Part3 四本脚の悪魔

*ハイド*


 ハイドは、人の流れに逆らうようにして、リーナとの待ち合わせ場所へと向かっていた。


 エアスクーターは途中で乗り捨てた。

 道路に埋設された送電コイルからの電力供給が止まり、バッテリーだけでは瓦礫を乗り越えながら走れば、すぐに限界が来てしまうと判断したからだ。


 赤い消防車両が次々とハイドを追い抜いていく。

 キャブの赤い回転灯を光らせるトレーラートラックには、平たい箱型のボディに4本の脚と2本のマニピュレータを付けたメカが、数台乗せられている。


 初期のウォーレッグから派生した汎用作業機械"ワークレッグ"。その救助作業仕様となるR1型だろう。


 ここまでの街の様子を見るに、ミサイルの炸裂そのものよりも、火災による被害の方が大きいように思える。

 おそらくハイドの家から最も近い場所に落ちた1発以外は、焼夷弾頭だろう。


 そうでなかった1発が落ちた場所を途中で通り過ぎたが、被害は想定より大きくはなかった。通常弾頭と見てまず間違いはない。

 相手が核弾頭を用意できなかったからなのかは分からないが、核兵器特有の人体への被害を心配しなくてよいのは素直に喜べる。


 自分の足で走りながら更に考える。


 ミサイルは海の方角から来た。警報が鳴ってからミサイルが着弾するまでの時間が短いことからして、敵は海中を移動して迎撃不能な距離まで接近し、撃ったと考えるのが妥当だ。


 結論、この惨禍を引き起こした者は海に潜んでいる。


 残る問題は、相手は何のためにこの街を攻撃したのかということと、自分はリーナを救った後どう行動すべきかということだ。

 前者はともかく、後者についてはやはり、ディシェナと話し合う必要がありそうだ。


 ハイドはズボンのポケットからハンディ・ターミナルを取り出した。

 移動しながらのターミナルの使用は危険だが、今は四の五の言ってはいられない。

 パスワードを入力してターミナルを認証。通信回線を混線しにくい軍用の回線に切り替え、ディシェナのターミナルに電話をかける。


 数度の呼び出し音の後、留守番電話機能が応対した。十分予想の内だ。

 録音開始と共にメッセージを吹き込む。


「母さん、生きているならすぐに連絡をしてほしい。1時間以内に連絡がなかった場合、死亡したと見做みなし、単独でのプランに移行する」


 電話を切った直後、新たな光球がまた6つ、落下してくるのが見えた。

 緩い角度で落ちてくるのが2つ。急な角度で落ちてくるのが4つ。


 急角度の1つはかなり近くに落ちようとしている。


 瓦礫の陰に身を隠すようにうずくまり、両手は耳、目を固く閉じ、口は大きく開ける。


 だが間もなく、落下して来る物体がミサイルではないことが分かった。

 手持ち花火じみた逆噴射の音に違和感を感じ、ゆっくりと顔を上げる。


 その先にある大きな交差点のアスファルトに、高さ10メートルほどの円筒形の物体がややかしいだ状態で刺さっていた。


 ハイドはそれが何なのかを知っていた。


 彼の見ている目の前で、それは側面を花びらのように3つに開いた。


 統合大戦中、物資や無人兵器類の強行空輸、ないしは軌道投下に使われたアサルトポッドだ。


 内部には正方形の板状の機械が6機、積み重なるように収納されている。

 そして機械はそれぞれの下部から細長いワイヤーのような脚を4本。

 もつれ合いながらポッドを出ようとしているのを見た時、ハイドは迷わずその場から逃げ出した。


 駆動系に主に超伝導モーターを用いる旧統合派のウォーレッグに対し、人工筋肉を用いるのが旧反統合派のウォーレッグの特徴だ。

 あの脚は明らかに反統合派の機体の特徴を備えている。


 近くに指揮官機らしい有人ウォーレッグが居ない。

 奴は人による統制を離れると、倫理を逸脱した行動に出ることが多い。


 それは反攻に転じた統合派に多大な被害をもたらし、現在も統合地球軍に完全無人兵器の開発を躊躇させる原因として影を落とす、4本脚の悪魔。


 "AIL-T401ターマイト"。


 統合大戦後半、それまでの有人機に代わって反統合派の主力として運用された、無人ウォーレッグだ。






*リーナ*


 広場を発つ時は駆け足だった足は間もなく小走りになり、次には歩きとなった足も止まろうとするように重くなっていく。


 気が付いた時、リーナは見覚えのある場所を歩いていた。


 そうだ。この坂を上れば、家が、自家用シェルターがある。


 広場から家まで歩いて5分程のはずなのに、ひどく長い距離を歩いてきたように感じる。

 混乱の中にあっても、自分の足は家に帰る道を覚えていてくれた。

 頭の中でリーナは、自分の生活ルーチンに少しだけ感謝する。


 まだ遥か向こうだが、行く手には炎がまるでカーテンのように立ち昇っている。

 その炎から近い順に中途半端に破壊された家々が並んでいるのが見えた。


 ミサイルが落ちてきた直後と比べれば少なくなっているが、街の中にはまだ逃げ惑う人達がいる。


 よく知っている道のはずなのに、どこか遠い場所にいるような不安が、リーナの正気を奪っていく。


 先程また6つ、ミサイルらしき物が落ちてくるのを彼女は目にしていた。

 だが爆発が起きないことへの不自然さを認識するほどの判断力を、彼女は残してもいなかった。


 ただ漫然と住宅街を進む。

 曲がり角に落ちていたテディベアを避けながら家のある坂の下に辿り着いた。


 所々に人間の死体が転がっている。どれも大なり小なり体の一部を欠損しているようだ。


 そして毒々しい水色の有脚機械が、自分の家に半分ほど体を突っ込んでいるのが見えた。


 テレビの特別番組で見た覚えがある。あれはウォーレッグという兵器ではなかったか。

 それがこの惨状を引き起こしたのを、リーナは呆け切った頭のどこかで理解した。


 ゆっくりと、ふらつきながら家へと近付いていく。


 リーナの家から1人の人間が飛び出してきた。

 それを追いかけるようにウォーレッグは板状の胴体を家から引き抜いた。


 リーナの方に向かって走ってくる人間に、胴体下部に装備された射撃武装を向ける。

 牛の鳴き声めいた呑気な発射音と共に容赦なく放たれた弾丸が、彼の背中を射抜いて血を噴き出させ、命を奪う。


 今ウォーレッグに殺されたのが父だと気づいた時。

 ウォーレッグの足元にある下半身が吹き飛んだ死体が母だと気づいた時。

 ウォーレッグの針金のような右前脚に串刺しにされたままの犬が、トビーだと気づいた時。


 リーナの意識のどこかで、何かが完全に切れた。


「パパ……ママ……トビー……いやあああああああああああっ!!!」


 錯乱し、恐怖の感情のままに絶叫する。


 反応したウォーレッグが、緩やかなN字型に曲げられた脚を伸び縮みさせながら、悠然と近寄ってくる。


 逃げなければと頭で分かっているのに、身体が動かない。足から力が抜け、その場に座り込む。


 胴体前部に装備されたフレキシブルアーム先端の、逆三角形を成す3つの光点からなるランプセンサーと目が合った。


 放たれた照準レーザーがリーナの薄い胸の中央に正確に合わせられる。

 自分はこれから、冷たく光る胴体の機銃でハチの巣にされるのか。それとも鋭く尖った脚の先端で刺し貫かれるのか。


 迫り来る死を前にリーナはただ、目を瞑ることしかできなかった。


 瞼の裏に浮かんだのはハイドの笑顔。


 ハイド――


 次の瞬間、リーナの身体を何か暖かい物が包み込んだ。

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