Chapter4:深淵

Part1 復讐鬼マリアンネ

*マリアンネ*


 太平洋、レヴィアタン機内。


 救援の艦の接近を察知した時点でコルベットは解放した。


「センサーブイに感あり。ウォーレッグ1機、当機へ向け急速に接近!」

「反応パターン照合。タイプ、クアッド0オーのFF。キグナス1です!」

「ふふ……この時を待っていた……」


 マリアンネは通信手と聴音手の報告を聞いて、思わず相好を崩した。

 待ちに待った時が遂にやってきたのだ。顔に出すなという方が難しい。


 搭乗員達に矢継ぎ早に次の指示を出す。


「センサーブイ、切り離せ。急速潜航。深度850の位置で、メインコントロールを私に。ソナー、着水音を聴取次第、10メートルおきに目標との距離を読み上げろ。魚雷管、機首・舷側共に全門注水。中距離雷撃戦用意。スクリーンモニター映せ。メインセンサー、感度上げ。有視界戦闘に備え。総員、座席に身体を固定せよ!」


 自身も機長席に備え付けの2点式のシートベルトを締めたところで、ブリッジを囲むスクリーンモニターが点灯し、漆黒の海中を映し出した。

 すぐに映像補正が掛けられ、昼間の海面近く同然に明るくなる。


 ブリッジ全体が前方に傾き、コンソールモニターに表示された深度計が回転する中、マリアンネは胸に掛かるロケットを手の中で開いた。

 そこには彼女と同じ淡い金髪の青年が写った写真が収められていた。


 指紋の跡を軽く拭いながら、呟く。


「やっと、やっとかたきが討てるよ……兄さん……」


 そうだ。

 11年前のあの日、兄の敵を討つためなら、私はどんなものでも犠牲にすると決めたのだ。


 早くに両親を失い、兄妹共に養護施設で育ったマリアンネにとって、兄アレクサンドルは心を許すことができる唯一の肉親であった。

 統合大戦中期、彼は反統合軍に志願し、ウォーレッグのパイロットとして頭角を現した。


 機体の損害を顧みない肉薄戦法を得意とするエースパイロット――"壊し屋サーシャ"こそが、マリアンネの兄アレクサンドル・ガブリロフだったのだ。


 マリアンネもそんな彼のことを、誇りに思っていた。


 だが終戦まであと半年という時に、アレクサンドルは帰らぬ人となった。


 エースパイロットゆえに、兄は"エキドナの子供達"からターゲットにされ、最期は南太平洋上空で彼らの罠に落ち、惨めに殺されたのだという。


 マリアンネがそのことを知らされたのは統合大戦終結から5年後、すなわち今から11年前のことであった。


 そして彼の命を奪った者達の存在を認めた時、彼女の心には憎しみが宿った。


 兄の顛末を教えてくれた男は、反統合派の残党の中でも、"エキドナの子供達"あるいは"エキドナの子"に親しい人を奪われた者達による組織、"アーガス"からの使者だった。


 男の「復讐したいなら協力する」という言葉に首を縦に振り、マリアンネはアーガスの一員となった。


 それから11年。


 海はどこかで繋がっている。

 海での戦いで兄を失ったマリアンネに与えられたのが、水中戦用大型ウォーレッグ・レヴィアタンだというのは、数奇な巡り合わせとしか言いようがない。


 自分に、"エキドナの子"への一番槍を任せてくれたアーガスの指導者や、推してくれた"ノゾミ"には感謝していた。


 期待には何としても応えたい。自分にできる形で。


 最後の"エキドナの子"が直接兄を殺した者でなくても構わない。

 "エキドナの子供達"を一人残らず根絶やしにすることで、自分の復讐は完遂できる。


 そしてその後は――"ノゾミ"の所へ帰るのだ。


 マリアンネは、漠然とだが復讐を果たしてからの未来を思い描いていた。

 待望の着水音は、間もなくのことだった。






*ハイドラ*


 ハイドは、ハイドラは、ハーキュリーズを海面に静かに着水させた。


 機体の開口部をすべて閉鎖し、下半身のみを墨を流したように黒い真夜中の海に沈める。


 沖合の波高観測ブイとデータリンクをしておいて正解だった。


 逆探知したレーダー波を目指して飛んでいたが、こちらの接近に気付くと、敵はすぐに発信を止めてしまった。


 波高観測ブイから送られてくるデータを基に、敵が潜んでいるらしき海域に向かうと、動力を切られたセンサーブイが波間に浮かんでいた。

 どうやら回収や処分をする暇を惜しんで潜航を始めたらしい。


 間違いなくこの近くにいる。ハイドラはアクティブソナーとハイドロフォンを起動した。


 海中では電波通信が困難になるのはこの時代も変わらない。

 ここからは自力で敵を探すしかない。


 スラスターを水中航行用に切り替え、こちらも潜航を開始する。

 映像に自動補正が掛けられ、スクリーンモニターの視界がコバルトブルーに染まる。


 さあ、狩りの時間だ。


 コンソールモニターにソナーの平面ディスプレイを、スクリーンモニターに立体ディスプレイを呼び出し、更にコックピット内のスピーカーにはハイドロフォンが拾った音を流させる。


 アクティブソナーは広域捜索モード。ここからは敵よりも先に相手を捕捉できるかが、有利不利に繋がっていく。


 2種類のソナーディスプレイに交互に目を通し、スピーカーからの音に耳を澄ます。


 造泡剤はまだ使わない。

 こちらの居場所を敢えて知らせ、敵がどう動くか見たい。


 最初に変化があったのは、音をグラフ形式で表示する平面ディスプレイだった。

 方位は前方かなり下、探知範囲を出るか出ないかの距離に何かある。


 続いて立体ディスプレイに、細長い物体の反応が視覚化される。

 ソナーで得たデータを基に機外の様子をCGで再現しているのだ

 探知範囲から出るような動きからして、おそらく敵の尾部らしい。


 スクリーンモニターを確認する。

 タグが示している場所にはまだ何も見えないが、少なくとも潜水艦ではなさそうだ。


 こちらの武器はいずれも有効射程圏外だ。距離をもっと詰める必要がある。


 ハーキュリーズの頭部を下にして潜航速度を上げる。


 その直後、小さな反応が4つ、不意に平面ディスプレイに現れた。

 同時にスピーカーからこちらに迫る不気味な推進音が聞こえてくる。

 魚雷だ。

 先手を取られたのだ。


 『反統合軍"エキドナの子供達"殲滅任務部隊アーガス』。

 その名からは、明らかに"エキドナの子供達"への深い憎しみが感じられる。


 ハイドラは今、確信した。

 まだ見えぬ4本の魚雷には、炸薬と共におのれへの断固たる殺意が込められていることを。

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