Part4 君のために

*ハイド*


 火の手は確実に近付いてきている。早く見つけなければ手遅れになる。


 ハイドはハンディ・ターミナルから呼び出したGPSアプリが示す、リーナのターミナルがある位置へ、リーナが居るであろう場所に向かって、走っていた。


 瓦礫の山の中を突き抜けてショートカットをしているのだ。


 住宅街に入ってから、ミサイルの爆発で破壊されたにしては壊れ方が中途半端になった。

 ウォーレッグが破壊した跡だろう。


 ウォーレッグ・ターマイトを遠くからでも見かけた時は、すぐに物陰に身を隠す。


 焼夷弾の炎で気温が上がってきているおかげで、最も警戒すべきサーモセンサーに捕捉されにくくなっているし、じっと息を潜めてさえいれば、壁越しでも相手を発見できるモーショントラッカーに引っ掛かることもない。


 対ウォーレッグ用の携行火器を持っていない今は、こうしてやり過ごす他にない。


 リーナのターミナルはまだそれほど破壊されていない住宅街で見つかった。

 道端に落ちていた革製の肩掛けバッグの中に入っていたのだ。


 近くにリーナ自身の姿はない。まさか、死んだのか。


 その時、よく知った人の悲鳴がハイドの耳に飛び込んできた。


 ハンディ・ターミナルをズボンのポケットに押し込み、聞こえてきた方に向かってかつてない速度で走り出す。


 その先にはターマイトの前に座り込むリーナの姿があった。


 迷わず彼女の元へ飛び出し、その身体を抱きかかえて跳躍した。

 直後、リーナがいた場所のアスファルトを脚先端の刺突武器レッグニードルが砕く。


 転がって衝撃を和らげ、すぐに顔を上げて相手の方を振り向く。


 敵ウォーレッグはゾウの鼻のようなフレキシブルアームを左右に振り、こちらに照準を合わせようとしている。次は対人機銃か。


 ハイドはリーナの体を庇うように抱いたまま、その場を離脱した。


 直前に目星をつけておいた家と家の間に逃げ込む。

 だが足は止めず、突き抜けて再び道路へ出る。


 ターマイトも機銃での攻撃が非効率的と判断したのか、人工筋肉製の脚をまっすぐ伸ばし、家を乗り越えるように追いかけてきた。


 だがその一瞬の間にハイドは機銃の必中射程外に逃げ切っていた。


 ターマイトが胴体を入れられない隙間から隙間へと移動しながら、ビル街の方へと向かう。


 相手が簡単には乗り越えられない高いビルの間の路地裏に逃げ込み、どうにか一息をいた。


 だがリーナは地面に下ろされた途端、譫言うわごとのように「死んじゃった……パパとママ、死んじゃった……」と呟きながら、覚束ない足取りで路地から出る方に向かって歩き出した。


 まずい。完全に放心状態だ。


「ごめん、リーナ」


 ハイドは彼女の肩を掴んで引き戻すと、強引にこちらを向かせ、その頬に平手打ちを浴びせた。


「君まで死んじゃだめだ!」


 思わずそう怒鳴っていた。


 リーナの目に見る間に光が戻り、涙になって零れ落ちる。


「ハイ、ド……あ……っ……う……うっ……」


 その肩にフライトジャケットを掛けてやり、胸の中に抱き寄せる。


 胸が張り裂けそうに痛んでいる。


 図書館の時とは逆だ。

 リーナが悲しいと、僕も悲しい。

 君の笑顔を取り戻したい。


 そうだ。

 今、やっと分かった。彼女に対して抱く感情の意味が。


 僕は、リーナを大切に思っている。

 僕も、リーナのために何かをしてあげたい。


 同時に怒りが湧いた。彼女に涙を流させた者達への怒りが。


 そうだ。君が泣くなら僕はいかる。

 戦おう。戦えない君の代わりに。


 ハイドの右手は自然とポケットに伸び、ハンディ・ターミナルを握りしめていた。






*格納庫*


 岬の家。


 その地下へ30メートルほど下った場所に、四角い巨大な空間があった。

 統合大戦中、崖部分に建造されたトーチカを改造した格納庫ハンガーだ。


 発電所からの電気の供給は止まっているが、必要な電力は自家用の発電機で賄える。


 今、ハイドのターミナルからの指令を受けたその施設が、無人で稼働を開始した。


 明かりが灯り始めた最奥部に設置されたケージに、輸送台に乗せられたウォーレッグが固定されていた。


 全高19.6メートル。色は純白。形は人型。

 曲線と直線が組み合わさった、工業製品というよりは芸術品という方が相応しい見た目は、どこか西洋甲冑を連想させる。


 それはロールアウト当時から姿こそ全く変わっていないが、ソフト面・ハード面共にアップデートが繰り返され、あらゆるウォーレッグの追随を許さない性能を維持し続けていた。


 バックパックに埋め込まれたワイズマン・リアクターに火が入り、炉心で対生成と対消滅が始まる。


 人間でいう顔面部分を覆う、保護用バイザーの縦長5本のスリットの奥で、ランプセンサーが鈍く発光する。


 機体の頭脳とも言うべきメインコンピューターがOSを立ち上げる。

 無人のコックピットに設置されたコンソールモニターが、起動画面に続いてウォーレッグの三面図を表示し、自己点検を行う。


 機体に異常がないことを格納庫側のコンピューターに伝えると、ケージの正面が観音開きに開きだした。

 輸送台が黄色い回転灯を回しながら、キャタピラで前進を始める。


 オプション兵装は一切装備する必要はないという指示を律儀に守り、作業用のマニピュレータ・アームは沈黙したままだ。


 ウォーレッグを乗せた輸送台は、左右に開く金網のフェンスと上に巻き取られるシャッターからなるゲートをくぐり、アプト式のラックレールを敷かれた斜面通路の前で停止した。


 そこからは床が動き出し、底面に装備された歯車ピニオンをレールにかみ合わせながら登っていく。斜行リフトだ。


 リフトの終点にはほとんど水平に近い角度の斜面が、外に向かって更に続いている。

 まず海に面した崖に偽装された装甲隔壁が、下にスライドして開き、続いて内側の6枚の隔壁が次々と左右に開かれていく。


 その床面に設置されたカタパルトにエネルギーがチャージされ、白い火花を散らす。


 終点に辿り着いた輸送台は、背部の支柱を倒し、足首の固定具を前後に離し、ウォーレッグを解放した。

 ウォーレッグ背面に折り畳まれた巨大なウィングがあらわになる。


 ウォーレッグは2本の足で輸送台を下り、カタパルトの起点で待つシャトルに両足を固定した。


 その後方を塞ぐように噴射炎から周囲の物を守る、ブラスト・ディフレクターが立ち上がる。


 いよいよ最終シークエンスだ。


 バックパックに6基、片足4基の両足合わせて8基装備されたスラスターに青白い火が灯り、徐々に出力を上げていく。


 ディフレクターに設置されたセンサーが規定出力に達したのを感知すると、天井のシグナルが赤から青に変わり、ウォーレッグが足を曲げて射出の構えを取る。


 次の瞬間、シャトルは電磁ピストンに引かれ、終点へ向け一気に走り出した。


 カタパルトで加速され、弾かれるように発進口から空中に躍り出たウォーレッグは、一瞬高度を落としかけるがすぐに体勢を立て直し上昇。


 そのままウィングを広げ、パイロットとの合流地点へ向け飛び去っていった。

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