第7話 帰宅

 次の日の午後に俺は帰宅した。本当は早朝に帰宅しても良かった。だが、佐藤と吉澤が俺の自宅で朝遅くまで、居座る可能性もあった。そのため、念のため午後に帰宅した。


「ただいま」


 返事は無かった。どうやら佐藤と吉澤は自宅に身を置いていないようだな。よかった。ここで鉢会えば、居心地の悪い空気は必死だった。それでは、俺のメンタルが耐えられないだろうな。


 さて、早速スマートフォンを確認してみるか。


 玄関からワンルームの自室に移動し、掃除用具入れの上のスマートフォンを手に取った。カメラ機能は起動していた。カメラ機能と言っても録画機能だが。


 俺はカメラ機能をOFFにした。


「どうでるかな。果たして、奴らは足を運んでくれたかな」


 胸中で興奮と緊張が入り混じる。複雑な感情である。


 心拍数は加速し、身体中に普段よりも熱を帯びる。わずかに身体はフワフワする。


 スマートフォンのロックを解除し、保存された録画を視聴する。


「通常のスピードで見れば、かなりの時間を要するな。2倍速で見るか」


 2倍速のボタンをタップした。録画が倍速で進行した。


 些か変化の無い俺の部屋が映し出された。誰も存在せず、俺の私物しか映らなかった。


 30分ほど中途半端な集中力で録画を視聴していると。ガチャッとドアの鍵を捻った音が生まれた。


『本当だ! あのATM、メッセージの通り、自宅を留守にしてるんだ』


 スマートフォンから聞き馴染みのある声が漏れた。佐藤の声色だ。


 それにしても、俺をATM呼びか。もはや差別的だな。


『本当にいいのか? 彼女の千明ならまだしも、俺がお邪魔してもいいのか? 』


 今度は吉澤の声色だ。程よく低く、男らしい声だった。悔しいが、イケボだった。


『いいのいいの。自由に使って良いらしいから。どう使おうとあたしの勝手でしょ! それに絶対にバレないから!! 』


 ようやく佐藤が録画に姿を現した。手招きしていた。


 おそらく、吉澤に対する行為だろう。


 すぐに吉澤も姿を現す。佐藤と吉澤、2人のお出ましである。想定通り、佐藤と吉澤は俺の自宅を利用したようである。


 ここからは集中だ。しっかり一部始終を目に脳に焼き付けなければ。小説のネタとして利用するためにだ。


『さあさあ、勝手にベッドでも使っちゃえ! 』


 私物を扱うように、雑に佐藤はベッドに腰を下ろした。結構、ベッドは下方に凹んだ。


 おいおい、自宅を自由に使って良い許可は出したが。少しは遠慮しろよな。一応、他人の私物だからな。


『虎丸君も早く隣に座って! あたしを存分にドキドキさせて!! 』


 甘い声で、佐藤はおねだりする。


『分かった。千明の欲望を満たさないとな! 』


 吉澤もベッドに腰を下ろした。2人は隣同士になるように座った。


 吉澤から佐藤の手を握った。


『ふふっ、大きくて温かい』


 嬉しそうに、佐藤は照れたように笑みを浮かべた。吉澤からの好意に答えるように、手を握り返した。


『虎丸君はATMのあいつと比べて、何もかも秀でてるよ。顔も声色も運動神経も器も。何もかも』


『そんな褒めるなよ。照れるだろ!! 」


 満更でもなさ気に、わざとらしく吉澤は頭を掻いた。完全に佐藤と吉澤だけの2人の空間が形成されていた。


 いいぞ。実にいいぞ。存分に楽しんでくれたぞ。最高の小説のネタだぞ。この展開が続くならば俺にとっては好都合だぞ。


『他人の部屋でイチャイチャするのって興奮しない? 私だけかな? 私は異常など興奮してきた』


『どうやら俺と千明は同類みたいだな。俺も興奮してきた。最初の拒否反応が嘘みたいだ。さっぱり消え失せてしまった 』


 数秒後、佐藤と吉澤はハグをした。佐藤は目を瞑り、吉澤に身を委ねた。心地よく気持ちよさそうだ。他者の自宅にも関わらず、佐藤は完全にリラックス状態だった。


「…千明…」


「虎丸君…」


 2人は真剣な瞳で見つめ合う。優しい手付きで、吉澤は佐藤の柔らかい頬に触れる。


 佐藤は恍惚とした表情を作る。完全に吉澤に対してメロメロである。


「行くよ…」


「…うん」


 佐藤と吉澤の距離がぐんぐん縮まる。やがて、両者の唇が重なる。


 優しく、熱く、ラブラブが漂う、長い長いキスが続く。スマートフォンの画面に同じシーンがしばらく続く。


 おお~。最高かよ~~。グッジョブだよ! お前達よ!!


 興奮が爆発する。佐藤と吉澤は予想以上の働きを成し遂げる。


 それから、何度もスキンシップ、ハグ、キスが繰り広げられた。最終的には、疲労に負けたのか。19時ごろに、2人仲良く添い寝し、熟睡してしまった。


 その録画の場面も飛ばさずに、入念に目に焼き付きた。


 少しでもリアルに小説の描写を執筆するために。そのために、極限まで集中力を持続させ、録画を注視した。


 その結果、自分の満足できるクオリティの小説を執筆できた。何度、読み返しても自画自賛してしまうほどの出来栄えだった。自己採点では100点満点だった。

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