Part2 雷撃戦

*マリアンネ*


 戦闘態勢となったレヴィアタンのブリッジには、張り詰めた空気が漂っていた。


 コンソールモニターのソナー・ディスプレイには、キグナス1の予想位置へ向けて放たれた4つの反応が映っている。


「舷側14番・15番発射管、29番・30番発射管、短魚雷射出完了。駛走しそう開始」

「確認した。次発装填急げ。頃合いだろう。操縦手、コントロールを私に。砲雷手はトリガーを」


 搭乗員の報告を聞き、次の指示を出す。

 敵を目の前にしてもやるべきことは変わらない。

 身を焼くような憎しみの中にあっても尚、マリアンネは冷静だった。


「操縦手了解。操縦をユー・ハブ・機長へコントロール

「砲雷手了解。トリガーを機長へユー・ハブ・トリガー

「機長了解。操縦アイ・ハブ・を私がコントロールトリガーを私がアイ・ハブ・トリガー


 この掛け合いがそのままパスワードとなって機長に制御が移譲される。


 機長席のコンソールモニターの左右に隠されるようにして折り畳まれているアームが伸び、先端のコントロール用入力機器がマリアンネの前に差し出される。

 右側にあるのが機体の運動を司るジョイスティック、左側にあるのが機体の推力を司るスロットルレバーだ。


 二つのレバーを握り、マリアンネは搭乗員に次の行動を宣言した。


「回頭しキグナス1と正対せいたいする航路を取る。総員、急傾斜に備え」


 ジョイスティックを一旦右に倒し、そこから弧を描くようにゆっくりと手前へと寄せていく。


 マリアンネの操縦に合わせて、レヴィアタンも機体を右へと傾けながら回頭、針路を180度変更しながら浮上を開始した。


「炸裂音を聴取も、目標の稼働音に変化なし。キグナス1は健在と認定。全弾回避された模様」


 ソナーで一部始終を聴音手からの報告。

 想定内だ。

 先ほど撃った魚雷は飽くまでも回頭するための時間を稼ぐためのもの。

 当たるようなら"エキドナの子"もその程度ということだ。


 そうしている間に、キグナス1の位置を示すタグをスクリーンモニターの正面に捉えた。

 マリアンネはそれまでよりも語気を強めて言った。


「センサー感度最大! 舷側1番・2番発射管、16番・17番発射管、機首1番発射管、雷撃用意!」


 戦いはまだ、始まったばかりだった。






*ハイドラ*


 ハーキュリーズのすぐ両脇、3メートルと離れていない場所を2本の魚雷がかすめ、そのまま通り過ぎて行く。

 やがてハイドロフォンが拾った炸裂音がスピーカーから響き、回避に成功したことをハイドラは知った。


 大きな賭けだった。


 ウォーレッグ用の魚雷は追尾性能こそ低いが、水中衝撃波と相まって威力は非常に高い。

 一発でも命中すれば、運動遮断コーティングを持っていてもただでは済まない。


 そして魚雷を確認してから数呼吸置いて、敵本体も方向を転換し接近してきた。

 こうなった以上、減速すればそのまま次の攻撃の的にされる恐れがある。


 そこでハイドラは敵が放った4本の魚雷に対し、造泡剤を出しながら最高速度で突っ込み、間をすり抜けるという賭けに出たのだ。


 直接触れなくとも、水圧の変化に信管が反応し爆発することも覚悟していたが――ハイドラは賭けに勝った。


 だが息をいている暇はない。

 立体ディスプレイ上では敵はすぐ近く。

 スクリーンモニターにはまばゆい閃光が走った。併せてモニターが自動的に映像の明度を下げる。


 敵がランプセンサーの感度を上げたらしい。もう隠れる必要はないという訳か。

 望遠カメラやレーダー、ソナー等、機外の情報を収集するセンサー類の集合体であるランプセンサーは、感度が強くなるほど光が明るくなる。


 発光性の深海生物じみた幾何学模様が、暗い海中に巨大なウォーレッグの姿を浮かび上がらせた。


 色は夜の闇に溶け込むような黒。全長は目測だが200メートル近くある。

 サイズにもよるが、ウォーレッグを搭載するには十分な大きさだ。

 円柱の左右を摘んで引き伸ばしたような扁平な胴体の下部には、複数の関節に分かれたオールを思わせるパーツが4対で計8本。

 航行制御用の脚だ。

 その前方には、進行方向に頂点を向けた円錐形を中心に三日月形に張り出した頭部。

 どことなく三葉虫の頭を彷彿とさせる。

 また後方には機体の3分の1程を占める人工筋肉のテールユニット。

 これを左右にくねらせることで推力を得ているのだ。

 そして全身を覆う直線的な幾何学模様は、その光全てがランプセンサーだった。


 反統合軍の誇る、神出鬼没の戦略攻撃用ウォーレッグ。

 それが目の前にいる"AIL-L861レヴィアタン"だ。


 "戦略攻撃用"が示す通り、搭載した弾道ミサイルによる都市等への攻撃が主な任務だが、舷側・機首合わせて全36門の魚雷発射管やプラズマネイル、エレクトロサンダーにより、対艦・対ウォーレッグ戦闘においても高い攻撃力を持つ。


 もしターマイトとイヴリースを送り込んだのがこいつなら、数的劣勢を無人機とその管制機で、質的劣勢を大型兵器で補うという、反統合派の兵器開発方針を敵は今も律儀に守っていると言える。


 今こうして姿を現したのは、敵が自分との正面対決を望んでいるからに他ならないとハイドラは結論付けた。


 それならばこちらも受けて立ってやる。


 敵から狭域探知モードのソナー音波の照射が来た。

 雷撃管制用のモードだ。


 スピーカーから甲高い金属音が伸び、自動的に音量が下げられる。

 コックピット内に響くロックオン警報にも構わず、ハイドラはスクリーンモニターのレヴィアタンを睨み付けた。


 その両舷側から、白い航跡が伸びた。ハーキュリーズに向かって緩く向きを変えながら迫ってくる。


 レヴィアタンが再び魚雷を放ったのだ。

 しかし、ハイドラは落ち着いていた。


 方針は既に決まっている。

 敵の攻撃を掻い潜り、相手の死角に張り付いて、こちらの攻撃を正確に急所へ撃ち込む。

 小さいことをアドバンテージにする戦法だ。


 立体ディスプレイには反応がまた4つ。


 急減速で足を止め、ほぼ直角に急上昇。

 直後、ハーキュリーズが航行していた場所で、爆発が起こった。


 起こるはずだ。魚雷同士が衝突するよう、誘ったのだから。

 繰り返しになるが、ウォーレッグ用の魚雷は追尾性能こそ低いが、威力は非常に高い。

 だが逆に言えば、当たらなければどうということはないという意味でもある。


 厄介だが、過度に恐れる必要もない相手だ。


 次は機首から魚雷が1本。反応は先ほどの4本よりも大きい。長魚雷だ。


 短魚雷で牽制し、長魚雷で仕留める。

 まずは対機動兵器戦の基本に忠実という訳か。


 慌てずに兵装セレクタから右手のトルピードランチャーを選び、反応に向ける。

 こちらも狭域探知モードのソナー音波を照射し、ロックオン。

 すぐさまハイドラは引き金を引く。


 手首内側のコネクタから管内の魚雷へ瞬時に電気信号が送られ、スクリューモーターが始動。


 ランチャーを飛び出し、目標へ向けて放たれた。


 数秒後、2本の魚雷がぶつかり合い、炸裂。

 広がる衝撃波に機体を揺さぶられながら、ハーキュリーズは再び直角に水平航行に移り、爆心点を強行突破する。


 その先にはレヴィアタンの曲線的な背面があった。

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