Part6 弾道飛行

*ハイドラ*


 緩んだ脚を振りほどき、ハーキュリーズが脱出する。


 その下ではレヴィアタンの全身を走るランプセンサーの光が、一斉に消失した。

 続いて見えない手に潰されるように、装甲が次々とへこんでいく。


 最後に小さく縮こまりながら、大きな気泡を一つ噴き出すと、レヴィアタンの残骸は海底の闇へと消えていった。


 その最中さなか、赤い筒状の物体が射出されるのを、ハイドラは見逃さなかった。


 非常通信ブイだ。

 通信の内容から、アーガスの本拠地を特定できるかもしれない。


 敵ウォーレッグにはもう目もくれず、ハイドラはブイを追ってハーキュリーズを浮上させた。


 ブイは海面に出るとフロートを展開、内蔵された細長いポールアンテナを伸ばした。

 ハーキュリーズもやや遅れて海面に出てくる。


 東の水平線の向こうから昇る太陽が、海面を明るく照らし夜明けを告げていた。


 トルピードランチャーをウェポンホルダーに掛け、その右手を非常通信ブイの側面に触れさせる。


 接触通信でブイのシステムに侵入。

 各種データを読み出す。


 機体性能を十全に引き出すため、ハーキュリーズのコンピューターは最新型のハンディ・ターミナルさえも凌駕する演算処理能力を持っている。


 通信内容は自分との交戦記録だった。

 いずれ知られると思っていたことだ。

 ハッキングを受けていることも向こうに筒抜けだろうが、好きに送ればいい。


 問題はこれをどこに送ろうとしているかだ。


 更にデータを読み取っていくと、ブイに入力された通信設定に当たった。


 通信モードは超指向性レーザー通信。

 その名の通り高出力レーザーにデータを乗せて送る通信だ。

 赤外線通信から発展したものである。


 傍受されにくいのが特徴だが、相手の正確な位置が分からないと使えない。


 この設定を解析すればどこへ向けて通信しようとしているかが分かる。

 それはすぐに完了したが、通信の方角と開始時刻から割り出した場所を見て、ハイドラは目を疑った。


 レーザーは今から数時間後、遥か上空は大気圏を抜けて中継衛星を介して宇宙を渡り――火星のある地点へ向けて放たれるよう設定されていた。


 アーガスは、火星からやって来たと見て間違いないだろう。

 どこであろうと、倒すべき敵がそこに居るなら向かうだけだ。


 だがその道中でアーガスの妨害は確実にあるだろう。

 厳しい旅になりそうだ。

 準備はしておくに越したことはない。


 ハーキュリーズは海面から浮かび上がり、水中戦用装備を切り離した。

 足元で落ちた装備が水飛沫を上げる。


 全て投棄されたのを確認してから、ハイドラは岬の家に一つの通信を送った。






*格納庫*


 岬の家。


 通信を受け取った地下格納庫ハンガーが、再び稼働を開始した。


 外からの電力供給が断たれている状態だが、家と兼用の燃料電池発電機が電気を供給する。


 主の居ないケージの横で待機していた無人トラクターが、補給コンテナの乗った6輪荷台を牽いてケージ正面に出てくる。


 トラクターが一時停止したところで、格納庫天井に設置された2本のマニピュレータ・アームが作業を開始した。


 壁際のウェポンラックからブラスターライフルとシールドを取り、補給コンテナの上に持ってくる。

 コンテナは上面を左右にスライドして開き、アームは中の固定具に武器をセットする。

 まず縦長の六角形をしたシールドを持ち手側を上にして。

 次に長い銃身が特徴のブラスターライフルをシールド内側に寝かせるように。


 作業を終えたアームが出ていくと、コンテナは再び閉じた。

 無人トラクターが再び前進を始める。


 フェンスとシャッターが開き、トラクターはすぐ先にある斜行リフトに乗る。

 リフトが停まると隔壁が開き、エネルギーをチャージ中のカタパルトが待っていた。


 トラクターはカタパルト起点のシャトルに補給コンテナを乗せる作業に入る。

 シャトルを乗り越えるように前進し、荷台をシャトルの上に持ってくる。

 荷台が車輪を真横に向け、左右二つに割れてシャトルにコンテナを下ろす。


 コンテナは底面のピンでシャトルと接続。

 作業を終えたトラクターはカタパルト上で器用にUターンして、斜行リフトに戻っていく。


 補給コンテナ、射出準備完了。


 今回はブラスト・ディフレクターは使わない。

 天井のシグナルが青になると同時に、電磁ピストンに引かれてシャトルが無機質に走り出した。


 一瞬で加速されたコンテナは、弾丸のように真っ直ぐ発進口を飛び出す。

 そのまま側面の後退翼を開き、風に乗って無動力飛行を開始した。






*ハイドラ*


 太平洋上空。

 補給コンテナ射出から数分後。


 ハイドラは無事、飛行するコンテナをスクリーンモニター越しに捕捉した。

 コンソールモニターに呼びだした航空図に、予想進路が表示されている。

 目の前を横切るのを確認してから、後を追う形でハーキュリーズを進路に乗せる。


 すぐに六角柱型のコンテナの真後ろまで来た。

 射出の勢いを失い、落下する前に済ませなければ。


 速度と方位を同期。

 右手を前に出す。

 こちらの接近を感知した補給コンテナが、爆砕ボルトに仕込まれた雷管を作動させた。

 コンテナの外装がパージされ、前から順に次々と左右に弾け飛んでいく。


 だが、一部だけ火薬が炸裂せず残った外装があった。

 よりによってブラスターライフルのグリップ部分だ。

 このままでは掴めない。


 ハイドラは迷わずハーキュリーズの腕部30ミリ電磁バルカン砲で、残った外装を吹き飛ばした。


 併せてコンテナ内側の骨組みのような固定具がばらけて落ち、シールドとブラスターライフルが完全に姿を現した。


 そこでハーキュリーズを加速。

 ブラスターライフルのグリップに向けて右腕を伸ばす。


 緊張の一瞬。


 繊細な操作が必要となる場面だが、ハイドラは一発でグリップを手にして見せた。


 自動的に手首内側のコネクタがグリップ後部のソケットに接続される。


 次はシールド。

 後端に左手を押し付け、ブラスターライフルを取り外す。

 ライフルは一旦右肩後部のウェポンクリップへ。

 シールドの先端を右手で押すと、左前腕部に滑るように移動し、固定された。


 基本装備となるシールドとブラスターライフルを手にした姿が、ハーキュリーズの通常仕様だ。


 機体を急停止させてホバリングしながら、この2種類の装備が正常に動作するか自己点検機能で確認する。どちらも異常なし。


 ハイドラはディシェナからもらった座標データを、タッチパネルでナビゲーションシステムに入力した。


 座標が示している場所へは弾道飛行で向かう。


 ハイドラは一つのファンクションを呼び出した。

 ハーキュリーズは腹這いのような姿勢を取った次の瞬間、旧時代のステルス戦闘機を思わせる高速巡航形態に変形していた。


 この形態への変形は0.5秒で完了する。


 その間に――バックパック上部の機首パーツを展開/シールドで頭部前方を保護/ウィングにライフルをマウント/両腕を脇下に畳む/肩アーマーを閉じる/膝関節の駆動部を脛に収納――以上のことが複数並行して行われる。


 これで準備完了だ。


 ワイズマン・リアクターの出力が高まっていく中、弾道の計算が行われる。


 方角は南東。

 ジャングルの真ん中だ。


 最終修正が終わると同時に、両方のペダルを一気に踏み切った。

 リアクターのエネルギーが解放され、ハーキュリーズが機首を空に向けて加速を始める。

 ハイドラは重い加速度Gに歯を食いしばりながら、青黒く染まっていく空を見据える。


 コンソールモニターに呼び出したルート図では、急な山なりのルートを上り始めたところだった。


 円錐形のベイパーコーンを纏いながら、ハーキュリーズは弾道飛行へと飛び立っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る