Part3 レヴィアタンの奇策

*マリアンネ*


 キグナス1の反応が、レヴィアタンの背部に移動した。


 マリアンネは、敵はプラズマネイルがある頭部やエレクトロサンダーの放出機構がある腹部、魚雷発射管のある側面を避けてくると踏んでいた。

 果たしてキグナス1は、背部を狙ってきた。


 順当な判断だと思う。


 消去法では尾部か背部が残ることになるが、尾部は攻撃すれば航行能力を大きくぐことに繋がっても、推力を得るため常に動いて複雑な水流を発生させている以上、安定した攻撃を行うのは難しい。


 一方、背部は水流が比較的安定しているだけでなく、ミサイル発射管のハッチが割り当てられているがゆえに、中近距離用の武装を施すことができず、レヴィアタンにとっては最大の死角とも言える状態となっている。


 事実上、敵の選択肢には背部一択しかないのだ。

 そしてマリアンネは背部に付かれた際の策も用意していた。


 コンソールモニターでキグナス1の正確な位置を確認し、砲雷手に指示を出す。


「砲雷手。垂直発射管VLS、開放用意。強制コマンドを使っても構わん」

「やるんですか? 本当に」


 砲雷手の問いにマリアンネは表情一つ変えずただ「ああ」と答えた。


 これをやれば大きな反撃に繋いでいけるが、同時に今の深度ではレヴィアタンも無事ではいられない。だが敵ウォーレッグの攻撃を受ければ、もっと酷いことになるのは目に見えている。


 多少のリスクを冒してでも、その先に勝利があるなら迷わずその道を行くのが、私マリアンネ・ガブリロワだ。

 レヴィアタンに死角など存在しないということを、"エキドナの子"に知らしめてやる。


 マリアンネは、キグナス1が足を止めるのを待った。






*ハイドラ*


 ハイドラが次に選んだ武装は、足の長魚雷発射管だった。

 レヴィアタンと速度を同期させ、慎重に測的の値を調整する。


 斉射で行けば魚雷同士の干渉で無駄弾が出る恐れがある。

 6本しかない貴重な長魚雷だ。可能な限り必中を期したい。


 潜航前に軍のオンラインデータベースから入手しておいた、反統合派のウォーレッグの情報ファイルからレヴィアタンの立体設計図を呼び出し、スクリーンモニターで目の前の相手と重ね合わせ、目的の部位を探る。


 探しているのはミサイル発射管のハッチだ。

 水中と機内を繋ぐ部分であるがゆえに、正確に攻撃を命中させることができれば水密機能諸共内部を破壊し、大きな浸水を起こすことが期待できる。


 間もなくレイヤー表示されている立体設計図と実物とのずれが修正され、ハッチの位置がネオングリーンで表示される。


 画像認識方式で前方に見える左舷側のハッチの一つをロックオン、満を持して撃ち出そうとした時。


 突然ハーキュリーズの真下にあるハッチがゆっくりと、だが力強く開き始めた。


 まさかミサイルを撃つのか。この深度で。

 正気の沙汰ではない。


 レヴィアタンの垂直発射管VLSは、ミサイル発射深度での水圧に耐えられるようにしかなっていない。


 現在の水深は約830メートル。レヴィアタンの発射深度の遥か下だ。


 ハッチが開き切る前に、ハイドラは右操縦桿のトリガーを引いた。


 右足3連装長魚雷発射管、その最上段の長魚雷が圧縮空気で撃ち出され、極短い距離を駛走しそうし始める。


 命中を確認しないまま、ハーキュリーズを左へバンクさせて離脱。

 直後、右からの衝撃がコックピットのハイドラを揺さぶった。

 乱れる水流の中で何とか機体の水平を保ちながら、レヴィアタンの方向を確認する。


 こちらの魚雷が当たったであろう部分には、噛み千切られたような破孔が黒く口を開けていたが、今の所相手にそれ以上の損害は見受けられない。


 一方レヴィアタンが自ら開いたハッチからは、大量の気泡が白く噴き出していた。

 ミサイルを発射管から押し出すための高圧ガスだ。


 狙いはハーキュリーズにミサイルをぶつけるのではなく、ガス圧による水流攪乱だったという訳か。


 一撃を与えることに成功したとはいえ、敵の死角に張り付くという目論見は失敗し、離脱を余儀なくされた。

 戦いの主導権は未だ敵に握られているのだ。


 距離を取るハーキュリーズに対し、レヴィアタンは再び回頭。

 正対する航路を取った。


 危険を顧みずこちらの意表を突く反撃を決め、胴体に穴を空けられながらも前進するその姿に、ハイドラは搭乗者の執念を垣間見たように感じた。







*マリアンネ*


 キグナス1が左右にふらつきながら離脱していく。

 レヴィアタンも速やかに回頭に入り、追いかける。


「12番から15番、および17番ミサイル発射管、チャンバー封鎖完了。兵装区画および居住区画の一部に中程度の損害。浸水により速力低下も、雷撃及び白兵攻撃に支障なし」

「了解した。次の攻撃で一気に仕留める。砲雷手、雷撃諸元、入力急げ!」


 機長席のコンソールモニターには、機体の稼働状況を示す三面図が表示され、浸水した部分が赤く点滅している。


 予想よりも酷いな、とマリアンネは思う。

 キグナス1に雷撃を許してしまったのがまずかったか。


 そして空の発射管を利用した不意打ち戦法は、開いた発射管の破裂を招いた。

 分かっていたことだが、これはそう何度も使えるものではない。

 反撃の機会を与えず止めを刺さなければ、状況は敵に傾く。


 そして今がその最後にして最大の分水嶺。


 それがマリアンネの出した結論だった。


「魚雷全門装填完了。ターゲットロック。撃てます」

「機長了解。次はプラズマネイル、エレクトロサンダーの用意だ。操縦手、このままキグナス1へ突っ込む。プラズマネイルの制御を任せる」

「砲雷手了解」

「操縦手了解」


 搭乗員からの返答を聞きながらマリアンネは顔を上げた。

 スクリーンモニター正面に映るキグナス1を見据える。

 その純白の機体にロックオンカーソルが付いていた。


「魚雷、全門斉射……!」


 何の躊躇いもなく、マリアンネはジョイスティックのトリガーボタンを引いた。

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