Part6 ブラスト・オフ

*ハイド*


 簡易格納庫インスタントハンガーに入ると、そこには水中戦用装備に身を固めたハーキュリーズが待っていた。

 水中戦用装備とは言っても、タスクのように機体を補強するようなパーツは一切装備していない。

 純粋に水中戦のための兵装類だけだ。


 ハイドは自らの愛機に装備されたパーツを、上から順に確認していく。


 まず両肩に9連装の短魚雷発射管。

 基部は各肩後部のウェポンクリップで保持されている。威力はやや心許ないが単独でのマルチロックオンが可能だ。


 右手に手持ち式のトルピードランチャー。

 箱型の圧縮弾倉で装填数は6発。魚雷はノーマルとデコイ、二つのモードを選択できる。


 左手に楕円形のショートシールド。

 ハープーンシューターが内蔵されている。コンデンサーからハープーンの刃部分に高圧電流を流すことが可能だ。


 左腰には強制物理吸着されたトルピードランチャー用の予備弾倉が計2個。

 本来は流体と固体の間に生じるファンデルワールスりょくを固体同士に無理矢理起こすことで貼り付いているのだ。


 右腰には臨時増設されたウェポンホルダー。

 やはり強制物理吸着されている。トルピードランチャーを使わない時は、ここに懸吊けんちょうすることで右手を空にできるという訳だ。


 腰後部には円筒形のボンベが特徴の造泡剤散布器。

 量に限りはあるが、機体の周囲に低密度の不溶性ガスで気泡を発生させ、稼働音を敵に聞かれにくくできる。


 両脛外側部に3連装の長魚雷発射管。

 これはベルトで固定されている。今回の水中用装備の中では間違いなく最強の威力を持つ。


 いずれも物理兵器だが、これは光学兵器のとして使われる重金属粒子に、水中では物理的な誘導手段がなければ瞬時に分散してしまう性質があるからだ。


 艦艇類と比べれば寂しいものがあるが、それでもタスクの水中戦仕様と比べれば破格の重武装だ。


 乗り込もうと左腕のターミナルを操作しようとした時、リーナと連れ立ってハンガー内に入ってきたディシェナに呼び止められた。


「ハイド、待って」

「母さん?」


 彼女の手にもハンディ・ターミナルが握られていた。


「この座標の所に行きなさい。役に立つものがあるはずよ」


 ディシェナがターミナルの画面をスワイプさせると、ハイドのターミナルにデータファイルが送られてきた。


 開くとそれはウォーレッグのナビゲーションシステムに入力できる座標データだった。

 統合大戦中、"スパルトイ計画"のために統合派が世界各地に建設した、秘密工廠の位置の一つを示している。


 そこにある物が何であれ、ハイドは使うつもりだった。

 この町を直接襲った者達が、アーガスの氷山の一角に過ぎないなら、間違いなく必要になるだろう。


 だがまずは近くの敵だ。


 ハイドはディシェナにただ深く頷きを返し、ハーキュリーズに向き直った。


 怪物となって戦う時が来た。


 スーツ左腕のターミナルを操作し、ハーキュリーズのハッチを開く。


 このターミナルは、普段使いのハンディ・ターミナルとクラウドを通じて常に同期されている。

 必要があればクラウドを介さず直接繋ぐことも可能だし、直ちに解除することも可能だ。


 上下二つに開いたハッチの上側先端部から、乗降用のワイヤーが下りてくる。

 左脇に抱えていたヘルメットを被り、右横のボタンでバイザーを下ろす。

 右手でワイヤー本体を握り、右足を先端のステップに掛けた。

 ハイドが三角形のそれを強く踏み込むとワイヤーが巻き取られ、コックピットブロックの高さまで上がって止まる。


 そこから軽く勢いを付けてコックピットに飛び込んだ。

 背後でワイヤーがハッチ装甲内に完全に収納される。


 パイロットシートに腰掛け、背もたれの細長い溝状のソケットにパイロットスーツ背面のコネクタを重ねるように背を預ける。


 今は機能していないし、できれば使いたくないが、以前の戦いからこの1年の間にハーキュリーズに新たに追加された"あるシステム"とハイドを繋ぐ、かなめとなる部分だ。


 このシステムを使うために、ディシェナにパイロットスーツはTYPEタイプ006ダブルオーシックスと指定したのだ。今軍には対応しているスーツがこのタイプしかない。


 操縦桿すぐそばのタッチパネルを操作し、シャッターとハッチを閉じる。

 再びスクリーンモニターとコンソールモニターがスリープから復帰する。


 そこでリーナの眼鏡をどうするのか、全く考えていなかったことに気付いた。


 ハイドは少し考えて、足元から現れたコンソールモニターのすぐ下に付いている開閉式の小物入れに何気なく入れた。

 ここなら邪魔になることはないだろう。


 小物入れの蓋を閉じ、操縦桿に手を乗せるように握る。


 スクリーンモニターに、心配げにこちらを見上げるディシェナとリーナが見えた。


 サブウィンドウにリーナの姿を映し、こちらの顔が見えないのを承知で微笑みを返し、ハイドは正面に向き直った。


 自己点検機能を呼び出し、追加装備された兵装類共々機体の状態を確認する。

 コンソールモニターの三面図は全て正常の緑オール・グリーン

 異常なしだ。


「こちらハーキュリーズ。準備完了。発進許可を求む」


 一連の作業を統括している兵士に無線で呼びかける。


『こちらチーフ。了解。ゲート開放次第、離陸地点へ移動せよ』


 インスタントハンガーの両端で待機していた兵士達が、天井から斜めに下がるロープを掴んで後退を始めた。

 それに合わせてハイドから見て正面のタープが開き始める。

 ハーキュリーズの進路上に居る整備兵達が次々と退避していく。


 ハンガーのすぐ外で、行く手を塞ぐように停まっていた前線補給整備装甲車も道を開ける。


 左斜め前で誘導員が赤色灯で"前進"の指示を出した。


 ハイドが両方のペダルを軽く踏み込むと、ハーキュリーズが歩き出した。

 外へ向かって一歩一歩、踏みしめるように進んでいく。


 後ろにディシェナとリーナが付いてくる。


 やがてハーキュリーズは、ハンガーから暗い夜空の下にその白い機体を曝け出した。


 さらに数歩歩いたところで、誘導員から"停止"の指示が出た。離陸地点に辿り着いたのだ。


 タッチパネルで操縦系を歩行から飛行に切り替え、次の指示を待つ。


 "発進許可"はすぐに下りた。


 同時にペダルを流すように踏み込む。

 背後でスラスターの噴射音が高まっていく。

 安全な距離に下がりながらも自分を見守る視線を感じながら、ハイドは外部スピーカーを起動し、彼女達に聞こえるように吹き込んだ。


「ハイドラ・エネア、ハーキュリーズ……ブラスト・オフ!」


 ペダルを踏み切ると同時に、機体が地面から浮かび上がり、加速しながら離れていく。


 見つめる二人に突風を残しながらハーキュリーズはウィングを広げ、トップスピードで闇夜の空に躍り出た。


 そのまま地面からは光点にしか見えない程の高さまで上昇したかと思うと、不意に直角で水平飛行に移り、海の方角へ向けて飛び去っていった。


(Chapter3 おわり/Chapter4へつづく)

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