Part3 忍び寄る影

*マリアンネ*


 太平洋。


 深度およそ700メートルを維持しながら、ハイドが住んでいる港町へ向けて進む、細長い物体があった。


 全長は197メートル。普通なら簡単に敵に見つかってしまうであろう大きさだが、そうはならない所に、それを建造した者達のステルス技術の高さが窺える。

 そして下部には、航行制御用の脚が全部で8本。

 ウォーレッグだ。それも超大型の。


「あと2時間半、作戦開始時刻ちょうどに予定海域に到達します。これ以上の延期はないと見てよいでしょう」


 そのウォーレッグ"AIL-L861レヴィアタン"の薄暗いブリッジで、航法手からの報告を聞いた機長マリアンネ・ガブリロワは、ゆっくりと顔を上げた。


「ついにここまで来たか……」


 ベーリング海の孤島にある秘密基地を出撃してからほぼ1ヶ月。

 迂回に迂回を重ねた末、まさに言葉通り、ようやくここに辿り着いた。


 その間哨戒機及び水上艦艇に捕捉されたことが3度ずつ。潜水艦の追跡を受けることが5度。

 時には偽装信号で相手を欺き、時には海底で岩のふりをしてやりすごした。

 無人島でありあわせの材料で機体を古い座礁船に偽装し、自分達は丸5日に渡って密林に身を潜めたこともあった。


 そしてとうとう一度も余計な戦いのないまま、作戦開始時刻を迎えようとしているのは、実に喜ばしいことだった。


 おまけに本来なら長期間の作戦行動の際には必須となる、交代要員や雑務担当のたぐいは同乗していない。

 必要最低限の搭乗員の他は、居住区で待機している搭載ウォーレッグのパイロット2名を確保するのがやっとだったのだ。


 ここまでついてきてくれた搭乗員達には感謝しなければならないだろう。


 ちなみにウォーレッグは操縦に必要となる最低人数が5名以上となる場合、"コックピット"は"ブリッジ"と呼称される。


 レヴィアタンのブリッジは頭頂点を機体前方とした半円錐形をしており、機長席から見てなだらかに下へ傾斜しながら、右前方に手前から航法手・聴音手、左前方に同様に通信手・砲雷手と続き、機長席延長線上の最も奥に操縦手という、細長い六角形に操縦席が配置されている。


 この巨大なウォーレッグをたったの6人で動かすことができるのは、ひとえに自動化の恩恵に他ならない。


 なお、搭乗員の役職名は便宜上のものに過ぎず、潜水艦なら個別に割り当てられるであろう複数の役職を兼任する、厳密には単なる"搭乗員"である。


 そして搭乗員はマリアンネを除いた全員が男だ。


 彼らの視線はスクリーンモニターではなく、今はそれぞれの席に配置された、タッチパネル機能を持つコンソールモニターに注がれていた。

 レヴィアタンは必要な時以外はスクリーンモニターは使われず、搭乗員は基本的に各操縦席のコンソールモニターで機外の情報を確認するのだ。


 マリアンネは搭乗員達に次々と指示を出し始めた。


「現針路を維持したまま、深度400まで浮上。以後は索敵情報を参照しつつ30分で100を発射深度まで。ソナー、警戒を密に。何もなくても5分おきに内容を読み上げろ。センサーブイ、いつでも放出できるように。そして……」


 一息ついてから、力を込めて続けた。


「ミサイル、アサルトポッド、イヴリース、射出準備。特にミサイルは開始時刻と共に発射できるようにしろ」


 通信手が怪訝そうな表情で機長席を見つめる。彼は搭乗員による作戦会議の際、最後までミサイルによる攻撃を行う案に反対していた。


「言ったはずだ。尻に火をつけ、奴を燻り出すための攻撃だとしても、私は手を抜くつもりは毛頭ないと。あの町が焼け野原になるまで叩いて、嫌でも出てくるように仕向けようじゃないか」


 通信手には目もくれず、マリアンネは言い切った。


 真一文字に結んだ口の中で、歯を噛み締める。

 そうだ。全ては"エキドナの子"をこの手で葬るため。あの日からずっと、そのためだけに生きてきた。

 マリアンネの右手は自然と、首から下がったペンダントに付いている、銀色のロケットを握りしめていた。


(Chapter1 おわり/Chapter2へつづく)

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