意味もなく信管を作動させた。


 空の弾倉が自動時に銃機構部を離れ、沈んでいく。


 最後は背後からやって来る魚雷。

 やはり10本。


 ハーキュリーズのいる上方に向かって針路を修正しながら迫って来る。


 後ろを向きながら左腰の予備弾倉を剥がすように手に取り、リロード。

 次はノーマルモード。

 信管の感度も最大まで高めておく。


 無照準でランチャーを横に薙ぐように振りながら6連射。


 狙ったのは敵魚雷そのものではなく、魚雷と魚雷の間の空間だ。


 放たれた魚雷は敵魚雷の起こす水流に反応して起爆。

 敵魚雷は次々と誘爆の連鎖で吹き飛んだ。


 2本残ったが、これは両肩からの短魚雷2本で処理する。


 これで魚雷は凌ぎ切った。


 後は敵ウォーレッグだけだ。


 ハイドラはランチャーに最後の弾倉を込めながら、ハーキュリーズをレヴィアタンに向き直らせた。






*マリアンネ*


 36本の魚雷を制したキグナス1がこちらに向き直った。


 流石は"エキドナの子"といったところか。

 だがまだこちらの距離であることに変わりはない。


 マリアンネはほくそ笑んだ。


「こうでなくては張り合いがない……操縦手、プラズマネイルを展開。近接戦闘で片を付けるぞ!」


 言うが早いか、操縦手がシートの両脇に設置されたプラズマネイル用のジョイスティックに持ち替え、トリガーを引いた。


 側頭部と半ば同化するように折り畳まれていた2本のマニピュレータが展開。

 先端の刃状の誘導管に、添加剤と共に電荷を与えられた重金属粒子が充填される。


 ウォーレッグ用、艦船用、その他運用主体は関係なく、光学兵器に使われる金属粒子は無色透明である。

 容易な観測のためには添加剤で着色する必要があるのだ。


「切り刻め!」


 マリアンネはスロットルレバーを引き、キグナス1に向けてレヴィアタンを加速させた。






*ハイドラ*


 レヴィアタンが遂にプラズマネイルを繰り出してきた。


 頭部のマニピュレータを振りかざし、先端の3本の爪状武器を青白く光らせるその姿に、ハイドラは深海に住む異様な姿の甲殻類を想起する。


 光学兵器に使われる金属粒子には、水中では物理的な誘導手段がなければ瞬時に分散してしまう性質がある。

 そう、だ。

 プラズマネイルはまさに、誘導管を使用することで粒子の分散を防ぎ、近距離限定ながら水中での光学兵器の運用を可能にした武器なのだ。


 だが、ハーキュリーズにも光学兵器はある。


 ハイドラは兵装セレクタを切り替えた。


 トルピードランチャーをウェポンホルダーに掛けて右手を空にする。

 右大腿部側面が引き出しのように開き、手は内蔵されたグリップを引き抜いた。

 グリップ内部から円筒形のエネルギー誘導管が伸び、重金属粒子と添加剤が注入されて緑色に光り出す。


 ハーキュリーズの標準装備の一つ、近接戦闘用光学兵器・プラズマバトンだ。

 剣のように振り回して使える。


 レヴィアタンがネイルから漏出する添加剤で、光る軌跡を描きながら迫って来る。


 どちらから来るか――右のマニピュレータを振り上げた。

 ややこしいが、ハーキュリーズから見れば左側だ。


 落ち着いて機体ごと来る方を向き、振り下ろされるプラズマネイルに鍔迫り合いを仕掛ける。

 ハーキュリーズの身長程はある巨大な爪を、プラズマバトンは難なく受け止めた。


 光学兵器から機体を守る手段はあるにはあるが、近接攻撃に対してはこちらも武器で受け止める方が効率が良い。


 二つの武器の間で海水が煙のように細かく泡立つ。

 異なるベクトルを持つ金属粒子同士の干渉により、極小規模の爆発が起きているのだ。


 近接用の光学兵器同士の競り合いにおいて、重要になるのは出力である。

 より高い出力を持つ方が押し勝つ。


 だがこの状況。お互いの出力はほぼ互角らしい。


 横合いからコックピットを刺し貫こうと左のマニピュレータが迫る。


 急所を狙う前に脅威を排除しなければ。


 その長さからは想像がつかないほどの速さで迫るプラズマネイルを、極限まで引きつけて後退。

 急角度で右マニピュレータの周囲を回るようにレヴィアタンの頭部に取り付き、その付け根に短魚雷をお見舞いする。


 関節部が爆裂し、力なく垂れ下がったマニピュレータがそのまま外れて海底に沈んでいく。


 続いて4つの関節をうねらせながら執拗に追いすがる左マニピュレータに向けて突進。

 すれ違いざまにプラズマバトンでネイル基部をまとめて切り落とす。

 動力を切られた巨大な爪は光を失い、マニピュレータを離れて落ちていく。


 後顧の憂いは断った。

 後は全力を以てレヴィアタンを攻めるだけだ。


 勢いのままに上方に陣取り、ハイドラは複数の武装を選択した。


 右手はプラズマバトンから再びトルピードランチャーへ。

 頭部と背面の複数個所に、マルチロックオンカーソルが付く。


 ハイドラは静かにトリガーを引いた。

 操作のままに、ハーキュリーズはレヴィアタンへ向けて全ての魚雷を放った。


 両肩の短魚雷発射管から8発。

 右手のトルピードランチャーから6発。

 両足の長魚雷発射管から5発。

 計19発の魚雷が、目標へ向けて一斉に駛走しそうする。


 人間サイズならテーブルの反対側にいる相手を拳銃で撃つような距離だ。


 全弾命中。


 爆炎が収まった時、レヴィアタンは上面がことごとめくれ上がり、見るも無残な姿に変わっていた。


 だが相手は、そこで最後の抵抗を見せた。

 機体を180度ロールさせ、文字通りの背面の姿勢を取ったのだ。


 8本の脚が深淵へ引きずり込もうとする手のように閉じられ、ハイドラの目の前に腹部中央にあるパラボラ状の電極が現われた。

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